鹿児島県霧島2.
そうして俺たちは今、坂本龍馬とお龍が見上げたと言われた
「おぉ……でけぇ……でけぇなおい……百聞は一見にしかずと言うが、これは圧巻だな」
霧島神宮の御神木の事は書籍やウィキペディア等で何度も調べたし、大学の論文でも龍馬の九州旅行を題材にした程の俺だった。
しかし、霧島神宮に来たのも見たのも初めてなものだから、その大きさには言葉が出ないくらいの迫力を感じてしまう。
「ほんとですね……凄いですね……」っと、晴也も同意し、その横で詩織は「ほへぇ……」と、間抜けな声を漏らしている。
そんな中、マリアは御神木を見上げた後に、看板に書いてある文字を見ながら声を出した。
「この大杉って幹の周りだけで7.2メートルあるんだって。それに高さが38メートル、樹齢800年ってもう妖怪じゃん。八百比丘尼じゃん」
いや、もう突っ込む場所がマリアっぽ過ぎて、苦笑いにもならない笑いしか出てこなかった。
ってか、八百比丘尼って何だ? どこの妖怪っスか? ゾンビより強いの?
「八百比丘尼って言うのは人魚伝説の中の人物で、人魚の肉を食べた女性が800歳も生きたと言う、割と全国各地にあるポピュラーな伝説ですよ。特に福井県や福島県の一部で『はっぴゃくびくに』と呼ぶようです。ちなみに、僕たちゾンビよりは不死身かも知れませんね。とある記述によると、致命傷を追っても海に入れば傷が癒えると言う話もあるみたいですし」
マジか……
800年も生きるだけでもゾンビよりは超ご長寿だし、傷まで癒えてしまうなんて腐りゆく俺たちからすれば夢物語そのものじゃないか。
まさにアンデッドの最高峰、『屍の王リッチー』をも超えたカリスマ的存在がこの日本にいたとは。
せっかく憧れの坂本龍馬の軌跡巡りに興じるつもりが、思わぬ存在に心を奪われてしまったではないか。
それはやはり、ゾンビとして歴史上の人物よりも、モノノ怪の類の方に興味をそそられてしまうからなのだろうか?
とことんこちら側の存在になってしまったようだ。
「で? 結局、颯太はどうして坂本龍馬に憧れてんの? 私としては新撰組の方が好きなんだけどね。土方歳三とか」
新撰組の事が好きなヤツが、坂本龍馬の結婚を知らないのもどうかと思うのだが。
とは言え、坂本龍馬も新撰組も新しい国創りと言う点では方向性は違えど、同じ目的持っていたようだしな。
そもそも新撰組の誰かが坂本龍馬を近江屋で襲撃し、その後死亡したと言う暗殺説があるようだが、後に調べればかなり眉唾物だったと言う記述もある様だ。
俺もそちらを推奨している。
それに、土方歳三が推しだと言うのは、俺も一致しているのだ。
もしここが鹿児島県でなければ、もし俺たちが北海道を徘徊していたとしたら。
そして、俺が自我を持った先頭ゾンビならば間違いなく、函館の五稜郭や若松緑地広場を目指しただろう。
だがしかし、とりあえず今は何故か龍馬や土方よりも八百比丘尼の方に興味を引かれてしまっているので、
とりあえずその場を移動し、霧島神宮本殿の目の前の階段に腰を下ろしてマリアの話に耳を傾けるのだった。
もちろん、健在な右耳の方でだ。
「……それでその男は人魚の肉を持ち帰り、翌日留守にした時に娘が肉を食べちゃって以降、歳を取らずに生き続けたらしのよ」
立ち込めていた朝靄もいつの間にか消えていて、清々しく晴れ渡る青空の下、小鳥の囀りとゾンビの唸り声をBGMにマリアの語りに耳を傾ける一時は、眼下に広がる霧島神宮の敷地内に蠢く大量のノマゾンを横目にサボる俺たち『カプリコン』の妄想を
うむ……詩人チックな語りもたまにはいいかもしれない。
しかし、考えてみたら霧島神宮に来て御神木を眺めたのにも関わらず、坂本龍馬の話に興じないのも本末転倒な気もする。
だが、そんな事も気にならない程マリアの語りは俺たちの心を鷲掴みにし、鹿児島県にいるにも関わらず、脳裏には福井県小浜市の漁村が映し出されていた。
「しかしよぉ、その男の娘は村一番のべっぴんさんだったんだろ?結婚とかしなかったのか? それとも出来なかったのか? 察するに歳をとらないから気持ち悪がられてた様にも感じるが」
そんな感想を漏らすと、いつの間にやらマリアの補足に入った晴也がインテリ全開で語り始める。
「もちろんその娘さんは結婚をしますが、歳をとるのが旦那さんのみで、当然旦那さんは先に亡くなります。しかし、その娘さんは再び別の漁師に求婚されて再婚するを繰り返していた様です。もちろん周りからは気味悪がられたようですが、周りの人も歳を取りますし、娘さんも自分の正体を知る人物のいない所で結婚生活を送っていたんじゃないのかと僕は思います」
っと、最後の方は自論を交えて補足を終えた。
確かに自分以外は歳を取るのだから、旦那と死別すればよその街に行って、再び家庭に収まるのも安易に出来そうだ。
「600年程その村で住んでたらしいけどね。その後、尼さんになって全国各地に木を植えまくったらしいの」
木?
なんで全国各地を巡って、その
究極系アンデッドのやる事にしたら
カリスマアンデッドにしては良い事し過ぎじゃねぇのか?
疑問が矢継ぎ早である。
どうせなら全国各地の男どもを手玉にとって身ごもり、その後に産まれた我が子が各地で長寿政権を築き上げる。
こうして比丘尼は末永く自治体を裏で牛耳りました。
っと言うオチの方が、聞いているゾンビとしてはだ、心躍るサクセスストーリーとして語り継いで行きたくなると思うのだがな。
すると、詩織がジト目を俺に食らわせながら言ってきた。
「もう、颯太さん妄想が暴走し過ぎ。比丘尼はきっと亡くなった旦那さん達を思って長寿のイメージのある木を植えて、お墓に見立てたんじゃないかな?」
妄想が暴走……
ここは年長者としてこのシュールなゾンビギャグに声を上げて笑ってやるべきか、はたまた男らしくニヤリと口の端を上げてやるべきか。
等と考えていると、俺の思考を横取りして晴也が楽しげに声を出す。
「妄想が暴走って、詩織ちゃん面白い事言うね。それに知的な言葉遣いが可愛らしい詩織ちゃんの口から発せられるギャップが僕はす……良いと思うよ。それに僕もお墓説は同意できるな」
どさくさに紛れて自分の気持ちを伝えようとして、結果伝えきれない所が晴也らしいなと思っていると、詩織はパァッ!と表情を明るくして言った。
「でしょ! やっぱり晴也君は分かってるねっ! そう言うとこ、女子からの好感度爆上がりだよ」
好感度が上がるのはギャグを褒めた方か、それとも詩織のギャップを褒めた方か。
そんな疑問を、俺以上に晴也は詳しく聞きたい素振りを見せていた。
「まぁ、私も木を植え続けたのは決して緑地計画みたな現実的な事じゃ無いと思うし、何処ぞの世界の独裁者でも何でも無いと思うし。全く、颯太の頭の中はご都合主義的になってんじゃない?」
っと言って、ディスってくるマリア。
ゾンビ的妄想の世界に引き込んだ張本人のくせに、えらい言いいようである。
少し抗議でもしてやろうと思っていると、すかさずマリアは路線を変更する様に、こんな言葉を俺に出してきた。
「それで? 颯太は坂本龍馬のどんな所に惹かれたの? 卒業論文にするくらいの影響があったんでしょ?私ばかりに話しさせないで聞かせてよ」
まぁ、元よりそんな約束で霧島神宮に入り込んだのだが、どうもマリアの後では上手く語れるかどうか……
それでも博識な晴也が補足してくれるだろうと思って、俺は龍馬の魅力を独自の視点で語り始めた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます