博多駅2.
俺の行動に虚をつかれた晴也は無言のまま俺を眺め、何か言いたそうな表情をした時にマリアが声を出す。
「これだからお子ちゃま優等生は嫌なのよね。あまり野暮ったい事をやってると、誰からも信頼されなくなるし」
「ホントほんと! 晴也君は野暮だね」っと、詩織からも言われ、意味が分からないといった表情を俺に向けたところで言ってやる。
「見ろよ、あのノーマルゾンビ達の健気な姿を。アイツらなりに努力して追い詰めて、無心なまでも必死になって獲物を掴もうとするあの強欲さ。これぞゾンビの鑑、ゾンビ・オブ・ゾンビじゃねぇか。そんなヤツらの獲物を俺たちが横取りしても良いと思ってんのか? もし思っているのならゾンビの風上にも置けねぇゾンビだと言われちまうぞ」
まぁ、今のところそう言えるのは俺とマリアと詩織だけなのだが。
しかし、晴也の気持ちも分からないでは無い。
人間を見ると無性に齧りたくなるのが本来のゾンビの在り方だし、それが『骸の兵士』の、見たことも無いアビに強制された俺たちゾンビの使命なのだから。
すると、晴也は軽く頭を垂れて声を出してきた。
「そう……ですね。僕はなんて浅ましいゾンビなんだ。皆んな努力して頑張ってあの人間を追い詰めたのに、僕は自分の欲求を抑え切れずに横取りしようと考えるなんて……恥ずかしくって死んでしまいたいです」
そんな晴也に俺は、世紀末覇者になったつもりで言いってやりたい。
「お前はもう……死んでいる」のだと。
「分かればいいし」っと踵を返したマリアに肩をポンポンと叩かれ、「行こっか」と笑顔で見上げる詩織に促されるよう晴也も踵を返し、俺を残して歩き出した。
……俺のシリアスを返して欲しい。
それからその場を離れた俺たちは、暫くフロアを徘徊した。
片足の砕けた詩織は、俺が背負っていない時は晴也の腕にしがみついて片足でピョンピョンと跳ねながら移動している。
俺の腕は詩織の手には太すぎるから掴みにくいらしく、もっぱら長距離移動の時は俺が足役で、それ以外は晴也が杖役と、役割分担が出来ているのだ。
まぁ、そんなこんなで他に人間が潜んでいたらラッキー程度でウロウロするも、詩織の聴覚に人間の呼吸音や心音はヒットしなかった。
だから俺たちは、ただただウインドショッピングを楽しんでいる。
すると、マリアがあまり破壊されていないアパレルショップの前で立ち止まり、中の様子を眺め始めた。
「どうしたんだ?」っと聞くと、マリアは俺の腕を掴んで嬉しそうにショップに入り込む。
何事かと思う俺なんだが、なすがままに引っ張られ、とある陳列棚の前で停止したマリアが俺を眺めて声を出す。
「颯太ってさ、私たちの中で一番年上なのに全然年上っぽくないじゃない? だから私がコーデしたげる」
っと言って、マリアが持ち上げたのは一本のネクタイだった。
「いやいやいやいや! ないないないない! 俺、ジャージだぜ? 似合うわけねぇだろう。まさかスーツまで選ぶつもりじゃねぇだろうな?」
そう言う俺に、マリアは呆れながら言った。
「ばっかねぇ、ジャージにネクタイのアンバランスなとこがいいんだし」
「そう言うもんかねぇ」っと言いながら後頭部を掻く俺に、マリアはネクタイを俺の胸に当てながら声を出す。
「ゾンビがオシャレとか超面白いし。SNSが使えたら絶対バズること間違いなしだから、私に任せなさい」
それからマリアは鼻歌交じりに片っ端からネクタイを取り上げて、俺の胸に当てては変え、当てては首を傾げを繰り返す。
何だか楽しそうなマリアを眺め、まぁいっかと思っていると、後5本で無くなりそうになった時、1本のネクタイを俺の胸に当ててマリアが声を出した。
「これね!間違いない!」
マリアが持っているのは光沢のある黒のネクタイで、太さの違うシルバーのラインが3本斜めに入った全体的に細めの物だった。
「締めてみてよ」っと言われ、俺はジャージの襟を立てると、「プッ!」と吹き出された。
「ウケる! ジャージの上からネクタイ締めるヤツなんて何処にも居ないし。Tシャツの上に着ける感じだし」
何となくネクタイと言えば襟がある所に絞めたくなるのだが。
まぁ、マリアがそう言うならと思って俺はジャージを胸元まで開けてネクタイを絞めた。
その様子を見たマリアが感心しながら言ってくる。
「へぇ、締め慣れてるんだ。意外ぃ」
細めのネクタイだけに結び目が小さくなってしまうのだが、その結び目を摘んでシュッと首元まで上げ、微調整してからマリアに見せる。
すると、マリアは両手を伸ばしながら俺に近づいて声を出す。
「そうじゃないそうじゃない! こうすんの」
マリアは左手で首側のネクタイを摘み、結び目に右手の人差し指を引っ掛けて5センチ程下げた。
「こんなもんかな」っと言って鏡を指差され、姿見の前に移動してから確認する。
元は真っ白だったはずだが、今はかなり汚れくすんTシャツの上に、光沢のある黒くて銀色のラインの、ちょっと崩したネクタイが垂れている。
まぁ、こんなのも良いのかなと思いながらマリアを見ると、うんうんと首を縦に振りながらご満悦な表情を見せてくれた。
それから俺たちは店から移動し、雑貨店の前にいた晴也と詩織の傍に到着すると、詩織が器用に片足立ちでドヤ顔を見せてくる。
俺とマリアは同時に首を傾げると、詩織は自らの指で下を見るように促してきた。
そのまま地面を見る俺とマリア。
「違うでしょっ! 足元見てって言ってんのっ! もぉ、颯太さんもマリアちゃんも意地悪なんだからっ!」
っと言って頬をぷっくり膨らませる詩織に、「すまんすまん」と言いながら詩織の足元を見る。
砕けた左足の、ふくらはぎの上辺りに紺色と白に細い赤のラインが入ったシュシュが付けられていた。
「可愛いぃじゃん詩織、どうしたのよ? それ」
すると、詩織の後ろに佇んでいた晴也が恥ずかしそうに言ってくる。
「前から詩織ちゃんの足元が気になっててですね、足首がグチャグチャで今にもちぎれそうで可哀想だなって思ってて。そしたらこの店にそのシュシュがあったから詩織ちゃんに似合うかなって思って」
後頭部を掻きながら照れる晴也に、「やるじゃん」っと言うマリアの言葉に、更に照れる晴也を眺めると、左手にキーホルダーを握りしめているのに気付いた。
「何を持ってるんだ?」っと聞くと、晴也はそのキーホルダーを俺とマリアに見えるように持ち上げる。
晴也が持っていたのは、博多にわかの小さなお面の付いたキーホルダーだ。
「ご当地物は必須でしょ」っと、ドヤ顔で言う詩織を眺めること暫し、俺たち4体は控えめに笑いあった。
奥ではまだまだノーマルゾンビ達がお取り込み中だからな。
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