福岡県北九州4.
更に時間が経った夕暮れ時、ソファに座っている晴也がポツリと言う。
「僕……何だかゾンビになってからの方が楽しいな……」
そんな晴也のカミングアウトに驚いた俺達の視線を受け、そして晴也は語り始めた。
「僕は二人兄弟の次男でして、しかも家族全員が公務員だから当然僕も公務員になる為に小さい頃から勉強漬けで。スマホのアプリも辞書ばかりで課金ゲームなんてしたこと有りませんでしたし」
そう言った後に軽く溜め息を吐き、そしてまた語り始める。
「だけど、ゾンビになってからは勉強なんかしないで、ただただ人間を追い回して。知らない場所にも行けるし、颯太さんやマリアさんや詩織ちゃんとも楽しく話も出来ますし」
っと言ってくしゃりと笑顔をつくった。
「あんた友達いなかったの?」
窓際に肘を立て、顎を載せ外を伺うマリアがそう言うと、晴也はゆっくり天井を仰ぎみて答えた。
「友達かぁ……いたようないなかったような……僕の高校は県内でもトップクラスの進学校だったから周りは皆んなライバルだし、勉強以外の事は話した事なかったからなぁ……明確に友達はいなかった気がしますね。まぁそれでいいとも思っていましたけど」
そう言った晴也の横に詩織が寄り添うようにポスンと腰掛ける。
すると窓際のマリアが気だるげながら言葉を出した。
「ふ〜〜〜んっ……そうなんだ」
そう言って、スっと立ち上がったマリアが俺を見る。
その視線受け、俺も立ち上がると、マリアは窓際から俺が寝転んでいた絨毯の上に腰を落ち着け、俺はマリアのいた場所に移動して外の様子を伺い始めた。
マリアはテーブルの上に肘を立て、右手の上に顎を乗せて語り出す。
「私も高校時代はボッチしてたし、別に友達なんて居なくてもいいって思ってたし。高校を卒業してからは親ともまともに会話も無かったし、誰にも会いたく無かったから殆ど部屋からも出なかったしね」
っと言ってニカッと笑い、紫色に変色した歯茎で黄ばんだ歯をキラリと強調させた。
そんなマリアを眺めていると、何となく俺も語りたくなって言葉を出す。
「俺はそこそこダチはいた方だったなぁ。ヤンチャ……って程でも無いけどそこそこ馬鹿やってたし、学生時代は陸上やってたから仲間もいたしな。結局彼女は出来なかったけど、それなりには楽しめていたぜ」
「ポイねぇ」と言うマリアに「失礼だな」と返すとアハハと笑いながら言ってくる。
「休みだからって外に出かけるのに、ジャージなんて着ていくヤツがモテるわけないじゃん」
等と言うマリアに俺も言ってやった。
「コンビニが近いからって、色気もねぇグレーのパーカー着ていくヤツに言われたくねぇよ」
「ですよねぇ」とマリアが言って俺達は笑いあった。
すると、今度は詩織がクマのヌイグルミをもふもふと両手で抑えながら語り始める。
「私もそこそこ友達いたよ。合唱部に所属してから仲間もいたし、先輩とも後輩とも皆んな仲良しだったかな。ゾンビに襲われそうになった時も、友達が背の低い私を真っ先に逃がしてくれようとしてくれたしね」
校門の鉄扉に挟まれて助けて貰えなかった詩織にも、そんな心温まる出来事があったのかと思うと少し口元が緩んでしまう。
それぞれの人生に、良きも悪きも色々あったんだなと思うひと時だった。
ゾンビとなってしまった今ではどうでもいい事ではあるが、ゾンビにならなければこんな話しをする事も無かっただろう。
そもそもマリアと晴也と詩織に出会う事も無かっただろうから、ゾンビになってしまった事も満更でもないような気もしないでもない。
曖昧な言い回しになってしまったが、そもそも腐りゆく脳ミソではあまり深く物事を考えられないしな。
「ゾンビにならない方がいいに決まってんじゃん!」
っと言うマリアの言葉に、そりゃそうだと思いつつ、更に談笑をしている最中だった。
突然全身に怖気が走り、リビングの中にただならぬ空気が張り詰める。
ゾンビになって機能しなくなった汗腺から汗が滲み出る錯覚を覚え、元より潤いのない喉がカラカラになった感覚になる。
死滅した全身の触覚に、チクチクと針が刺さるような痛みが走った。
不快感が半端ない。
俺以外も皆んな同じ表情になったと言うことはだ、考えられることはただひとつ。
「デッドリーライン……」
っとマリアが呟く。
最初に俺とマリアがサボっていた時に、最後尾のゾンビが黒い液体と骨になった瞬間を見た時、俺たちはその呪いの範囲に気付いた。
そこで何となく、それっぽい言い方をマリアが思いついただけで、本当はどんな呼び方をするのかは知らない。
まぁ、俺もこの呼び方が気に入ってるだが。
俺は即座に外のゾンビを伺うと、ゾンビは群れからグループ程度の数であちらこちらと徘徊してはいるが、どのゾンビも朽ち果てている気配は全くなかった。
俺は窓から身を乗り出して俺たちがやって来た方向に目を凝らすと、1キロ先のゾンビが突然液状化し、朽ち果てていくのが見て取れる。
ゾンビの群れを一掃しようと自衛隊や警官隊が街ごと吹き飛ばしたものだから、街並みは瓦礫の山となり高い建造物がほぼ無くなっている為に、この場所からも遠くまで見渡せる様になっていた。
それに、海自での海上訓練の時に、水平線に浮かべられたポイントマーカーを発見する訓練が得意だった俺は、ゾンビになっても視力だけは衰えていなかった様だ。
っと言うより、ゾンビになってますます視力が研ぎ澄まされている気もする。
「マズイな、この調子だと後30分くらいでデッドリーラインがやってきそうだ。そろそろ出ようぜ」
俺の言葉に全員が立ち上がり、逆に俺はその場で屈むと、片足でビョンピョン跳ねながら最後には俺の背中にポスン!と、飛び込んできた詩織を背負って家を出る。
関門橋の下でサボりすぎた時も……と言うより詩織を助けた時から俺は、移動する時は必ず詩織を背負う。
そして、人間のいる所では詩織を下ろしてゾンビらしく、ヨタヨタと移動する様にしているのだ。
家を出ていく際に晴也は、玄関の扉を締めながら「お邪魔しました」と、一礼する。
とことん真面目なゾンビである。
家を出た俺たちは後ろを気にしつつ、絶妙な急ぎ足でゾンビの群れの中心を目指した。
何故ならこれ以上のスピードで足を動かすと、死滅した筋肉や関節に熱が生じて腐敗が加速し、最終的に関節が固まり、移動出来なくなってしまうからだ。
その後、デッドリーラインの圧迫感から開放された俺たちは移動速度を落とさず、周りのゾンビを追い越すように進んでいる時だった。
着ている服がさほど汚れていない女性のゾンビに追いつき、そして追い越す。
言わずと知れた、詩織が初齧りした女性だった。
そのゾンビを通り越し際に、背中の詩織が俺の顔に頬を寄せてドヤ顔でサムズアップし、その様子を俺と晴也でニヤリと笑う。
マリアはその女性ゾンビの肩を叩いて、「また会ったね」と言って微笑んだ。
もちろん、その女性ゾンビはマリアに反応すること無く、ヨタヨタと歩き続けるのだった。
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