大隅半島3.
「……っと言うわけで、鹿児島県の大半の家にはですね、あのようなサンルームを作って洗濯物をいつでも干せるようにしている住宅が多いという事です」
と言いながら、晴也は数箇所の民家を指差しながら説明してくれた。
何でも、鹿児島県は活火山である桜島の噴火に伴う火山灰対策として、洗濯干場に透明の壁を作っているのだとか。
しかも、他県に比べてコインランドリーが多いらしい。
それに、殆どの民家の駐車所には何らかの屋根が付いていた。
「火山灰が降り積もると洗車がやっかいになるみたいですからね」
そんな事を話しながら移動していると、目の前に海岸線が現れる。
さらに歩き続けていると、遠くの山の上から噴煙が上空高く登っている光景が見えてきた。
海岸線の道路に立ち止まった俺たちは、その光景を横並びで眺めている。
普段なら背負われている詩織はすぐさま降りて晴也の隣に行くのだが、傘が3本しか無いために今回だけは俺の背中の上で眺めていた。
不満げに、チラチラと俺を見る晴也の視線がちょっと痛い。
桜島を眺める俺たちの後ろをノマゾンが通過して行くのだが、所々でぶつかったり転げたり、進行とは逆方向に行くゾンビをあちらこちらで見かけるのが多くなった気がする。
そんなノマゾンにかける言葉はただひとつ……
ドンマイ。
マリアを挟んだ向こうの晴也は桜島を中心にして右に左に視線を這わせ、最後に俺たちに視線を持ってきて言う。
「陸続きで桜島が見えるって事は、僕たちは大隅半島側にいるようですね。どうりで火山灰が多いわけです」
そんな知能をひけらかす晴也に俺たちは惚けた表情を、向ける……
向ける……
向ける……
「はいはい分かりましたよもう! 分からなかったんでしょ? 全く……鹿児島県には二つの半島がありまして、大隅半島は太平洋側に面していて九州の最南端に位置する
プリプリしながら説明してくれた晴也なのだが、全く萌え要素が無いのだから怒らない方がいいと思う。
「怒っていません! 呆れているんですっ!」
今日も平和だ。
しかしまぁ、あの時にコンビニで聞いた爆発音は桜島の噴火で、この砂粒は桜島から吹き上げられた火山灰だったのかと納得した。
噴煙を上げる桜島を眺めながら歩いていると、数多くの漁船が停泊している方から人間の悲鳴が聞こえてくる。
………ん? 悲鳴?
……あれ?
「どうしたの颯太、悲鳴なら私も聞こえたけど?」
っと、不思議そうな表情を向けてくるマリアだが、何となく引っかかるものがあると言うか……
違和感を感じると言うか……
こんな時は真っ先に詩織が気付いていたと思ったんだが。
「ふえっ? 私が? そうだっけ?」
っと、不思議そうに声を出す詩織。
晴也に視線を向けても、肩をすくめて小首を傾げるだけで何も言わなかった。
まぁ、俺たち全員が分からないのなら単なる勘違いなのだろうと思い直し、俺たちは身を屈めながら移動して漁港に入っていく。
すると、倉庫の様な建物の前で人間がノマゾン相手に鉄パイプで立ち回っていた。
たった3人で、しかも全員がガタイの良い中年の男性だ。
そんな男たちにノマゾンが20体程で襲いかかろうとしている。
「どうする? 割と強そうなおじさん達だけど。何かいい案ある?」
俺は建物の裏側で様子を伺い、マリアの声を聞きながら思考を巡らせる。
倉庫を背にして必死に抵抗を続けるオッサン三人……
何がなんでもノマゾンが倉庫に入るのを許さないような戦い方……
俺は結論を出した。
「あのオッサン達はノマゾンに華を持たせてやるとしよう。俺たちは建物の中だ」
その言葉に一瞬だけ驚いた表情を見せるも、直ぐに3体とも頷いてくれるのが有難い。
『カプカキ』の信頼感が確固たるものだと思い、嬉しくもなる。
俺たちは建物の側面にある窓から中を伺う。
俺が思った通り、倉庫の奥の山積みになった漁獲網の脇で身を寄せ合う女性2人と子供2人を見つけると、横並びの俺たちはダラダラとヨダレを出しながら、その様子を眺めた。
身体の水分は減ってきているにもかかわらず、何故かヨダレだけはやかましくダダ漏れだ。
その後、そそくさと全員で裏側に周り、扉が開かない事を確認して最初の場所に戻る。
そして、再びオッサン達を伺った。
建物前では相変わらず、オッサン達がノマゾンを退けようと、必死に鉄パイプをぶん回しているのが見て取れる。
しかし、残念な事に建物前で派手に暴れていると、そちらにやってくるノマゾンの数が増えるばかりなので、そろそろ諦めた方がいいんじゃないかと思うのだが。
ただ、その行動が人間達に隙を与え、俺たちに背中を向けた瞬間に、素早く移動出来る俺たちは、すぐさま行動へと移った。
なるべく体勢を低くしながら倉庫の正面入口から侵入し、潜んでいる人間達に気付かれないように壁沿いを移動していた時、倉庫内に子供の声が響き渡る。
「お母さんあそこっ! 傘が動いてるっ!」
障害物に隠れながら移動していた俺たちはビタッと動きを止め、そして晴也はゆっくりと傘を閉じた。
「バッカじゃないのっ! なんで傘さしっぱなしなのよっ!!!」
極めて小声で晴也に憤慨するマリア。
無言で土下座をする晴也。
なんか和む。
「だっ、誰か居るのっ! 返事してっ!」
恐らく母親の声だろう、かなり緊張した声をこちらに放って来たのだが、俺は瞬間的に機転を利かせて閉じた傘を真っ直ぐ上に向けて揺らす。
「何やってんのよぉ!!!」
小声で凄むマリアに笑顔を向け、もう片方の人差し指を立てて口元に押し付け、ウインクを飛ばす。
俺に任せろ!
「やっぱり居るのね! そっちは危ないから早くこっちに来て!」
思惑通り生存者と勘違いしてくれた様で、俺たちは顔が見られないようにガックリと頭を下げて素早く人間達の元に向かう。
小声で作戦を指示しながら。
程なく到着した俺たちに、母親らしき女性がボロボロのマリアの肩に触れて言った。
「まぁ……服がこんなに汚れて……大変な思いをしたのね、大丈夫だった?」
これから大変になるのはあなた方なのですよと……
すると、小学生くらいの女の子が詩織に近づいて、心配そうに声を掛ける。
「お姉ちゃんも大丈夫? 怖くなかった?」
これから怖い思いをするのは君たちなのですよと……
詩織は左足が無いのを正座で誤魔化していた。
こんな心優しい親子を今から襲うなんて人間のする事じゃない! と思いつつ、だからゾンビの俺たちが襲うのだと割り切る。
カッサカサな俺たちは、考え方もドライなのだ。
しかし、俺たちはそんな親子の心配に反応せずに動かずにいると、母親の後ろにいた中学生くらいの息子が晴也の前にやってくるが、まだまだ俺たちは動かない。
「その人達、大丈夫なの?」
さらに奥から警戒心を顕に近づいてくる、長女と思しき女性が母親の後ろに立ったタイミングで、俺たちは一斉に顔を上げて吠える。
ウッガァァァァァッッッ!!!
ギャアァァァァッッッ!!!
ウオォォオォォォッッッ!!!
ァアァァァッッッ……
「「「キャァァァッッッ!!!」」」
「うわぁぁぁっっっ!!!」
叫び声を上げる母親の腕にマリアがカプリといき、母親の後ろで尻もちを着いた長女にジャンプし、覆いかぶさった俺が首筋をカプリ。
「いったぁぁぁいっ! あなたぁっ!!!」
「いやぁぁぁっ! お父さぁぁぁんっ!!!」
『カプリコン』任務完了。
下の娘は、左手の甲を詩織にカリッといかれる。
「ぃやぁっっっ!!! 痛いぃぃぃっ!」
そして慌てて逃げようとした長男を素早く追いかけた晴也が……
何も無い所で躓いた。
倒れる瞬間に腕を伸ばして長男の背中に、洋服を切り裂くほど爪を立てしまう。
「ぎゃあぁぁぁっ!!! 痛いっ! 痛い痛い痛い痛ぁぁぁいっ!!!」
『カキリコン』任務完了なのだが、背中を引っ掻かれた長男は床を転げ回っていた。
その背中から大量の血液が流れ出て、その上を長男がのたうち回って鮮血が床に広がっていく。
「あっ……ごめ……ウグッ!」
俺は思わず声を出そうとした晴也の口を塞いで無理やり立ち上がらせ、漁獲網の裏に身を潜めると、外からオッサン達が倉庫内に飛び込んできた。
「おいっ! どうしたっ! うわぁぁぁっっっ!!!」
「ヤバい! うわっうわっ…やめろぉぉおっ!!!」
「クソっ! ぎゃぁぁぁっ!!!」
オッサン達が俺たち、『カプカキ』にやられた親子を確認した後に、後ろからやってきた無数のノマゾンにやられた瞬間だった。
まぁ、俺たちが中で親子を襲えば必ず悲鳴を上げるだろうから、外で戦っていたオッサン達は絶対に様子を見に来るだろうしな。
その時に背中を向け、尚且つ中で親子がゾンビに襲われていれば隙も出来て動きが止まるだろう。
そこを、ノマゾンが襲うという計画は無事に達成されたという訳だ。
本来なら俺と晴也も姿を人間達に晒すところなのだが、息子に思いもよらぬ大怪我をさせた晴也が動揺して声を出そうとしたので、落ち着かせる為にも口を塞いで物陰に飛び込まなければならなかった。
こうして恐怖を与える役目をマリアと詩織に任せ、その光景を眺めていると、傷つきながらもノマゾンを払い除けたオッサン達が親子の手を取り立ち上がる。
多分、父親であろうオッサンが息子を背負って建物から出て行くと、そこで俺と晴也は立ち上がってマリアと詩織に合流した。
「あの子、痛かっただろうな……」
後頭部を掻きながらそう呟く晴也に対し、マリアは肩に軽くパンチを食らわしてから声を出す。
「晴也が何にも無い所で足元をもつれさせたからでしょ! もっと足腰鍛えろって!」
腐りゆくゾンビは衰えるだかりなのだが。
まぁそれでも『カキリコン』の任務も無事に遂行したんだから結果オーライじゃないかと言うと、マリアもそれ以上の事を晴也に言わなかった。
だがしかし、何となく……
何となく引っかかるものは残ってしまったかもしれない。
とりあえずはそれ以上の事は考えず、建物からヨタヨタと出ていくノマゾンの肩を叩いて労いながら、俺たちも再び移動を開始した。
あれだけミッション終了後のダベリを楽しんでいた俺たちが、誰ひとりとしてその事を思い出さずにノマゾンと共に歩き続けるのだった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます