大隅半島2.
すっかりと古参ってなってしまった俺たちは、近頃『骸の兵士』の群れの3分の2辺りの位置で移動をする事が多くなった為に、サボる時間が極端に減ってしまった。
群れの中で移動していても、昔見た顔はほとんど俺たちの後方を歩き、俺たちの周りは新しい顔ばかりになって来ている。
どのノマゾンも着衣のダメージとくたびれ感を見る限りは、昨日今日ゾンビになったという訳では無さそうだ。
まぁ、そんなヤツらは先頭を歩くのだが。
俺たちがどれくらい前にゾンビになったかはもう思い出せないが、それでも自我に目覚めたものだから、たまに着衣を洗濯したりもする。
それゆえ他のノマゾンよりは小綺麗にしているものだから、群れの中では少し浮いた感じがしないでもない。
だから、いくら古参になったと言えど、身なりだけは群れの中間よりも前くらいを行くゾンビ並に見えるだろう。
見栄っ張りな『カプカキ』なのだ。
一時間程度のサボりを終え、デッドリーラインの圧迫感を感じる前に移動を始めた俺たちなのだが、小さな小さな……微かな異物が辺りにパラパラと落ちてくる音に気づいた俺は上空を仰ぎみる。
すると、顔面に砂粒の様なものぶつかるのを感じ、そしてその粒が右目に入った瞬間に目を瞑ってしまったものだから、俺は慌てて目を擦りながら絶叫する。
「うぉぉぉぉぉっっっ!!! やべぇぇぇっ! 目に何か入っちまったぁぁぁっ! 水っ! 水をくれっ! 失明しちまうぅぅぅっ!」
その場でのたうち回りながら、俺はだらしなくヨダレを垂らして助けを乞うた。
はっきり言って痛くはないのだが、ゾンビは目に異物が入ってしまっては失明の危険性が高まってしまう。
ただでさえ全身の水分の少ないカサカサなゾンビなのに、目に異物が入ってしまうと涙を流せないものだから瞬きだけで眼球を傷付ける。
そこから眼球内の僅かな水分が抜けてしまって、失明してしまうのだ。
自我を持たないノマゾン達は、そんな事には気付くことなく瞬きを繰り返した挙句、失明して至る所に身体をぶつけたり、起き上がっても群れとは違う方向に移動したり。
挙句の果てに自分からデッドリーラインを越え、全身がドロドロに溶けて骨だけになるのを何度見たことか。
そんな危険な状態になる前に、俺たちは目に異物が入ったら助け合う事にしているのだ。
まぁ、その殆どがマリア頼みで、マリアはパーカーのポケットの中には常時、小さめのミネラルウォーターのペットボトルを入れている。
行く先々のコンビニで補充するのだが、その機転でどれだけ失明の危機を逃れて来たことか。
どれだけ危機を逃れてきたのか?と、言われれば、全く覚えていないのだが、そもそもどれだけの時間をマリアと移動してきたのかも覚えていないの。
まぁ、ゾンビの身であればこのようなシチュエーションは何度となくあっただろう。
その度にポケットからペットボトルを抜き取って目を洗ってくれるマリアが、今までもきっとずっと助けてくれてたのだろうと安易に想像が出来る。
マリアは優しくて気がきいて細やかでシャイで頼りになって、そらから……
「ちょっとハズいからそろそろ止めてくれる? いい加減にしないとペットボトル突き刺すから」
仰向けになり膝枕をされて下から見上げるマリアは、そう言いながらも照れているのか頬を紫に染めているのだが、そんなところも萌えるのだ。
「ふんっ!」っと鼻を鳴らし、血栓を飛ばしながら俺の右目にペットボトル突き立てるマリア。
「ギャァァァァァッッッ!!!」
その後、ゴメンなさいを100回言ったくらいでペットボトル抜き取ってくれる、照れ屋さんなマリアなのであった。
「それにしても何だってんだ? まだなんか砂粒みたいなのが落ちてきやがるのはどういう事だ?人間の新たな攻撃か? まさか……あの、対アンデット殲滅最新兵器が最前線に導入されちまったのか?」
すると、俺に背負われている詩織も驚愕の声をあげた。
「うそっ! あのゾンビだけに特化した話題の超最新兵器が完成してたのっ!? それってヤバいよねっ! 対策考えないと!」
そんな俺たちの、微笑ましくも危機感溢れる会話を聞いていた晴也が言ってくる。
「そんな地味な兵器なんてある訳ないじゃないですか。しかも砂粒をばら撒くのに最新兵器なんて要らないでしょう。ヘリコプターなんかで散布した方が効率的で安価で済みますからね」
可愛げのない見解である。
「もう、晴也君ったら面白くないっ!」
詩織の抗議を食らった晴也は「そんな……」っと言って、ガックリと項垂れた……
のでは無く、元より俺たちは全員が顎を引き、首を90度に曲げて地面を見ながら早歩きで移動している。
もちろん、異物が目の中に入らないようにしているのだが、何故に早歩きかといえばだ、ただ単純に、この砂粒が振り落ちてくる状況から早く逃れたいからなのだ。
なのに、どれどけ早歩きをしようと一向にこの状況から抜け出せる気配は無かった。
「ホント、なんなのよこれ?誰が砂粒ばら蒔いてんの? 引っ捕まえてぶん殴ってやりたいし!」
そんな文句を言うマリアも地面を見ながらの移動であって、プリプリした表情も萌えるのに伺えないのが残念でならない。
「颯太さんってマリアちゃん好き過ぎぃ」
等と言われているが、俺としてはいつもお世話になっているマリアの事をすこぶるリスペクトしているつもりであって、付き合いたいとかそんな俗的な考えで言っている訳では無いのだが。
これほどまで一緒に行動し、人間を見つけた時は特殊部隊『カプカキ』として完璧で華麗な連携を見せ、作戦終了後のプチ打ち上げやサボりで築き上げた絆は、もう恋人だの夫婦だのを超越した信頼を……
「マリアちゃんと晴也君がコンビニに入ったよ。私達もいこうよ」
後であの二体には、ゾンビの話は最後まで聞けと説教をしてやろう。
先程のコンビニと違って店内はかなり破壊され、商品はバラバラになって床に落ちている。
ジュース類のガラス扉も粉々になって飛び散っており、殆どのジュースが床に散乱していた。
マリアはそこで、ミネラルウォーターのペットボトルをひとつ取り上げてポケットに滑り込ませていると、レジ側で散乱した商品を物色していた晴也が声を出してきた。
「ありましたありました! 丁度3本ありましたよ! 全部使えるみたいです」
何を探していたのかは知らないが、俺たちは晴也の元に向かうと、晴也は俺とマリアにある物を差し出してきた。
「おぉ!」「へぇ!」「わぁ!」
俺たちは各々声を出し、そして俺とマリアはそれを手に取った。
俺に背負われている詩織には無いのだが、詩織はそんな事を気にしないし気にする必要が無い。
何故ならば、俺とマリアが手にしたのは透明のビニール傘だったからだ。
つまり、これがあれば上空から降ってくる砂粒を防げるために、地面を見ながらの移動をする必要が無くなる。
すなわち、マリアのプリプリした表情を堂々と伺えるのであって、この傘を見つけてくれた晴也には改めてグッジョブと言いたいし、きっと晴也もマリアのプリプリした表情を見たかったに違いない。
「僕は詩織ちゃんさえ見えてればそれでいいんです」
サラッと言いきれる所が羨ましくもある。
こうして戦利品を拝借した俺たちは、ビニール傘をさしてノマゾンの進軍に加わるのだが、その傘にはポツポツと砂粒の当たる音が絶え間なく続いていた。
「しかし本当に収まらねぇなぁ、この砂粒。確か前のコンビニにいた時の爆発音の後から降り出したみてぇだから、やっぱり兵器かなんかじゃねぇのか?もしマジもんな攻撃なら最低でもゾンビには有効だぜ」
そんな俺の疑問に頷くのはマリアだけでなく、背中の詩織も頷いているのが背中越しでも分かるくらいだ。
なのに、晴也だけは俺の見解を真っ向から否定し、俺たちの困惑を拡大するような事を言ってくる。
「だからそんな兵器なんてありませんって。それにこんなのはこの地方では日常でしょうからね」
「「「はぁぁぁ?」」」
寸分違わぬ俺とマリアと詩織の間抜けな声に、晴也は苦笑いを濃くして言い放った。
「ここ、鹿児島県ですから」
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