長崎7.
「固まっていやがる、古すぎだな」
そう言って俺の肩から足を外した隊長は、俺から一歩離れて佇む。
その横に他の連中がやって来て並んだ結果、俺の目の前には楯桜長靴、いわゆる自衛隊用の戦闘長靴を履いた4人分の足が並ぶことになったた。
コイツ等が近づき過ぎていて、膝から上が全く確認出来ねぇ。
「死んでますかね」
っと、隊長では無い方の男が言うと、紗友里と呼ばれる隊員が、すかさず突っ込みを入れる。
「当たり前でしょ雅也くん、アンデットなんだからぁ」
全くだぜ思っていると、再び雅也と呼ぼれた隊員が、言葉を出してきた。
「アンデットって事は『もう死なない』って事だろ? だったらこれ以上死なないってだけで、意識があるかも知れないよ、紗友里ちゃん」
「屁理屈が過ぎて面倒臭いぃ」
っと、呆れた口調で紗友里隊員が言い返すが、この雅也とか言う男はなかなかするどい観察力を持っていると言わざる負えないな。
言えないのは残念だし、言えてしまえば蜂の巣だ。
蜂の巣かぁ……
そんな、たいして意味の無い事を呟いて俺は考える。
結局、俺はデッドリーラインに追い越されず、全身は死滅しちまったが、こうして自我を持ったままゾンビのカスとして存在しちまっている。
それに、『せいすい』の攻撃で『骸の兵士』の群れの形態は大きく変えられ、今はどの様な状態になっているか分からねぇ。
今現在、俺がいる場所がどの様な位置になっているのかも分からねぇし。
デッドリーラインを何処にも感じねぇ場所なのは確かなのだろうが。
つまりこれから先、俺はどうなっちまうのか全く分からねぇってこった。
視界も徐々に弱まって来ているし、今では聴覚すら衰えてきている実感もあるのに、意識だけは割とハッキリしているのが返って恐怖を感じてしまう。
デッドリーラインに追い越されそうになった時は、意識も飛んで行っちまいそうになった。
逆に、今は割と物事を考えられる様になってきている感じもする。
このまま視界を失い、聴覚も無くし、真っ暗闇で無音の中で意識だけを持って過ごさなければならないのかと思うと、本当に恐怖でしかない。
デッドリーラインに追い越されたら消滅すると言う、ゾンビ的常識が奪わちまった以上、これからどうなるのかがサッパリなのが恐ろしくってたまらない。
「どうする? 隊長。動かないんならほっといても大丈夫くない?」
そんなギャルっぽい言い方をする香里奈と言う隊員の口調に、少しばかり既視感を覚える。
まぁ、隊長とか呼ばれる男以外の会話に既視感を覚えていたのだが。
そんなコイツ等の声が、俺の置かれた現実を和らげているのに苦笑いしか出てこない。
とりあえず俺は今現在、独りでは無いと言うことに安心してしまっているのだ。
これから数分後、コイツ等がここから立ち去ってしまえばまた独りになり、『骸の兵士』として彷徨っていた頃以上の孤独がやってくるんだろう。
それが分かった時点で多分もう、精神がイッちまったんだろうと思う……
もう……
俺はもう……
もう諦めた。
これから先のことは分からねぇし、俺にも誰にも、アビにも神にもどうする事も出来ねぇ。
だからもう、
諦めた。
いくら考えたところでもう、どうしょうもねぇし……
どうなりもしねぇ。
いっそ意識すら腐り果ててくれりゃいいのに、ネガティブな事を考え出したら妙に頭が回りやがるからタチが悪ぃ。
だからもう、
仕方ねぇ……
現実を受け入れるしか選択肢はねぇ。
きっとこうなっちまったのも、日頃の不摂生が祟ったのだろう。
『カプリコン』として成果を上げ続けた俺ではあったが、それにかまけてサボりもした。
他のゾンビが真面目に移動しているのを横目に、物陰や建物の中に入り込んで惚けていたり、群れで追い込んだ人間を横取りする様にカプりもしたし。
そんなろくでもねぇ愚行を、アビは何処かでちゃんと見ていたのだろうか。
だからこそ、俺に正しい消滅を与えず、絶望を残そうとしてやがるに違いない。
身から出た錆というやつだ。
だから今、俺の目の前にあるこの凄惨なる光景や、この自衛官達の足元を脳裏に焼き付けよう。
俺以外のヤツの声を忘れないように耳に刻み込み、これから先の虚無の中に持っていこう。
「いや、世の中何があるか分からねぇからな。ここで確実に仕留めよう。香里奈、そいつをくれ」
…………何だと?
コイツ今なんと言った?
仕留める?
どうやって?
…………『せいすい』……か?
これから精神だけの殻に閉じこもろうと思った矢先に、コイツは俺を殺すと言うのか?
身動きも出来ねぇ、干からびたカスの亡骸すら葬り去ろうと言うのか?
だがしかし、アビすら消滅を放棄したこの俺に、コイツが消滅を与えてくれようとしているのか?
正しく死を与えてくれようとしているのか?
怒りと困惑が交錯する中、香里奈隊員が少し弾んだ声を出してきた。
「うわっ、何このゾンビ。ジャージなのにネクタイしてる! しかもリングまで通して! これって……ありかもっ!」
「本当ですね。なんかとょっと新しいかもです」っと、雅也隊員が同意しやがる。
「ホントだねぇ、ひょっとしたら生前はファッションリーダーだったかも」っと、紗友里隊員。
お褒め頂き光栄だぜ。
俺の事よりこのネクタイと、何故か結び目に着いているプラスチックのリングの事を褒められたのは、ちょっと嬉しいかもしれねぇ。
そんな高揚感を覚えていると、紗友里隊員が言った。
「やっぱ隊長って優しいね。ちゃんとトドメをさしてあげるんだねっ!」
なんとも幼い口調と、足元の楯桜長靴のギャップに笑っちまいそうになった時、その隊長がドスの聞いた声でこう言いやがった。
「そんなんじゃねえよ、俺はこんな醜い汚物を見るのが大っ嫌いなだけだ。こんなもんが世の中に転がっているのを見るだけて反吐がでる」
そう言った後、右足を持ち上げて俺の左肩を踵でドカッと蹴り、声を出した。
「お前たち、下がれっ!」
そう言って下がっていく、隊長のドライさには共感できるものがある。
所詮、俺はゾンビでアイツは人間。
やるかやられるかだけの関係性だ。
人間同士の敵対関係ならいざ知らず、ゾンビと人間の間に同情なんて必要もねぇからな。
先程の場所から3歩程さがり、ようやくアイツらの顔が拝めると思いきや、全員がガスマスクを付けていやがった。
ちっ……
せめて最後にツラだけでも見せてけやと、思った瞬間だった。
銃先にグレネード発射装置を取り付け、小銃を構えた隊長がこう言い放ち、そしてトリガーを引いた。
「くたばれ、クソ野郎っ!」
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