大分県6.

 偶然にもそこは、先程のアイツらが侵入した部屋らしく、そこには博士と言われていた人物だろう、アイツら以外に女性の声も聞こえてくる。


「随分と時間がかかったようですね。無事に戻って来れたという事は、実験は成功したと見てよろしいですね?それでは結果を」


 中の様子は伺えないが、気配からしてこの部屋にはさっきのアイツらを含め、4人の人間が居るのだろうと思っていると、眼鏡Cの呆れた声が聞こえてきた。


「それだけっスか博士? 死ぬ思いをした俺たちに労いってもんがあってもいいと思うんスけどねぇ」


 眼鏡Cの言葉を遮るように、女性のくぐもった短い声が聞こえる。


「結果を……」


「はいはい隊長よろしくっス」っと、諦めたように棒読みで眼鏡Cが言うと、今度は隊長Aが畏まった声で女性に向かって報告を始めた。


「1番から3番、5番は著しい結果は得られませんでした。4番と7番は半壊、6番のみが完全溶解に成功しました。8番は無反応です」


 その声を聞いて、俺はあの時の事を思い出す。


 俺がマリアから離れようとした時に、液体をらかけられた2体の古参ゾンビを伺った。


 マリアの傍で倒れていた、7番と呼ばれる液体をかけられた方の古参ゾンビの顔面は、顔の上部辺りが溶けて頭蓋骨が顕になっていて、口元はただれた感じだった。


 しかし、眼鏡Cが最初に6番と呼ばれる液体をかけられた方の古参ゾンビの顔面は、完全に頭蓋だけになっていた。


 この会話を聞く限り、恐らくその博士という女性は化学兵器の何かを開発しているのだろうし、その実験をアイツら3人が行っていたと言う訳か。


 しかも、少人数で動いているところを見ると、やはりアイツらは何らかの特殊部隊だったと結論できた。


 ただ、部屋の中で博士の女性が不思議そうにこんな事を言っている。


「8番? 試験液に8番なんてあったかしら?」



 なんだって?



 8番と言えばマリアがかけられた液体のハズだが、そんなものは無かったとはどう言う意味だ?


「どう言う事だ? 高橋」


 っと、長身Bが言った後に、眼鏡Cが笑いながら言う声が聞こえてくる。


「あ〜〜〜っ、それ俺の小便っス」


「「「「はぁ?」」」」

「なんだとぉぉぉっ!!!」


 部屋の中では呆れた声が、外では俺が声にもならない声で憤る。



 マリアの顔面に小便だと……


 クソ野郎ぉ……


 アイツも後で食いちぎってやる。



 店舗の中で「お前なぁ」と、長身Bが呟くと、眼鏡Cは嫌味ったらしい声で言い放つ。


「いいじゃないっスか先輩。アイツらどんだけ人間を殺してると思ってんです? こんぐらいやったってバチなんか当たりゃしないっスよ」



 てめぇには俺が直々にバチを与えてやんぜ、クソがっ!!!



 頭の中で隊長Aと眼鏡Cをどうやって食いちぎってやろうかと考えていると、博士の何事も無かったような声が聞こえてきた。


「とにかく、これで『せいすい』の実験は終了し、試験番号6番を制式採用として報告します。隊長さんは移動用の車両を確保してください。山崎さんと高橋さんはこの後の運転の為に暫し休養をとっておくように。これより2時間後に出発致します」


「「了解っ!」」

「やりっス!」


 各々がそう返事をして、部屋を出ていった気配を感じる。


 中の様子を伺えない為に、俺は一旦退却をしてマリアと作戦を練ろうと考え、身を潜めながら足早に駅前を移動する。


 その頃にはもう、ノマゾンや古参ゾンビは吠えることを止めて移動を始めていたのを目にし、歩きながら俺はホッと胸を撫で下ろした。


 ひょっとしてこのままずっと吠え続けるんじゃ無いかと、内心ドキドキしていたからな。


 住宅地を抜ける際に、俺のせいで弾丸を打ち込まれ、動かなくなった3体の古参ゾンビの前で両手を合わせて冥福を祈った。


 退避用の車両を確保しに出かけた隊長Aと鉢合わせにならないようにステンドグラス美術館の方に歩いていると、遠くから数体の古参ゾンビがヨタヨタと歩いてくるのに気付く。



 その中にマリアの姿もある。



 ようやく目が覚めたのかと思って安堵した俺は、向かってくるマリアの元に行き、横並びになって話しかけた。


「無事そうで何よりだ。それはそうと、アイツら駅前の食堂に潜んでいやがった。全部で4人だが、小銃と手榴弾を持ってやがるからな。いつもの様に作戦でもたてて襲撃してやろうぜ」


 しかし、マリアは俺の言葉には反応せずに、虚ろな目付きで前だけを見つめて古参ゾンビ共々移動を止めないでいる。


 不思議に思ってマリアの肩を掴んで声を掛け、割と強めに揺らしても一向に止まる気配を見せないマリア。


 よく見れば、マリアはパーカーのポケットから両手を出して、だらしなく前方に垂らし、目は虚ろで口を半開きにするその様子は、まんま古参ゾンビそのものの様だ。


「おいっ! マリアっ! マリアってばっ! マ〜リ〜ア〜っ! マリアさぁん? マっリぃアちゃぁんっ! マリアさぁ〜〜〜んっ!」


 どんなに強く揺らしても、どんなに大声で話しかけても、マリアは何の反応も見せてくれない。



 そんな……


 マジか……



 ヨタヨタと、古参ゾンビと並んで移動し続けるマリアを何とか目覚めさせようと必死に思考するが、腐った脳ミソでは何も良い案が思い浮かばない。


 このままでは、マリアは本当に古参ゾンビとなって俺の元を去っていってしまうのではと考えるが、マリアを正気に戻す方法など脳裏にかすりもしなかった。



 クソッ……


 どうすればいいんだ……


 クッソッ!!!



 万策尽きた俺は顎を上げて叫ぼうと強ばった瞬間に、脳裏にマリアの驚いた顔が突然浮かんだ。


 そのマリアの土気色の顔は、今よりも綺麗で髪の毛もガザガサでは無く、パーカーもあまり汚れていないなままの姿で思いっきり驚いた表情を見せている。


 顎を上空に上げていた俺は大きく息を吸い込み……


 身体の至る所から空気は漏れ出ていくのだが、それでも大きく息を吸って思いっきりマリアの顔面に大声をぶつけてやった。



「わっっっ!!!!!」

「きゃぁぁぁぁぁっっっ!!!」



 大声上げてマリアの動きが止まり、焦点が俺に定まったタイミングで思いっきり抗議の声を上げてきた。


「ちょっと颯太! 何のつもりっ! 心臓が動き出すかと思ったじゃないっ!」


 そんな言葉に、何となく昔それと同じ言葉を聞いたような気がした俺は、脱力しながらマリアの肩に両手を乗せて大きく息を吐いた。


「はぁぁぁぁぁっ……よかったぁ……もう二度と正気に戻らねぇんじゃねぇかと思ったじゃねぇか」


 すると、マリアはキョトンとした表情を俺に向け、そしてニヤリと嫌らしい笑顔を向けて言ってくる。


「なぁに? 颯太、そんなに心配しちゃった? ちょっと私の事好き過ぎじゃない?まぁ悪い気はしないしぃ」


 逆に抗議をしたくもなるが、当たらずとも遠からずだから止めておこう。



 当たっているのだけど……とは言わない。



 こうして脱力から立ち直った俺だが、ふと地面に視線を落とし、そして視線を持ち上げてマリアに人差し指を地面に向けて声を出した。


「マリアさん、何か引き摺ってまっせ」


「へっ?」っと、間抜けな声を漏らしたマリアが俺の指差す方に視線を落として暫し。


 一気に頬を紫に染め、慌ててそれを手繰り上げた。


 実はマリアのパーカーの下から胃や小腸や大腸が垂れていたのだ。


 その内臓は全てがどす黒く、乾燥が進んでいた為に地面に引き摺られてボロボロになって、ちぎれかけている箇所もある。


 そんな内臓をアワアワと手繰り寄せるマリアが動きを止め、キッと俺を睨んだかと思えば怒りなが言ってきた。


「ちょっと颯太っ! いつまでガン見しているつもりっ! 本当エロエロなゾンビねっ! セクハラで訴えるわよっ!」



 えぇぇぇぇっ!!!



 ゾンビの内臓ってそんな秘密の花園っ!? ここ、興奮するとこっ!?


 すこぶる驚く俺に対し、マリアは内臓を抱き抱えて顔全体を真紫に変える。


 涙など出ないのに涙目ながら、両目の端をギュッと吊り上げて俺に言い放った。



「と・に・か・くっ! あっち向けぇぇぇっ! バカぁっ!!!」



 その言葉に直立した俺は、「はいぃっ!」っと声を上げ、その場でクルリと半回転した。

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