決戦!兵士VS兵器

宮崎県1.

 どんよりとした、動きの早い雲に覆われた、海岸線の見える丘の上。


 割と強めの風を全身に受けながら、俺と右横のマリアと俺に背負われる詩織は、背中を丸めて俯く晴也を他所に今現在、世にも奇妙な信じられない光景を目の当たりにしている。


「おいおい……これはどういう事だ? 何がどうしてどうなればこうなっちまうってんだ? 全く訳が分からねぇ……なぁマリア、ちょっと俺の頬を引っぱたいてくれねぇか」


 そんな言葉が出てしまうほど、俺は目の前の景色に困惑していた。


 それは隣のマリアも同じようで。


 その異様な光景に、俺の言葉が理解出来ていなかったのか、マリアはおもむろに右隣の晴也の後頭部にグーパンチを食らわす。



 ボゴッ!!!



 すると、殴られた晴也の後頭部の抉れた傷跡からボロッと大きめの血栓が落ちた。


「あっ……」っと、小さく声を出した晴也が、背中を丸めて俯いていた状態からゆっくりと背筋を伸ばし、そして俺たちの見上げる光景に気付く。


 ちなみに詩織は、俺の背中で「ほへぇ……」っと、声を漏らしながら視線を持ち上げていた。


 晴也はゆっくりと右から左、左から右に視線を巡らせ、そして俺たちが見上げているモノに視線を向けて爆弾発言をする。


「あれっ? 僕たちはいつから宮崎県に居るんですか?」



「「「はぁぁぁっ???」」」



 見事なまでのハモリ具合に、3体揃って聖歌隊にでも入ろうかと思ってしまうほど、俺たちは秒の狂いもなく同時に間抜けな声を上げた。


 三つ子芸で売り出そうかと思えるほどに。


「いやいやいやいやっ! 待て待て待て待てっ! 確かに俺たちも、そろそろ古参ゾンビの域に近づいてる自負もあるし、脳ミソの腐り具合が進んで記憶力が曖昧になってきた感覚があったとしてもだ、さすがにこんなモノが九州の一端にある宮崎県に存在する訳がねぇだろう。お前……まだ覚醒出来て無いんじゃ……」


 俺の驚愕の言葉に同調したマリアが、再び拳を上げて声を出す。


「そうみたい……あんまりにもおかしな光景だったから力加減間違えちゃったかも。もう1回ぶん殴るからちょっと待ってて」


 そう言って右腕を後ろに振りかぶった瞬間に、慌てた晴也が両手をマリアに突き出して言った。


「待って! 待って下さいマリアさん! 僕、正気です! ちゃんと目は覚めてますから止めてください!」


 等と言いながらジリジリと後退する晴也に、詩織がジト目を食らわせながら声を出す。


「ホントぉ……怪しい……」


 詩織の言葉に、いよいよ絶望感漂う表情を浮かべる晴也が必死になって両手を胸元で組み合わせ、懇願するように言ってきた。


「そんな……詩織ちゃんまで……本当です! 本当にちゃんと目覚めてますからっ! 信じてくださいよぉ!」


 こんな信じられない光景を宮崎県と言われた事自体が信じられないのだが、晴也の必死な懇願には嘘が無さそうな所に大困惑し、とりあえず俺は晴也の話しを聞こうと提案した。


「じゃあさ、説明してよ。訳わかんない事言ったらぶん殴るし」


 っと、未だこの場所が宮崎県だとは信じきれないマリアが腕を振りかぶったまま晴也を威嚇するように言う。


 晴也は軽く仰け反りながら左手をマリアに軽く突き出し、右手人差し指をあるモノに突き付けて説明を始めた。


 突き付けた右手人差し指の先には、俺たちを困惑の渦に叩き落とした大きな大きな、大きなモアイ像が何体も鎮座しているのだ。



 現在、俺たちがいる場所は、かなり曇ってはいるが、水平線が遠くまで見渡せる小高い丘の芝生が綺麗な広場だ。


 そんな場所で、海岸線を背にしてモアイ像が7体も整然と並んでいた。


 モアイ像はそれだけでなく、俺たちの後方の少し高い位置にも3体のモアイ像が、まるで7体のモアイ像を見下ろす様に存在している。


 モアイ像と言えば南国チリの国有とするイースター島のみに存在する石像であってだ、いくら南国九州の、更に南国と呼ばれる宮崎県とは言え、モアイ像があるなど断じてあるものかと断言出来るのだ。


 それなのに、このインテリ優等生で将来有望だった元真面目人間で、現在は『骸の兵士』の中では特別視(俺たち談)されている特殊部隊『カプカキ』のメンバーである晴也は、ここが宮崎県と言い張りやがる。


 いつからそんな反抗的な事を言い出す様になったのか? はたまた人間時代は18歳だった事もあり、遅めの反抗期がやってきたのか?


 それとも、俺たちと行動する事が嫌になって距離を取ろうとしているのか?


 そう言えば、最近の晴也は俺たちが呼びかけても上の空で聞いている事が多い様な気がしないでも無い。


 そんな時はマリアのグーパンチで後頭部にこびり付いた血栓を落としてやるのだが、その頻度が最近は多くなっている様な気がする。


 ちょっと前までは3日に1度だったような気がするが、近頃は1日1度のマリアの日課にまでなっていた。


 ひょっとしてそんな所にも晴也は嫌気をさしてきたのか……


 もしそうであれば、俺たち華麗なる『カプカキ』に亀裂が入って取り返しの付かない事態になりかねない。


 ちなみに『カプカキ』とは、齧るのが得意な俺とマリアの『カプリコン』と、引っ掻くのが得意な晴也と詩織の『カキリコン』を組み合わせた略称だ。


 せっかく自我に目覚めたゾンビ同士で結成した『カプカキ』を、俺は大切に思っている。


 それに、これまで一緒に行動を共にしたマリアや晴也や詩織の事を、血の繋がった家族以上の、ヨダレを垂らしあったゾンビ同士の確固たる絆を……


「ちょっと颯太さん、その辺にしてくださいよっ! 僕は反抗的でも『カプカキ』を脱退したい訳でも無いんですから。それにもしここが本当にイースター島だったら、モアイ像がたった10体とかありえないじゃないですか。本来イースター島には千体前後のモアイ像があるんですよ。それを考えたらあまりにも少なすぎと思いませんか?」


 晴也にそう言われ、そう言えば人間時代に見たテレビ特番や雑誌等のイースター島の風景には、島全体にモアイ像が大量に存在していたのを思い出す。


 それに対してここのモアイ像は、目の前に7体、後方の別の場所に1体づつ3体の、計10体……確かに少ないな。


 晴也の言葉で少し冷静さを取り戻した俺は、考える素振りをしながら咳払いをし、大人の雰囲気と言うものを頭の中で組み立ながら言った。


「晴也ならそう言うと、俺は信用してたがな。ただまぁ、目覚めの一発目のインパクトで覚醒出来たかどうかを知りたかっただけだが……だがそれは杞憂だった様だ。だからマリアも詩織も晴也に疑いの目を向けるのはよして欲しい。特にマリアはもう少し晴也を信じてやってもいいんじゃないか?」


 なんとか自分の無知を隠そうとした言動だったが、その後で振りかぶっていたマリアの拳が俺の頬を確実に捉えた。



 ゴフッ!


 ……ナイスパン……チ……



 その後で、俺たちは晴也のウンチクを交えての知識を正座をさせられて聞かされる羽目になるのだが、元より左足のすねから下の無い詩織だけは、両足を芝生の上に伸ばして聞いている。


 人間時代にノマゾンに襲われた時に食いちぎられたのだろうが、俺たちと行動する様になってからもう長いのだから差別するべきでは無いと思う。


 どうも晴也は詩織に甘々で、俺たちを見る視線とは違った何かを感じざる負えない。


「そっ……そんな事ありませんっ! そっ……それに詩織ちゃんを正座させちゃったらシュシュが汚れちゃうじゃないですか! せっかく可愛いのにそんな事出来ませんっ!」


 果たして可愛いのは詩織なのか詩織のシュシュなのか……何となく暖かい目で見てやりたくなる俺とマリアだった。


「全く……とにかく、そんな訳でモアイ像の修復作業に関わった日本人に感謝したチリ政府が、イースター島以外でモアイ像の設置を認めた場所が世界でも唯一、この宮崎県の日向市と言う事なんです」


 こうして、晴也のお説教は滞りなく消化されたのであった。


「絶対に真剣に聞い無かったですよねぇ!」



 今日は不穏だ。

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