大分県5.

 ジュワジュワジュワジュワ……


 何かが飽和しながら溶ける音がした瞬間、液体をかけられた古参ゾンビが両腕や両足をバタつかせながら起き上がろうとしているところに、隊長Aと長身Bが向けていた小銃を発射させた。


 バババババッ! ババッ!!! ババババババッ!!!


 連射音が無くなり、動きを止めた古参ゾンビを確認した眼鏡Cは、次の小瓶の蓋を開けて先程長身Bが蹴った古参ゾンビの元に移動。


「7番いっきまぁす」


 軽々しくそう言って液体をかける。


 ジュウゥゥゥッ……


 先程よりも鈍い溶解音が聞こえてくるが、古参ゾンビはピクリとも動かない。



 そして俺は見た。



 最初の古参ゾンビはよく見えなかったが、マリアの横に倒れていた古参ゾンビの顔の辺りから薄い煙が登り始め、顔面には黄色い泡が沸き立っている。


 まるで希塩酸が何かに反応しているかの様だ。


 その光景で、俺の脳裏に再びステンドグラス美術館の工房の光景が蘇った。


 あの作業台に並べられた5つのゾンビの頭とその数字。


 二重丸の4番。


 まさか……こいつらは!



 やばい! マリアがっ!


 恐らくあのゾンビの頭はアイツらが切断して工房の中で液体をかけ、損傷具合を調べたものだ。


 そして損傷の……顔面の溶解度が1番高い数字に二重丸を付けていたのだ。


 だからこそアイツらは『頭部』にこだわり、マリアを含めた3体のゾンビで残りの液体の実験をしようとしているのか。


 ちくしょう……


 このままでマリアの顔面に強烈な溶解剤を撒かれてしまう。


 しかし、相手は武器を携えた自衛官。


 ここで俺が飛び出したところでアイツらは愚か、憎い隊長Aにも届かずに蜂の巣にされちまうだろう。


 何か……


 何か手はないか……


 このままなすすべは無いのか……


 そんな事を考えているうちに眼鏡Cがマリアの元に歩み寄り、小瓶の蓋を開けて佇んだ。


 クソっ! マリアっ! 動け……


 いや、動くなっ!


 ちっくしょぉ……


 例え今、マリアが目を覚ましてもだ、あの液体をかけられるよりも早く弾丸を浴びせられるだろう。


 どの道助けることも助かることも出来ないことに気がついた俺は、悔しくて歯痒くてどうしようも無い自分に滅茶苦茶腹が立つ。


 それでも覚悟を決め、後でタップリ復習するしか無いと割り切ってアイツらを凝視する。


 いよいよ眼鏡Cが小瓶を傾けると、中の液体がこぼれ出して……



 マリアの顔面で弾けた。



 その瞬間、俺は強く認識した。


 アイツらは敵だと……


 滅ぼさなければならない敵なのだと……


 そう強く思った瞬間に、視界がホワイトアウトする。


 次の瞬間、俺の脳裏に戦場の光景が浮かび上がった。


 何か巨大な兵器の様な物に大量のゾンビが蹂躙され、その中で俺が吠えながら片手を振り上げる。


 すると、周りのゾンビが巨大な兵器に群がり次々に倒壊させている映像が見えた。


 倒れた兵器によじ登った俺とマリア。


 そして見知らぬ2体のゾンビと横並びで天に両手を突き上げて吠えると、その周りのゾンビも共鳴して絶叫を上げる光景が鮮明に浮かび上がったのだ。



 そして俺は思った……


 マリアを助けたいと。



 そして俺は願った……


 誰か俺の……


 俺の声を聞いてくれと……


 俺に応えろと!



 ウッゴォォォォォォォォォッッッ!!!



 吠えたっ!


 俺はうつ伏せのまま無我夢中で吠え続けた。


 アイツらを……


 敵を睨みつけながら吠え続けた!



 グォオォォォォォォォォォォッッッ!!!



「ちっ! 何だっ! 何処だっ! 何処で声を上げているんだっ! 出て来やがれっ!!!」


 どうやら俺の事は首がないゾンビだと認識してしまっているために、俺の方に視線を向けずに辺りを警戒し始めた3人は慌てて声を出し始めた。


「高橋! 現状の結果はどうだ!?」


 っと、隊長Aが言うと眼鏡Cがすかさず答える。


「6番は良好……いや最高っス。7番は4番程では無いっスね。8番は反応無しっス」


 その言葉の後だった。


 姿は見えないが、辺りから唸り声があがり始める。



 ゥオォォォォッッッ……

 ガァァァァアァァァッッッ……

 アァァァッッッ……

 オォォォオッッッ……

 グァァァァァァァッッッ……



 その唸り声は次第に増えていき、それに慌てた長身Bが声を出す。


「まずいですね隊長、どうします? レモンはまだありますが、続行しますか?」


 その間もゾンビの共鳴はどんどんと増えていった。



 ワァァァァッッッ……

 ゴアッ……ゴアッ……ゴアッ……

 ガァァァァアァァァッッッ……



 すると、隊長Aは残り2人に視線を向けて言い放つ。


「撤退だ! 検査液の確認は充分取れた。それに早く報告しないと博士の首が伸びきってしまうからな。行くぞっ!」


 そう言い残してアイツらは周りを警戒する様、小走りに駅側に移動して行った。



 暫くその様子をそのままの状態で伺っていた俺は、アイツらが緩やかなカーブの向こうに姿を消した瞬間に、頭部に覆いかぶさった最古参ゾンビの胴体を跳ね除ける。


 そして、ダッシュでマリアの真横に飛び込んだ。


 マリアの顔面は液体で濡れてはいたが、異常は無いように伺える。


「マリアっ! マリアっ!!! 大丈夫かっ! マリアっ!!!」


 そう叫んで強く全身を揺さぶるも、マリアは目を開けることは無かった。


 俺はすかさずマリアの口元に、未だ残っている右耳を持っていき、左手を恐る恐る胸元に被せる。


 マリアの無事を確認する為であって決してセクハラでは無い……と思う。



 呼吸は……していない!

 心臓は……動いていない!


 よしっ! 大丈夫だっ!!!



 無事を確認した俺はアイツらの走り去った方に視線を向け、すぐさま行動に移った。


 アイツらは撤退と言っていたし、『博士』とも言っていた。


 っと、いう事は何処かに拠点となる場所があるという事で、こんなクソみたいな実験をしているアイツらを……


 特にマリアを足蹴にした隊長Aを食いちぎってやりたくて、俺はアイツらの後を追うように移動を始めたのだ。



 そろそろ古参ゾンビに足を突っ込んでいる俺なのだが、足湯で関節を温めていた為に割と小走りに移動が出来た。


 その結果、割と早めに遠目からアイツらを確認出来る所まで追いつく。


 住宅地を通り抜け、駅の前を素早く移動するアイツらを見失わないように物陰に隠れながら移動する。


 ただ、アイツらを追っている時に、様々な場所でノマゾンや古参ゾンビを見かけたが、そいつ等は全員が顎を突き上げて吠えているだけだった。


 どうやら、未だに共鳴を続けているのだと分かった時の俺の恥ずかしさは半端なかったと言っておこう。


 あの時、マリアを助けたい一心で俺は力いっぱい吠えた後に、周りにいるゾンビが駆けつけてくれるのではないかと本気で思っていた。


 普段はヨタヨタと徘徊するノマゾンや古参ゾンビ、最古参ゾンビに至るまで俺の遠吠えに反応して機敏に走り出すのかと。


 まるで『進撃のなんとか』みたいに、仲間が馳せ参じてアイツらを全滅させてくれるのではないかと。


 俺にはゾンビを、仲間を呼び寄せる能力が有るのだと本気で信じていた。


 そんな伏線のある光景が脳裏に過ぎったから。


 しかし、蓋を開ければ一体のゾンビも現れず、アイツらを追う中で発見するゾンビ共は全てが顎を突き上げて吠えているだけだった。


 アニメ的な能力が有ると信じて、力強く吠えていた自分がすこぶる恥ずかしい。


 死んでいるのに死にたいと本気で思いながらも共鳴を続けるゾンビ達の前を、俯きながら通り過ぎる。


 その際はゾンビ達に、「ゴメンな」と言いながら……


 ただ、共鳴するゾンビを発見する前には頭部に何発も弾丸を食らったゾンビが数体倒れていた。


 多分、吠えているところを撃たれたのだろう。


 俺のせいで共鳴を始め、その挙句、無駄に弾丸を撃ち込まれたゾンビにも後で謝っておこうと強く思う次第だ。



 前方を移動するアイツらは突然足を止め、周りをキョロキョロと警戒した後に、とある店舗に侵入していった。


 慎重に移動をしてその店舗の前にたどり着いた俺は、その店舗の裏側に回り込む。


 エアコンの室外機の奥に身を潜め建物を伺うと、俺の潜んでいる場所の真上に小窓があった。


 手を引っ掛けてみると、スッと動いたものだから、もう少しだけスライドさせて聞き耳を立てる。

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