長崎6.
「…………しろ! ……すなっ!」
「了解……」
「A班は……から、B……周り込め!」
横倒しで通り過ぎるノマゾン達に、心の中で逃げろと叫び続けていると、何処か遠くの方でそんな言葉が……
くぐもった声で、会話が聞こえてきた。
何だ?
誰か……居るのか?
ラジオとは違う方向から声が……
会話が聞こえる……だと?
「C班は左から囲めっ! 絶対に逃がすなっ! 殲滅しろっ!」
「「「「了解っ!!!」」」」
再び階段の方から、今度はハッキリと会話が聞こえた後、ボフッボフッ!と、発砲音が聞こえた。
すると、階段辺りのノマゾンが数体倒れ、そしてジュウジュウと音が聞こえた後に倒れたノマゾンから煙まで上がり始めた。
コォアァォォ……
アァァァァァァッッッ……
ウオォォォッッッ…
何だ……
あれは……
やっぱりどこかで……
そう思っていると、階段から迷彩服の、顔には全面を覆うガスマスクを被った自衛官が飛び出し、逃げゆくノマゾン達に小銃を構える。
ボフッ! ボフッ! ボフッ!
鈍い発射音が聞こえた後、目の前のノマゾンに白濁の液体が降りかかり、たちまちジュウジュウと音を立てて煙を上げ、次々に倒れては地面でのたうち回った。
これが……
せいすい……
ゼロろく……
俺の視界の先では『せいすいゼロろく』を掛けられた大量のノマゾンが、周りに煙を吹き上げ、やがて動きを止めていっている。
俺の目の前に見えるノマゾンの亡骸は、みるみるうちに溶けていく。
そして、そこには白骨には程遠い、黄ばんだ骨が現れた。
ちくしょう……
なんて残酷なことを……
横倒しで視界だけは霞ながらも保っている俺は、目の前で溶けて骨になる仲間を正気を持った眼差しで見せられるだけで何も出来ない。
ただただ悔しがるばかりだ。
今すぐ立ち上がってアイツらに齧りつきたいし、あの首を喰いちぎってやりたい。
気付かれねぇ様に回り込んで、アイツらを地面に倒してノマゾン達に襲わせてやりたい。
だのに、気持ちが突っ走るだけで身体は全く動かない。
果たして力を込めているのかも分からない。
そうしているうちに、俺の目の前で見える範囲は立ち込める煙が消えた箇所に黄ばんだ骨が現れ、いつしかこの場所は骨だらけになっていた。
「B班とC班は引き続きアンデットを追えっ! A班の半分は補給に下がれ! 残りは俺と散策の後、補給班と合流だ!」
「「「「「了解っ!」」」」」
「「「「「了解っ!」」」」」
「「「「「了解っ!」」」」」
そんな言葉の後で、大勢の足が逃げていったノマゾン達の後を追うように、目の前を駆け抜けていく。
ノマゾン達の溶けていく音が落ち着いた時には数名の自衛官の、バキバキと骨を踏み潰しながら移動する足音だけが辺りに鳴り響いた。
「でも、ちょっとこの『SEISUI』の効果は凄すぎだよ。踏みつけただけで骨まで砕けるなんて、余程強い薬物が使われてんじゃないの?」
「全くだ。こんなガスマスクまでさせられるくらいだから、人体への影響は避けられないだろう」
「そだねぇ、だから近隣の住人に外出禁止令が出されたわけなんじゃない?」
先程の緊張感とは打って変わって砕けた女2人と男の会話だったが、その後でもうひとりの男がこんな事を言いやがった。
「しかしあれですね、こいつらの群れの後に点在する骨は古いゾンビの骨なんでよね?何でか知らないけど、腐敗が進みすぎて動けなくなったゾンビはいつの間にか身体も溶けて、挙句の果てに白骨化するって報告書を見たんですけど。だったら僕たちって、正しくゾンビを終わらせてるって事になりませんか?実は僕たちって神的存在だったりして」
その後で、全員が笑い声を上げやがった。
その会話を聞きながら、俺は考える。
デッドリーラインに追い越され、液状化して白骨となる消滅の仕方と、『せいすい』をかけられ全身が溶け、黄ばんだ骨だけとなる消滅。
同じ骨のように見えて、やはりその性質は全く違うものだ。
長きに渡り使命を全うして退場を告げる、アビが用意したデッドリーライン。
あれが超えた後の白骨は、呪いで使命を強要させたアビの、せめてもの詫びの様にも感じる結末だ。
しかし、この『せいすい』はだ、人間だった事すら無かった事にする、単なる殺戮だ。
アビは骨を綺麗に残すが、アイツらは骨まで犯して踏み潰す。
それの何処が神だっ!
ふざけるなっ!!!
人間から見れば俺たちは確かに許される存在じゃねぇかも知れないが、俺たちも元はお前たちと同じ人間だったんだ。
それを無視してこの所業が許されてなるものか!
『……速報です。長崎県で展開している特殊作戦も、大きな成果を出しているとの報告が防衛省から有りました。既に65パーセントのアンデッドを殲滅したとの……』
「隊長っ! 誰かいますっ! 警戒をっ!」
茂みの中の相棒の音を、誰かの声と勘違いした様だ。
相棒の声に気付いた女性と思しき自衛官が、小銃を構えて俺の方にジリジリと向かって来るのを感じる。
残念だが視界に外れた所からやってくるようで、その姿を確認できずにいたのだが、建物の方からやってきた迷彩服を着た2人の男女らしき姿は何とか見ることが出来た。
とは言え、2人ともガスマスクを被っているのだが、骨格や肉付きで男女だと分かる。
「どうした香里奈、民間人か?」
「香里奈ちゃん、ひとりで大丈夫?」
その男女2人は俺に気付く事無く、俺の後方の茂みの方に小銃を構えている様だ。
そして、俺の後ろからガサガサっ!っと、音がした後に、声がやって来る。
「大丈夫よ紗友里。隊長、こんな所にポータブルラジオが落ちていました。まだ綺麗な物ですけど、誰が落として行ったんでしょうか?」
先程の砕けた会話は無くるも、少しばかり緊張感のある声でそう言って俺の後方から近寄る、もうひとりの女性自衛官がラジオのスイッチを切りやがった。
ちくしょう……
こいつら、俺の相棒すら消し去りやがった。
目の前にいる『骸の兵士』の仲間たちを残酷に葬り、せっかく出来た俺の相棒の声を消滅させたこいつら。
俺の全てを奪い去っていくこいつらを力いっぱい睨みつけていると、目の前の男女2人の自衛官の後ろから別の男の自衛官が現れ、緊張した声を上げながら近づいてきた。
「隊長っ! 紗友里ちゃん! 足元のそいつ、溶けてないですっ! 警戒をっ!」
すると、目の前の2人が後方にジャンプして小銃を俺に向ける。
俺の真後ろに居た女性自衛官も隊長と呼ばれるヤツの横に立ち、そして声を上げた男もやって来て、4人並んで俺に小銃を構えた。
その様子を眺めながら俺は苦笑いをする……のだが、目の前の4人は何の反応も見せずに警戒するばかりだ。
表情筋も死滅しているから、俺が苦笑いをしているのが分からないのだろう。
それから暫しの睨み合いの後、先に折れたのはあちら側の隊長だった。
根性無しめ。
「さっきまでのとは違い、だいぶ古いな」
そう言って構えを解いた隊長は、俺の元に無警戒でやってきたかと思えば、おもむろに右足を上げて俺の横たわる左肩に押し付けてきやがった。
クソッタレの分際が、ガンの飛ばし合いで負けた腹いせに動けねぇ俺に足を乗せてきやがるとは。
卑怯もんにも程がありやがるぜ。
そいつはそのままドンッと足を押し込んで俺を仰向けにしようと考えたようだ。
だがしかし、そうは問屋が卸さなぇし、てめぇ如きに俺がいいようになってたまるかってやつだ。
もう既に間接と言う間接が固まってしまっている俺は、横倒しになった時に膝を丸めていたからなぁ。
ちょっと蹴りあげられたところで膝も一緒に上がっちまうから、仰向けにはなれねぇんだよ。
ざまぁみやがれ!クソ野郎!
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