始まりの貨物船

エピローグ

 日本の開発した化学兵器、『SEISUI06』が全世界に行き渡って数週間後、全世界からゾンビが消滅した。


 時を同じくして、南半球の太平洋で大規模な海底火山の噴火が起こる。


 丸一日続いた噴火が収まり、それまでゾンビ騒動で飛ばせなかった各国の偵察機が、こぞって噴火現場にたどり着いて見たものは、




 何処までも続く大海原だったとか。




 数ヶ月前に浮上した謎の島は忽然とその姿を消し去り、誰ひとり見つける事が出来ない。


 人工衛生からも、海底調査でも見つけることは出来なかったらしい。


 結局、あの騒動は何だったのかと各国から疑問が浮上し、いつしか専門家まで出てきて古代からの呪いだの、神の粛清だの。


 大国が秘密裏に行っていた人体兵器の失敗ではないのかと、議論になるほどだった。


 とは言え、現実的にゾンビにより世界の人口の3割も減らされたことは、紛れもない事実だった。




 それでも、人間が勝利した。




 それまで緊張関係にあった国同士も共通の敵を滅ぼしたとし、それ以降の復興を共に協力して勤しみ、世界はようやく平穏を取り戻す。





 五年後━━━━━長崎県。



 世界各地で起きたゾンビ騒動も、世間の話題に登らなくなった、とある晴れた日の早朝。


 午前8時30分


「皆様、おはようございます。本日は、『稲佐山公園、ファミリー・清掃ウォークラリー』にお集まり下さり、誠に有難うございます。このイベントも本年で5度目となり、本日開催できた事に長崎市市長及び職員一同、胸を撫で下ろすと共に、このイベントに参加して頂いたボランティアの御家族様には心から感謝いたします。だいぶん涼しくはなりましたが、日中は熱中症にならないように、充分な対策をお願いします。それでは、イベント、スタートです!」


 そんな合図で清掃用具を携えた家族が、それぞれの色に割り振られた民生委員の元に向かって清掃を開始した。



 風に飛ばされたビニール袋を追いかける子供や、昆虫を捕まえようとする子供。


 小さなゴミを持ち上げては、ひとつひとつ親元に持ってくる幼児に、持ちなれないほうきに振り回される幼女。


 その様子を柔らかく、微笑ましく見守る母親や祖母。


 そのひとコマを切り取ろうと、スマホを向ける父親や祖父。


 楽しげな笑い声が、各所で沸き起こっていた。



 稲佐山公園の一角にある、鉢巻山展望台の下の茂みの傍で、幼稚園児ほどの姉妹の姉の方が、楽しげに大きな声を母親にあげた。


「ママぁ! ここにゴミあったよぉ! ゴミ袋ないからどうしよぉ!」

「どうしよぉ」


 姉にベッタリな妹も、姉の真似をして大声を上げる。


 その様子を、ビニールシートの上で微笑みながら眺めていた母親が優しく声を返す。


「お掃除のおじさんがいたら教えてあげてねぇ」


「「はぁぁぁいっ!!!」」


 そう返事をしながら両手を上げ、ブンブンと振り回す姉の真似をし、妹もぴょんぴょんと飛び跳ねながら両手を振っていた。



 今日も平和だ。



 姉妹が揃って茂みの周りを行ったり来たりキョロキョロしていると、階段の方から白いビブスを着て、ショッキングイエローのキャップを被った老人がひょっこりと現れる。


「いたぁっ! おじさぁぁぁんっ! ここにゴミあるよぉぉぉっ!」

「あるよぉぉぉっ!」


 その健気な声に気付いた民生委員の老人は、口元を優しく綻ばせながらゆっくりと姉妹の方に歩み寄り、姉妹を慈しむような眼差しで穏やかな声を聞かせてくれた。


「あぁ、お嬢ちゃん達。ゴミを見つけてくれたのかい? どれどれ、何処にあるのか案内して貰えるかな?」


「「うんっ!」」


 元気よく返事をした姉妹はタタタッと茂みに駆け寄った。


 直ぐに到着すると、茂みの下を無垢で小さな人差し指が2本、そのゴミを指し、そして声を出す。


「「ここぉっ!!!」」


 その声の元気の良さに目尻が下がり、頬も緩む。


 腰を落として姉妹に視線を合わせた老人は、両手を持ち上げて優しく姉妹の頭を撫でる。


 そして、お礼の言葉を大袈裟に且つ、喜ばせるように聞かせてあげた。


「おぉっ! これは凄いっ! おっきいゴミを見つけてくれたねぇ。お嬢ちゃん達はゴミを見つける天才だぁ! どうもありがとうねぇ。それじゃぁ、もっともっと大きいのを見つけてくれるかい?」


 と言って、両腕を大きく広げる老人。


「うんっ! 見つけるぅっ!」

「みつけるぅ!」


 余程その言葉が嬉しかったのだろう。


 その姉妹は、キャッキャと喜びながら両親の元に駆けて行き、ひとしきり説明した後に両親の手を引っ張って別の場所に移動して行った。


 移動する際に両親は振り向いて老人に会釈すると、その様子を見ていた老人も満面の笑みを浮かべて会釈を返す。



 こうして鉢巻山展望台に残された老人は踵を返し、2つあるうちの、ひとつのゴミを拾い上げ、真っ黒なビニール袋に放り込んだ。


 そして、スマホをポケットから抜き取って操作を始め……



 ニヤァ……っと、笑みを浮かべる。



 その表情は、先程の人の良い、優しそうな老人とはかけ離れたものだった。



 おぞましく、醜く、


 恍惚で、不敵で、


 とても善人では見せる事の出来ない、


 悪意と、


 殺意を混ぜ合わせた笑みを顕にし、


 そして呟いた。



「クックックッ……『冥界の英雄』よ、その勇姿を見せるがよい……クックックッ……」


 そう呟く老人が、目付き鋭く見つめる真っ黒のビニール袋の中には、泥に汚れたリングが通ったボロボロの黒いネクタイ以外の物も入っている。



 所々解れて酷く汚れたシュシュと、色あせて金具が錆び付いた小さなキーホルダー。



 再び老人が醜い笑みを浮かべると、右手に持っていたスマホをネクタイのあった場所に放り投げた。


 そして、ネクタイと共にあったもうひとつのゴミ、汚れたペットボトルをグシャリッと踏みつけ、ブツブツと何かを呟きながら鉢巻き山展望台から姿を消していったのだった。



「ギル・バルバドル・サギス・リネア・ホドボリス……」



 老人の放り投げたスマホの上に、ペットボトルの中の水がかかる。


 バチバチッと、小さく漏電するスマホ。


 すると、とある画像が映し出された。




 ネクタイを首元にぶら下げたゾンビが、


 右手にリングを嵌めたゾンビが、


 ズボンのベルト通しにキーホルダーを付たゾンビが、


 左ふくらはぎに紺色の、白と細い赤のラインの入ったシュシュを付けたゾンビが、


 大口を開け、


 牙を剥き出しにし、


 両手を前面に伸ばし、


 おぞましい姿で迫り来る、4体のゾンビの画像が写し出されていた。




 そして、スマホは命の終わりを告げるように、


 ゆっくりと……


 ゆっくりと……


 光を失っていくのだった。




 後日、とある国が謎の霧に包まれた。


 港には大型の貨物船が座礁していたと言い、その甲板には、



 4つの空の棺があった



 との報告を最後に、その国との連絡が途絶えたと言う。


 〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜完.

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Spotlight on zombie !!!!【スポットライト・オン・ゾンビ!!!!】 葉月いつ日 @maoh29

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