フォーエバー・カプリコン

長崎1.

 ウォォォォッッッ……

 ゴアァァァッ……

 ガアッ……ガアッ……ガ……

 グアッ……グ……ア……


 群れの後方では、最古参ゾンビが力の抜けた雄叫びを上げつつ『骸の兵士』は進軍を続けていく。



 もうどれくらぶりかも分からないが、久しぶりに人間を齧った俺は鼻歌混じりでヨタヨタと、高速道路を群れなして歩いている。


「よぉ、残念だったなぁ。もうちょっと早く動けりゃぁよ、俺なんぞに先を越されずに噛み付けれたのになぁ。惜しい惜しい! 次、頑張れや」


 先程、逃げ疲れてヨロヨロの中年女性を近くの最古参ゾンビに齧らせようと、俺が驚かして腰を抜かせてやった。


 しかし、もう少しのところで最古参ゾンビも躓き、目の前まで行っておきながら逃げられてしまう。


 まぁ、結局は俺が頂いちまったわけだが、せっかくの獲物を齧れなかった最古参ゾンビの肩をポンポンと叩いて声をかけてやったのだ。


 ズルズルと起き上がったその最古参ゾンビは、俺の声には全く反応も見せず、再びヨタヨタと歩き始めた。


「ったくよぉ、俺の事を無視するなんざ何処の殿様だって話だぜ」


 そんな事を呟きつつ、その最古参ゾンビを追い越すと、とあるノマゾン(ノーマルゾンビ)を見つけ、俺はそいつの方に歩いて行った。


 そいつは最近見かけるようになったヤツで、右半身が著しいく損傷した、迷彩服を着た若いノマゾンだ。


 迷彩ゾンビと呼んでいる。


 至る所を齧られてはいるが、その身なりを見る限り、割と最近ゾンビになったのだろうと推測出来るヤツだ。


 2日ほど前に追い抜かれたのだが、右半身の損傷が酷く、歩くスピードが最古参ゾンビ並に遅くなっていた。


 ようやく追いついた俺は、迷彩ゾンビと横並びになって左肩をポンポンと叩いて声をかける。


「どうしたどうした、若ぇのがシケた歩き方してんじゃねぇよ。まだまだなりたてなんだからこんね所じゃなく最前線で活躍して来いや。ここはお前ぇの様な新入りが徘徊していいとこじゃねぇんだぜ」


 ただ、こいつも俺の声なんか聞こえなかったかの如く、他の最古参ゾンビと同じ方向を向いてヨタヨタと歩いていく。


 ったく……


 昨今の若造は礼儀も知らんのかと言いたい。


 しかしまぁ、ひょっとしたら俺の会話の入り方が悪かったのかと思い直し、さらに言葉をかけ続けた。


「あぁ……いやまぁ、ちょっと今のは上からが過ぎちまったようだな」


「悪ぃ悪ぃ」っと言いながら、暫くそいつと横並びで移動する。


 俺もここいらじゃあベテランの域に入りつつある最古参ゾンビだから、『骸の兵士』の群れの最後尾辺りにやってきたヤツらには気をかけてやんねぇといけねぇからな。


 それに、俺が声をかけてやんねぇと他の最古参ゾンビ共は誰も話しかけやしねぇ。


 いくらベテランだからって言ってもだ、無視すんのは新人いびりっぽく見えて嫌だしな。


 あるいは接し方が分からねぇのかも知れないが、とにかく俺は新顔を見つけたらこうやって話しかけてやる事にしている。


 実は出来る男なのだ。


 ここ、褒めるとこだぜ。



 まぁ、誰も褒めちゃくれねぇがな。



 しかしまぁ、無口なのは何も古参ゾンビや最古参ゾンビだけじゃなく、成り立てゾンビやノマゾンですら誰も喋らなければ俺が何を言っても返事もしねぇ。


 たまに口をひらけば唸るばかりで面白みもクソも無い。


 とは言え、俺もそこまで話術に長けている訳でもねぇから、きっとつまらねぇ話を聞かされてうんざりしているだけかもしれねぇし。


 だからここはだ、ちょいと食いつきそうな話題でも振ってみるかと思い、俺は横で歩く迷彩ゾンビに身体を寄せて小声で話しかける。


「おい、ここだけの話しだがな。『骸の兵士』の中にはよ、単身で極秘に動く特殊部隊ってのがあるらしくてなぁ。何でもそいつぁ、コードネーム『カプリコン』って言ってよ、その功績は『骸の兵士』の中でも飛び抜けた実力らしくてなぁ。追随する者は誰一人居ねぇって話し、知ってるか?」


 そう言って、チラリとそいつを見る。


 迷彩ゾンビは惚けたままだが、真っ直ぐ前を見ていて唸り声ひとつあげていなかった。


 どうやらこの話題には食いついたと判断して俺は身体を元に戻し、両手を後頭部に当てて話しを続けた。


「そいつは遠目が効くみたいでよ、狙った獲物は絶対に逃がさないと言われててなぁ。どんな状況下にあろうと瞬時に且つ、臨機応変に判断して結果を出し続けていたらしいぜ」


 再びチラリと隣を見る。


 無言のままの迷彩ゾンビ。


 どうやら聞き入っている様だ。


 ニンマリと笑顔を作った俺は、ヒソヒソ話しをする様に迷彩ゾンビの左耳に手を添えて小声で言った。


「よぉし、いい事を教えてやんぜ。だがよぉ、ここだけの話しだ。他言無用だからな、絶対に他の奴らには言うなよ」


 そう言って俺は、再び身を寄せる様に迷彩ゾンビの右肩に右手を回して引き寄せ、辺りをキョロキョロと伺いながら更に楽しげに小声で言ってやる。


「実はよ、そいつぁ……俺だ。俺が特殊部隊、コードネーム『カプリコン』だ。……へへっ、どうだ? たまげたか?』


 そう言って迷彩ゾンビの反応を伺うと、先程と変わらずに無言のままでいた。


「あん? そうかそうか驚き凄て声も出ねぇか? そりゃそうだよなぁ。時の英雄様が隣でテクテク歩いてりゃヨダレが洪水もんだよなぁ。はっはぁっ! こんなチャンスは滅多にねぇぜぇ、握手でもしといてやらぁ!」


 っと言って、強引に左手を持ち上げて強めに握手をすると、迷彩ゾンビは少しバランスを崩して俺の方に身体を預けてきた。


「なんだなんだぁ! さては俺に弟子入りでもしてぇのかぁ? いやぁ、どうすっかなぁ……もう現役引退してかなり経つからなぁ」


 迷彩ゾンビのリアクションに満更でも無かった俺だが、ふと、ある事に思い至って声を出す。


「ひょっとしてお前ぇ……さっきの俺のカプリを見て近寄って来たんだな?おいおい何だよ、見てたのかよ? じゃあよ、ひょっとして俺が『カプリコン』って分かってて近づいて来たってわけか?」


 そう言って肩に回した方の手を額に持っていき、大袈裟なリアクションで声を出した。


「あぁぁ……マジかぁ……バレてたかぁ。いやまぁなんつうか……やっぱ滲み出るオーラってヤツ? 隠しきれねぇんだよなぁ……どうすっかなぁ……」


 握手をしていた手も解き、そのまま後頭部を掻きながら暫し。


「まぁ、バレちまったもんは仕方ねぇなぁ。あんま弟子は取りたくねぇんだがよぉ……しかしまぁ、お前がそこまで言うならやってやらんでもねぇがよぉ……」


 そう言って腕組みをしながら考え、チラリと迷彩ゾンビに視線を向けて声を出す。


「しかし、ここまで俺を慕って来てくれたんだから応えてやんなきゃ男がすたるってもんだよなぁ……」


 そう言って上空を仰ぎみた俺は、「ふうっ!」とひと息吐いてから言葉を続けた。


「よぉし分かった! 今日からお前は俺の弟子(仮)だ。何で(仮)かって言ったらよ、そりゃ先ずはよ、ある程度の実力ってもんを見極めなきゃなんねぇからなぁ。とりあえず基礎体力ってもんを見なきゃぁ始まんねぇだろう。なんせ特殊部隊だからなぁ。憧れだけでやれるもんじゃねぇし、その程度で出来ると思われるのも心外だからよ。ほれ、ちょいと走ってみな。テスト開始だ、ほれ! 行ってこい!」


 そう言って俺は迷彩ゾンビの背中を、パンッと叩くと、躓くように前のめりで倒れて行った。


「おいおい何だよ、たかがこれぐれぇで倒れやがって。やる気はあんのかよお前ぇ! ……あぁ、止めだ止めだ! そんなんで『カプリコン』をやって行けると思ったら大間違いだ! 舐めんじゃねぇぞコノヤロウ! 失格だ、失格っ! 一昨日来やがれっ!」


 俺はそう吐き捨ててやったが、とりあえずは倒れた迷彩ゾンビの腕を持ち上げて立ち上がらせると、そいつは再びヨタヨタと前進し始めやがった。


「あぁん? 何だ何だ、礼も無しかよ。ったく近頃の若ぇゾンビは礼儀も知らねぇのかぁ! 全くよぉ、親の顔がみてぇもんだぜ、馬鹿野郎」


 俺が皮肉ったらしくそう言っても、迷彩ゾンビは何事も無く前進して行くのだった。


「ふんっ!」っと、鼻を鳴らして移動を始め、追い越し際に倒れない程度でドンッ!とぶつかってやる。


 倒れたらまた起き上がらせてやらなきゃならねぇのが面倒だからな。


「全くよぉ……あいつもそいつもこいつもどいつも俺の事を無視しやがってよぉ。ホント何様だって話だぜ。何か昔はよぉ、話の出来るヤツがいた様な気もするんだがなぁ……」


 そう呟きながら周りを見回す。


「ハハッ! 居るわけねぇか。もしそんなヤツが居たらもうバケモノだよバケモノ。へっ! ゾンビが喋るなんてホラーもいいとこだぜ。いや……しかし待てよ、ひょっとしたら前の方を歩いてる、あの新参者の女なら会話が出来るかもしれねぇなぁ」


 そのゾンビは、迷彩ゾンビと同じくらいの時期に目にするようになったヤツだ。


「よし、いっちょこの辺りの事を教えてやるとすっか! どうせその辺の古参や最古参に無視されて寂しがってるだらうからな。ここは俺様の出番だぜ」


 俺はよろける迷彩ゾンビを追い越し、前方を歩く女ゾンビを見定めて近寄って行く。


 血液が乾燥し、どす黒くなったボロボロの白衣だったであろう物を着た女ゾンビの傍により、肩をポンポンと叩いて声を出した。


 セクハラにならねぇかが心配だ。


「よぉ、俺の事を知ってるか? 俺はなぁ『骸の兵士』の特殊部隊……」



 今日も平和だ。

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