長崎2.

『全世界で大量に発生したアンデッドによって、地球上の人口は全体の2割ほど殺害されたと、国連安保理から発表されました。これにより、核保有国は核兵器の使用を検討しておりますが、日本を含めた非核保有国は放射能の影響の懸念を強調しているようで、保有国との話し合いは平行線を辿っているとの事です』


「はぁ? ……ったくそんなもんぶっぱなしたら世界が終わっちまうだろうがよぉ。日本のお偉いさんも頑張んねぇと影響力無くなっちまうぜぇ」


『ここで天気予報を、お伝えします。大陸からの高気圧が日本列島覆い、本日も全国的に良い天気となりそうです。ここ、長崎県も全域晴天となり、降水確率もゼロパーセントとなっております』


「おいおい、何を呑気に天気予報なんてやってんだよ。そんなもん誰が聞きてぇって思ってんだ? そもそも聞いているヤツがいるかも怪しいぜ。まっ、俺は聞いちゃいるがな」



 そう呟く俺は広大な公園の中で、背中にデッドリーラインを感じながら『骸の兵士』の群れの最後尾を、複数の最古参ゾンビと共にヨロヨロと歩いていた。


 もうどれだけ歩いたのか、そしてもうどれだけ『骸の兵士』の使命を果てせて無いのかは分からない。


 それでも、俺たち最古参ゾンビは歩く足を止められないでいる。


 この辺りともなれば最古参ゾンビも群れ……


 と言うにはまばらで、近いヤツらでも20メートルは離れていた。


 ゾンビ的、ソーシャルディスタンとでも言うのだろうか。


 まぁ、俺にとっては好都合なんだが。


 何しろ、自我には目覚めて今まで誰とも会話をしたことが無い。


 今までは俺が一方的に喋りかけるだけだったが、結局は誰も返事をするヤツなんて居なかった。


 そして、何時からか俺は誰とも話さなくなったのだ。


 せっかく『骸の兵士』となって、同じ使命を共有する仲間同士なんだからよぉ、作戦を立てて連携して任務を全うしてぇもんだし。


 オフれば酒でも酌み交わしてよぉ、馬鹿騒ぎで結束を深め、絆を確固たるものにすりゃぁいいと思い続けていたんだが。


 そうでなければ、組織というものはやっていけねぇもんだろうと言いってやったが、尽くことごと無視され続けた。


 結果どうなってるかと言えばだ、集団で居るのにスタンドプレーばかりで。


 人間を見れば、連携なしに我先にと寄ってたかってヨタヨタと追い詰めて、挙句の果てに逃げられる事の何と多いことか。


 そして周りに人間が居なくなりゃ、再び無言で歩き出しやがる。


 そんなクソみたいなヤツらと歩いてられっかと思った時、俺はとある破壊された量販店でポータブルラジオを手に入れた。


 そのラジオの電源を入れっぱなしで、ジャージのポケットに突っ込んで歩いていると言うわけだ。



 あの日、俺の話しに無視をぶっこいた古参ゾンビをつまずかせてやろうと足を出してやった。


 だが、目測を謝ってしまい、自衛隊の銃火器で倒壊した建物の瓦礫を踏んでバランスを崩した時に、ポケットに入っていたペットボトルが転がり落ちたのだ。


 コロコロコロコロと、いつまで経っても止まらねぇペットボトルを、最古参ゾンビの身で追いかけるのは億劫だったのを覚えている。


 そもそも何でそんなもんを俺が持ってたかも分からねぇが、何となく無くしちゃならねぇ気がしたから夢中に追いかける羽目になっちまったのだが。


 しかしまぁ、ペットボトルがあの量販店の前で止まらなかったら、きっとこのラジオは手に入らなかっただろう。


 だから、このミネラルウォーターには感謝の念をもって御守りに昇格させ、未だラジオとは反対側のポケットに収まっている。


 ちなみに乾電池も数本束でくすねてきたから電池が切れても心配もねぇし、全部無くなりゃその辺の壊れたコンビニで補充出来るから無限で聞けるしな。


 デジタルが加速するなかで、ゾンビでも使えるアナログラジオは今や俺の最高の相棒と言っても過言ではないと言っておく。


『ではここで一曲。アンデットの驚異で通常の生活を送れなくなった皆様へ、少しでも安らげますように、お送り致します』


 そんな言葉の後に、ポータブルラジからは穏やかなクラシック音楽が流れ始めた。


「おぉ、いいねぇ。しかしたまにゃぁよ、激しい歌も聞きてぇもんだぜ」


 そんな事を呟きつつ、俺はヨタヨタと歩を進めている。



 ラジオから流れてくる内容は、24時間ほぼ国内外各地のゾンビの情報ばかりだ。


 しかし、たまにこうして音楽を掛けてくれたり、生き残った人間のインタビューも流れることがある。


 その中で、たまにギャルっぽい話し方をする女性や、真面目腐った学生やら中学生くらいの女子が登場する事があるのだが、その声の主に何故か懐かしさを覚え、無性に会いたくなったりもする。


 まぁ、会ったところで結果的にカプリとやってしまうだろうが。



『骸の兵士』の悲しい性だ。



 ラジオを手に入れて以降の俺は、もっぱら突っ込み役に徹しているのだが、そもそも会話など成立しているわけでも無いから単なる独り言でしかな。


 他所から見ればだ、ただラジオの声に対してブツブツと訳の分からない突っ込みを入れては一喜一憂している、馬鹿で醜いゾンビにしか見えないだろう。


 元よりゾンビがラジオを携えている時点で違和感が半端ねぇだろうが。


 それに、そもそもゾンビ如きにラジオの内容が理解出来ているのかって疑問もあるだろうが、それがどうしたって話だぜ。


 馬鹿にしたけりゃすればいいし、揶揄したければ大いに結構ウェルカムだ。


 何人でも、何体でも、好きなだけ俺の元にやって来て、いくらでも蔑んでもらってもかまやしない。


 そうすりゃぁ俺はおどけて周囲の笑いをかっさらってもいいし、何なら出来もしねぇタップダンスを踊るもよし。


 カラオケで慣らした十八番を披露するのも大いにありだ。


 ガリガリでボロボロの腹に顔を書いて腹芸するのもいいし、何なら着ているボロを全部脱いでお盆芸でもやってやるのもいいだろう。


 その姿が醜くておぞましいなら罵倒してくれても構わない。


 殴ってくれても袋叩きにされたって文句ひとつ言わず、逆にお礼を言わせて貰いてぇ。


 相手してくれて有難うなってよ。



 だがよ……



 結局そんなヤツらに出会うことなく俺は最古参になっちまったし、そしてもうすぐ俺も終わっちまう。


 ドロドロに液状化して、骨だけがその場に転がる結末がやって来る。


 背後にはデッドリーラインの気配をひしひしと感じているからな。


 多分、俺はもうすぐ……


 少なくとも、後1時間程でデッドリーラインに追い越されてしまうだろう。


 それもまぁ、仕方の無い『骸の兵士』の定めと言うやつだから気にもしねぇし、いつかはこうなる事も充分過ぎるほど分かってたしな。


 ただ願わくば、一度でいいから俺以外の自我に目覚めたゾンビと出会いたかった。


 楽しく会話をしながらテクテク歩き、時に共闘して人間をカプリとやって、その後でこっそり隠れてサボりに興じたりしたかった。


 馬鹿を言い合って大笑いしたかったし、たまにしくじって反省会もしたかった。


 そんな贅沢を思いもしたが、今となってはもうどうでもいい事だ。


 もう直ぐ終わる俺が、最後に手にしたこの無機物な相棒が、最後の最後に俺の心を満たしてくれたからな。



 俺はポケットのラジオに慈しみを持ってジャージの上から撫で上げ、同時にこのラジオをいざなってくれたペットボトルも撫で上げる。


 たかがラジオを慈しみ、たかがペットボトルに感謝する俺は本当に滑稽に見えるだろうが、構いやしねぇ。


 だってよぉ……


 こいつ等さえありゃぁよぉ……



 ………………寂しくねぇからよぉ……

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