博多駅での贈り物
博多駅1.
デッドリーラインから逃れ、ようやく群れの中心辺りにたどり着くと、そこは福岡県の中心部、博多駅だった。
駅周辺は至る所で車が大破し、街路樹は所々なぎ倒されていて、周りのビルは主に1階部分が破壊されていた。
上層部の方は無傷なまでも、ビルの数箇所の窓から黒煙や白煙が漂っている。
「おっきぃ……シーモールよりおっきぃ……」
俺の背中でそう呟く詩織を『はかた駅前通り』のど真ん中で下ろしてやると、口をあんぐりと開けて佇む詩織の横に、晴也が立って声を出す。
「ダメだよ詩織ちゃん、博多駅とシーモールを比べちゃぁ。あまり地元を卑下にしたくないけど、それはコンビニと百貨店を比べてる様なものだから」
シーモールが何なのか知らない俺とマリアだけど、コンビニと百貨店なら間違いなくコンビニの方がいいような気がするのは俺だけなのだろうか?
すると詩織は頬をぷっくりと膨らませ、晴也を睨みつつも呆れながら言った。
「もう、晴也君、例え下手すぎぃ。それを言うなら商店街と大型ショッピングモールの方が伝わるんじゃないのぉ」
ふむ……
もし俺がスマホを持っていたとしたら、詩織に『いいね!』を押して、尚且つ投げ銭までしたくなるほど分かりやすい例えだ。
なるほど、シーモールとは商業施設だったのか。
ってか、『モール』って言ってるし。
しかも、博多駅を大型ショッピングモールに例えたのならば、商店街に例えられたシーモールはそこそこ残念な感じに過疎っているのだろうかと勘ぐってしまう。
まぁ、ゾンビがはびこるこの世界にどれだけの人間が生存しているのかは知らないが、何処の商業施設も過疎ってるんだろうとは想像できるが。
すると、詩織の横に移動してきたマリアが博多駅を見上げながら言った。
「ねぇ、入ってみない? ひょっとしたらまだ人間が隠れてるかも知れないし」
俺たちはここまでの道のりで、そこそこの人数の人間と遭遇し、4体共に1日1人づつ人間を齧っている。
『骸の兵士』の群れの真ん中より少し後方にいた俺たちに発見できる人間は本当に希少だった。
しかも、人間ひとりに対し何百体のゾンビが群がるものだから、齧るのは愚か近づくのも容易ではない。
だがしかし、俺たちと他のゾンビには決定的な違いがあり、その決定的な違いが俺たちと他のゾンビ達との違いなのだ。
何となく変な言い回しになったが、腐った脳ミソではあまり難しい事を考えられないと言うことを理解して欲しい。
早い話しがだ、俺たちは自我に目覚めたウルトラレアゾンビなだけに知恵を振り絞り、チームワークを駆使して人間を追い詰めて齧りまくって此処まで来たのだ。
等と言ってしまえば大層な作戦を考えているように聞こえるかもしれないが、先程も言った通り腐った脳ミソではそこまでの作戦を考えつく訳もなく、やってる事はただ単にかくれんぼの鬼である。
分かりやすく言えば、楕円形60キロのゾンビフィールドの中心部に居る人間は、大体がゾンビから逃げ疲れてどこぞに潜んでいることが多い。
そこで、人間時代は聴覚が優れていた詩織が隠れている人間の、僅かな呼吸音や心拍音で場所を特定し、4体で襲いかかって順番制で齧り付くと言う事だ。
詩織の聴覚も俺の視覚と同じで、ゾンビになってからの方が研ぎ澄まされているらしい。
それに俺たちの様に完全に心臓の鼓動が止まっている訳でもなく、俺たちの様に呼吸をしていない訳でもないのが人間だ。
他のゾンビを出し抜けたとしても詩織の聴覚から逃れらるわけも無い。
そんなこんなで他のゾンビを出し抜いて、俺たちはチーム全員が「骸の兵士」の使命を遂行していると言うわけである。
今日も平和だ。
兎にも角にも他のゾンビよりも齧り率の高い俺たちなのだから、殊勲賞があってもいいんじゃないかと最近思うのだが。
「誰からよ?」
っと、1階の割れたガラスを避けながら博多駅に侵入するマリアが言ってくる。
そう言われ、少し考えてから俺は答えた。
「そりゃぁ……あいつだよ、あいつ。アビに決まってんだろ?」
アビとは言わずと知れた『骸の兵士』のボスであり、世界に災厄をばらまいた張本人、アビドバス・ガロン・ウィルガラン国王の事だ。
すると、俺の後ろから博多駅に侵入してくる晴也が恐る恐る言ってくる。
「そんな……国王様に向かってアビ……って、誰か聞いてたら怒られちゃうんじゃないんですか?」
「誰にだよっ!」っと俺。
「「誰によっ!」」っとマリアと詩織。
3体同時に突っ込まれた晴也は肩をガックリと落とし、シュンとなって俺たちの後ろをズルズルと着いてくる。
大体からしてこの『骸の兵士』の群れの中で、俺たち4人……4体しか自我に目覚めていないんだから、何を言ったとしても他のゾンビが反応する訳もない。
仮に人間に聞かれたとしてもだ、敵の大元であるアビドバス・ガロン・ウィルガラン国王の事を、雑兵である俺たちゾンビが『アビ』と言ったところで怒る人間が果たして居るだろうか?
怒らずとも不思議に思うならば、ゾンビが喋った『アビ』という言葉より、『ゾンビが喋った!』という行為の方に食いつくだろう。
ゾンビが食いつく前に食いつくとは、ゾンビ候補としては最高の逸材ではなかろうか?
等と、腐敗した脳ミソでここまで複雑に物事を考えられるとは、ひょっとして今日は何かいい事があるかもしれない。
「いやぁぁぁっ……来ないでぇぇぇっ……」
そんな高揚感で博多駅内を歩いていると、詩織でなくとも聞こえる人間の悲鳴が上階から
うむ……なんだか詩人っぽい事を言った気がする。
とりあえず、停止しているエスカレーターを登ること5階フロアで再び悲鳴が大きく聞こえてきた。
そこから奥に進むと、東急ハンズの片隅でノーマルゾンビ8体が何やらたむろしている。
と言うか、バリケードのような場所に何かを求めるように体当たりをしていた。
まぁ、普通に『ゾンビ』と言ってもいいのだが、『ノーマルゾンビ』と言った方が、俺たち『ウルトラレアゾンビ』4体を強調できる様な気がした。
つまり、思いつきで言ってしまっただけの事で深い意味は無い。
俺は背負っていた詩織を降ろし、そしてゾンビっぽくヨタヨタと動き……まぁどんな移動をしても見た目ゾンビなのだが。
とにかく4体で近づくと、バリケードの奥には2人の女性が悲鳴を上げながら
バリケードと言ってもだ、商品を陳列していたであろう棚やテーブルを乱雑に積み上げただけの物だし。
どれかのテーブルを手前に引きさえすれば、簡単に崩壊してしまいそうな物だ。
恐らく、中の女性達が慌てて組み立てた物だろうと推測できる。
だがしかし、自我に目覚めてないノーマルゾンビ達はバリケードには目をくれず、その隙間から見える人間達に両腕を伸ばして掴もうとしていた。
その光景は真っ当なゾンビそのもので、その姿こそがソンビの王道であり、そんなノーマルゾンビ達の姿が芸能人の記者会見での、カメラのフラッシュを浴びたかのように眩しかった。
どうやら博多駅内が漏電して、フロアの照明がチカチカと付いたり消えたりしているようだ。
すると、その光景を一緒に見ていた晴也が小声で言ってくる。
「あそこのテーブルを引いたらあのバリケード、簡単に崩れるんじゃないですか?」
そう言って一歩踏み出そうとした晴也を、俺は右手で制止して動きを止めた。
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