憧れよりカリスマ?

鹿児島県霧島1.

 さてさて、俺たちはどれだけの距離をどれだけの日数かけて移動しているのだろうか。


 はっきり言って先頭ゾンビの後を追う中間地点ゾンビはだ、ただただ引っ張られて行くだけで、ほぼ着の身着のまま状態だ。


 大きな街を通り抜け、川沿いや海岸線を横目に眺め、いくつかの山間部を通り抜け、今現在の俺たちは朝靄の中で、大きな鳥居の手前で晴也の悶絶を眺めている。


「酷いですよマリアさん、ちょっと殴り過ぎてませんか?」


 そう言われたマリアは、鼻息を「ふんっ!」っと鳴らし、鼻に詰まった血栓を飛ばしながら言った。


「晴也がなかなか正気に戻らないからだしっ! 最近ホント意識が戻るの遅くなってるから気をつけてっ!」


 晴也は左側頭部を抉られてゾンビになってしまったので、頭部が醜く損傷している。


 その部分が血栓で閉じられると、なかなか自我を取り戻せ無いものだから、ああやってマリアが殴って血栓を落として正気に戻してやっているのだ。


 ちょっと前までは叩くだけでボロりと落ちていたのだが、最近は強めに殴るようにしているらしい。


「こびり付いてるからしょうが無いし」っと、言うマリア。


 手で取ってやればと思うのだが、以前そうしようとして脳ミソが引っ付いてきたらしく、結局はこの手法を取っているのだ。


 一説ではマリアに殴られる事を楽しんでいるのではと言う……


「そんな事あるわけないじゃないですか!」


 と言っては必ず頬を紫に染める晴也。


 怪しい……


「あのですねぇ……」と嘆く晴也を横目に、俺は大きな鳥居を見上げながら頬を綻ばせている。



 目の前の大鳥居は鮮やかな朱色が朝靄の中で鮮やかに映え、その雄大さで観光客や参拝客を迎えているのだろう、その勇姿を目の当たりに出来て俺はすこぶるご満悦なのだ。


「何だか嬉しそうじゃない。颯太はここに来たことあるの?」


 そんなマリアの質問に、俺は鳥居を眺めながら答えた。


「いや、来たことは無いな。ずっと来たいとは思っていた所だが」



 俺たちは現在、霧島神宮の一番手前にある『一の鳥居』の前に居るのだ。



 すると、晴也の左側にしがみつく詩織が不思議そうな表情を俺に向けて言ってくる。


「一度も来たことないのに、颯太さんってとっても嬉しそうにしてるけど、何かあったの?」


 そんな問いかけに、俺は鳥居から視線を奥に向けて言った。


「その話は後で必ずするから、とりあえず移動しようぜ。ちょっと行きたい所があるんだ。それに俺たちは中心地点からも少し遅れてるから長居は出来そうにねぇし、サボりはそこそこにしなきゃならねぇからな」



 何時くらいからだろうか。


 常に中間地点辺りで徘徊している俺たちだったが、最近はそこから外れる事が多くなり、サボりの時間が多く取れなくなってきている。


 この辺りで徘徊するノマゾンは半分くらいは見知った顔だが、たまに中間地点に追いついた時の顔ぶれは新参者ばかりで溢れ返っていた。


 対して後方には古参ゾンビばかりで、どうも古い順で群れから遅れていっているようだ。


 いくら不死身の『骸の兵士』と言えど、死んでいながら生存していても消滅しない訳では無い。


 直径60キロの楕円形の群れから外れ、デッドリーラインと言う群れ全体を覆う呪いから出てしまうと、ゾンビはドロリと液状化し、骨を残して朽ち果ててしまう。


 逆に言えば、どんなに全身が朽ち果てようと、両手両足が腐り落ちて這いつくばろうと、デッドリーラインを超えなければゾンビとして生存させられ続ける。


 まさに呪われ軍隊こそが『骸の兵士』なのだ。


 いずれ俺たちも腐り行き、移動する事も叶わなくなって、最後は骨と化す身だと分かっていながらも進軍は止められない。


 人を傷つけ仲間を増やす。


 それが俺たちに課せられた、絶対的で抗うことすら出来ない、アビドバス・ガロン・ウィルガラン国王に強制させられた使命なのだからだ。


 それでも自我に目覚めた俺たち不良ゾンビは、相変わらず齧り率ダントツをいい事に、サボりを止めずに此処まで来ている。


 サボり癖を咎める者がいない以上、サボらないと言う選択肢が無いのも俺たち『カプリコン』なのだ。


『カプリコン』とは言い得て妙な呼び方だが、あまりにも華麗なる連携を繰り返す俺たちの中で、誰が言い出したか分からないが、全員満更でも無いものだからそう呼ぶことにしている。



 今日も平和だ。



 いくつかの鳥居を潜って移動する中で、俺はちょいとばかりの説明をしてやった。


「霧島神宮の鳥居は、ちょっと前に参道と鳥居の修復が行われてな。その資金をクラウドファンディングで募集していてよ、俺も応募したってわけだ。いつか見に来たいと思っていただけに、先頭ゾンビはいい仕事をしてくれたぜ」


 確か火山灰に侵食された鳥居を本殿と同色に塗りあげ、参道を歩きやすく整える事業だったか。


 そんなサイトを見つけて直ぐに参加した事を思い出す。


「でも、どうしてそこまでしたんですか? 一度も来た事の無い所にお金を出す何て……ちょっと考えられませんけど」


 晴也のその意見は至極ご最もだと思っていると、詩織が物知り顔になって言ってきた。


「分かってないなぁ晴也君、それだけ颯太さんは霧島神宮に思い入れのあるがあるって事なんだよ」


「どういう事?」と言う晴也に対し、詩織は小鼻をツンと上げ、得意げに語りだす。


「私が思うに颯太さんはきっと、新婚旅行は霧島神宮に来ようって決めてると思うよ」


 詩織の発言に逡巡した晴也だったが、直ぐに理解出来たようだ。


 しかし、マリアは全く訳の分からないという表情を、俺や晴也や詩織の向けていた。


 詩織の言い回しに感心しつつ、未だ何の事やらサッパリなマリアを見ていると、どっちが年上だか分からなくなってしまいそうで癒される。


 ちなみに、RPGでのゾンビは癒しの魔法でダメージを食らうらしい。



 ホント関係ない情報ですまん。



 そろそろ口を尖らせて抗議の言葉を出そうとするマリアに、軽く笑いながら答えを言った。


 まぁその表情も幼く見えるだが。


「霧島神宮に新婚旅行と言えば、坂本龍馬とお龍(りょう)だ。つまり俺は坂本龍馬のファンって事さ」


 すると、マリアは目を丸くして言ってくる。


「えっ? 坂本龍馬って結婚してたの?」


 そもそもの問題ではあるが、実在していたのかと言われるよりはマシだ。


 しかしだ、人間時代はかなりの坂本龍馬フリークだった俺からしたら、ゾンビになって丸くなったもんだと痛感してしまう。


 あの頃の俺だったら、齧り程度の知識を誰かが言おうものなら、例え女性であろうと食いかかっていただろう。



 ゾンビでも無いのに食いかかっていたとはこれ如何に。



 しかしだ、ゾンビになった今となってはマリアの中途半端な知識からの発言にも、少し口の端が緩んでしまう。


 長く一緒に行動すると、おおらかになってしまうのかもしれないが。


 俺たちは移動しつつ、マリアに坂本龍馬とお龍の馴れ初めからを、俺がざっくりと説明し、補足を晴也と詩織が担当しながらとある場所を目指す。


「いや、暗殺に気付いてすっぽんぽんでお風呂から二階の龍馬の部屋まで行くなんて有り得ないしっ! どんだけ裸に自信があるってのよ。ウケるっ!」


 食いつくところがマリアらしくて新鮮だ。


 そんなシュチュエーションに遭遇したならば、きっとマリアならグレーのパーカーだけは被って行きそうだ。

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