鹿児島県霧島3.

「……っとまぁこうして坂本龍馬は新時代の国造りに尽力してたわけだ。俺だって龍馬の様な大層な人間になろうと思っちゃいねぇが、あの男気なんかはどんな男でも一度は憧れるもんだと俺は思うぞ」


「ですね」と、相槌を打ってくれる晴也なのだが、話しの大半を晴也に補足修正されたために、マリアと詩織の体勢は俺から晴也の方にズラされていた。



 その微妙な姿勢にちょっとへこむ。



 もうちょっと現国を頑張っていたらと、後悔する瞬間だった。


 しかし、話術にたけた男はチャラい系のイメージが高い為に、俺は俺なりの言葉で伝えた方が、それこそ龍馬の様な男気を見せれるのではないかと思い、俺は俺を貫いてきたのだ。


「ウケる! だから颯太はモテないんだし」っとマリア。



 バッサリである。



「それに、龍馬は決して口下手では無かったですよ。常に疑問を持って追求する、言わば探求者でしたから。人との会話には積極的だったとも言われていますしね」


 っと言う晴也だが、まぁそのくらいでなければ亀山社中を創設したり、犬猿の仲の薩摩藩と長州藩の仲介役等にはならなかっただろうし、後々偉人として後世に残る事も無かっただろうしな。


「でも、颯太が坂本龍馬に憧れてるのはよく分かったし。半分以上は晴也のお陰だけどね」


 と、晴也だけを持ち上げるマリアにひとこと言いたい。



 へこむぞ!



「でも颯太さんは普通に話してる時は普通に話せてるんだし、普通な感じで聞きやすいから普通でいいんじゃない?」


 等と、普通を連呼する詩織は、きっと俺を励ましてくれていると強く信じたい。


 絶対にディスっているのでは無いのだと。


 そんな、少しブルーに染まる俺を眺めていたマリアが呟くように言ってきた。


「私は普通の颯太が好きだし」



 ……あざっス!



 それから俺たちは暫しの談笑を経て移動を再開し、大鳥居をくぐり抜けてノマゾンの群れに紛れ込みながら歩いていると、線路際の集落辺りで俺に背負われている詩織が肩をキュッと掴んできた。


「居るよ、裏側の民家の中で3人……ううん4人潜んでる」


 横で詩織の声を聞いた俺とマリアと晴也もそちらに視線を向けると、手前の民家から小道を挟んだ向かい側の、一段上に建っている平屋建て民家のカーテンが微かに揺れるのを目撃した。


 俺がそう言うんだがマリアも晴也も見えなかったらしく、しかしゾンビになってから研ぎ澄まされた俺の視覚と詩織の聴覚が確実に人間が潜んでいる事を捉えている。


 そうなれば、ここでやる事は決まっていた。


『骸の兵士』の使命を全うするべく、俺たち特殊部隊『カプリコン』が、華麗に任務を遂行する為に行動を開始するという事だ。



 俺たちは民家に潜む人間に見えないところまで前進してから回り込むように引き返し、勝手口にマリアと晴也を残して俺は詩織を背負ったまま、第五匍匐ほふくで這うように窓の下を移動する。


 第五匍匐とは自衛隊の匍匐前進ほふくぜんしんのひとつで、身体の全面を地面にベッタリと着け、草を掴んだり地面に指を立てて這いながら前身する移動法の事を言う。



 元自衛官の真骨頂だ。



 適度に雑草や芝生のある敷地だけに、割とスムーズに移動は出来るのだが、家の中の人間が道路を彷徨うノマゾンの群れに注意が向いている事を信じて前進し、程なく玄関の位置までたどり着く。


 いつもは胸元を開けてネクタイが見える様にしていた俺だが、第五匍匐に入る前にマリアにジャージのジッパーを上げられた。


「何となく、汚しちゃ駄目な様な気がしただけだし」


 玄関にたどり着いてジッパーを下げ、ネクタイが汚れてない事を確認してマリアにサムズアップ。


 そして、双方の入口のドアに鍵がかけられている事を確認して頷きあった。


 俺たちはこの家に到着するまでの移動時に、数パターンの作戦を用意しておいたので、このくらいの事態は想定済みだ。


 すぐさま俺だけでリビングの真下の、窓の下に再び第五匍匐で移動し、対面の晴也は家の裏に回って待機させる。


 そして1分後、俺はリビングの下に置いてあった植木鉢を掴んで立ち上がり、おどろおどろしい雄叫びを上げて窓ガラスに叩きつけた。


 ゴォォォォオォォォッッッ!!!


 ガッシャャャンッ!!!


 派手な音を鳴らして窓ガラスは室内に飛び散り、室内からは驚きの声と悲鳴が響き渡った。


「うおっ! なっ……馬鹿なっ!」

「キヤァァァッッッ!!!」

「ヤバイッ! 逃げるぞっ!」

「待てっ! 外に出たらやられるぞっ!」


 詩織の言う通り、4人の人間が潜んでいたようだ。


 窓ガラスを破壊した俺はゾンビらしい動きでリビングに侵入し、中の状況を確認する。


 リビングの右側、詩織の潜む玄関側に女性が驚愕の表情で佇み、左側の扉の前に男性が3人固まって女性に此方へ来いと手招きをしている。


 こんな窮地の中で女性を1人にするとは男の風上にも置けないクズ野郎共だなと思い、そして当然俺は女性に足を向ける。


「ななみぃっ!!!」


 左側で固まっていた男性の中のひとりが女性の名前を叫んでそちらに飛び出す……のを初めから見越し、俺の目の前を通過しようとする男に瞬時の飛び込んで、伸ばした右腕にカプリと人齧り。


「いっでぇっ! 離せっ! おらっっっ!!!」


 そう言って腕を振り抜き、俺を弾き飛ば……させて、転がるように残り2人で固まる男の方に移動して素早く立ち上がって雄叫ぶ。


 グァァァァァァァァァッッッ!!!


「うわっ……うわぁぁぁっ!!!」

「ヤバいっ! 逃げるぞっ!!!」


 慌てて扉を開けて奥に逃げる2人の男たち。


 もう彼等に冷静さはなく、1人は勝手口の方に走っていき、そのまま扉を蹴り開けて民家から飛び出して行って……悲鳴を上げた。


「うわっ! 馬鹿なっ!!! ギャァァァッッッ!!!」


 恐らく、そこで待機していたマリアにカプリといかれたのだろう。


 俺は、もう1人の男が逃げていったキッチンに移動したが、姿は見えなかった。


 しかし、その男は息を殺し切れずにいる様で、微かに荒らげた呼吸音がキッチン内に存在している事を教えてくれている。


 そこで俺は、再び雄叫びを上げた。


 ガァァァアァァァッッッ!!!!!


「うわっ! うわっ! うわぁぁぁっ!!!」


 雄叫びにおののき、慌ててキッチンの下から飛び出して奥の部屋へと飛び込んで行く男。


 バリンッ!!!


 男が飛び込んで行った部屋のガラスが割られる音がした直後に、叫び声が上がる。


「うわぁっ! たっ、助けてっ! 来るなぁっ!!!」


 恐らく、晴也の強襲を受けたのだろう。


 俺は晴也の勇姿を見るべく、その部屋に侵入する。


 そこには仰向けで倒れ、左足に引っかき傷を負った男と、うつ伏せで倒れ込んでいる晴也が視界に飛び込んできた。


 晴也が伸ばした右手の指先には、男のズボンと同色の切れ端が着いている所を見ると、齧る事には失敗したものの、傷付ける事には成功したようだ。


 とりあえずその場を離れ、素早くリビングに移動すると、そこには既に誰もいなかった。


 しかし、先ほど女性が立っていた扉の奥で女性のすすり泣く声が聞こえ、その女性を落ち着かせる男の声も同時に聞こえる。


「うぐっ……うぐっ……ごめんね、あおい……私のせいで……ぐずっ……大丈夫?……」


「あぁ、大した事ないさ、これくらい。心配すんなよ、ななみ」


 俺が齧った男だろう。


 そのまま気づかれないように抜き足差し足忍び足で扉の前まで来た俺は、思いっきり扉を蹴りあげて雄叫びを上げる。


 ウガァァァァァッッッ!!!!!


「キャァァァッッッ!!!」

「ヤバイっ! ななみっ! 思いっきり走れっ!!!」


 慌てて玄関を開け、先に女性を外に出したのが大間違い。


「イヤァァァッ!!! 痛いぃぃぃっ! 離してぇぇぇっっっ!!!」


 玄関前に潜んでいた詩織に真正面からカプリといかれたのだろう、全開になった玄関の扉の向こうが確認出来るようになって……驚いた。


 逃げ出した女性が玄関前で倒れており、その足元で俺がカプリした男が詩織を女性から引き剥がそうとする光景に違和感を感じる。


 真正面から襲ったはずの詩織が、女性の足首をカプリしていたのに驚いたのだ。


 その後、詩織を引き剥がし、走り始めた2人に合流するように右側から首元に齧り傷のある男と、左側からは左足に引っかき傷のある男が合流する。


 そして、ノマゾンが徘徊する道路を飛び越え、線路の中を走り去って行った。



 全員の姿が見えなくなった頃に詩織が上体を起こし、民家の右側からマリアが現れ、そして俺の後方から後頭部を掻きながら晴也がやってくる。


 全員が集まったところで、俺は各々の顔を見やって言葉を出した。


「相手が若かったせいか動きが素早すぎて、全員カプリとはいかなかったが、まぁ人間を傷付けるって言う使命は果たせたんだから結果オーライだな。今日も『カプリコン』の完勝だ」


 こうして、いつもの様に笑顔を見せる俺とマリアの横で、晴也と詩織は苦笑いを浮かべている。


 その後、俺たちはいつもの様に数時間ほどダベり、そしてノマゾンと共に次の街に移動を始めたのだった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る