嬉し懐かし熊本城

熊本県1.

『骸の兵士』の進軍は日々留まることはなく、常に先頭ゾンビに引っ張られる形で移動を続けている。


 基本的に、人間がたくさん住んでいそうな所を歩く事が多いのだが、時に海岸線を行けば峠を超えたりと方向性は一貫していない。


 とは言え、県境とは至ってそういうものだから仕方なく着いていくのだが。


 等と言っても、俺たち『ウルトラレアゾンビ』な4体は適度にサボりつつ、まぁ大半は群れの中間辺りでダベリながら移動しているのが現状だ。


 しかしながらその他ノマゾン(ノーマルゾンビ)よりも齧り率は圧倒的に高いものだから、咎められる言われは全く無いし、咎める者もまた居ない。


 だからこそ不良ゾンビをやれるのだけどな。


 そんな中で俺たちは今、ある建造物を横並びで見上げていた。


「おぉ……これはなかなか」っと、俺。

「何だか分かんないけど凄いし」っと、マリア。

「へぇ……初めて見たけど、綺麗ですね」っと、晴也。


 しかし詩織だけは違う反応をしているようだった。



「直ってる……」



 その言葉に不思議に思った俺たちは、晴也にしがみつく詩織に視線を向ける。


 しかし、そんな俺たちに気付く事無く、詩織は視線を上に向けている。



 実は俺たちは今、熊本城の前にいるのだ。



 何故に熊本城の前かと言われればだ、ここは熊本県の中心部なだけに人口密度が高い。


 だからこそ先頭ゾンビが進軍し、そこに俺たちは、ただただ引っ張られて偶然此処にたどり着いたと言うわけだ。


 流石は熊本県の中心部であって、先頭から30キロも後方の俺たちがこの場所にたどり着いた時も、人間の数は至るところで目撃した。


 そして俺たちも、『骸の兵士』としての使命を全うする為に、その辺のノマゾンの10倍以上は齧りまくっただろう。



 車の影に隠れた人間を、俺と晴也で脅かしてマリアと詩織でカプリといく。


 複数の人間の逃げる方向を先読みして詩織を待機させ、路地に追い詰めた所で詩織に驚いたところを、塀の上から俺やマリアや晴也が飛び込んで、サクッとカプリ。


 腰を抜かした人間を、詩織が不意打ちカプリ。


 恐らく俺たち4体で100カプリは超えただろう。


 周りに人間が居なくなったのを確認し、俺たちは適当にプラプラと散歩をしている時に熊本城にやって来て、その大きさと優雅さに見とれていると言うわけだ。


 もう、お上りゾンビと言われて差し支えない。



 今日も平和だ。



 そんな中で俺たち3体と、詩織の間に温度差が生まれてしまっているのだ。


「もぅ、颯太さん言い方酷すぎ! 温度差なんて全然ないもん!」


 そう言って、プイッとそっぽを向かれた。



 割とショックだったりもする。



 すると、マリアが少し屈んで詩織に優しく問いかけた。


「ねぇ詩織、詩織って熊本城に思い入れがあるみたいだけどさ、何かいい思い出でもあるの? 良かったら聞かせて欲しいんだけど?」


 っと言って、小首をコテンと傾げる。


 非の打ち所の無い神対応だ。


 俺の最年長としての威厳が、身体より先に朽ち果ててしまったのかもしれない。


 すると、むくれていた詩織がゆっくりとこちらに視線を向け、そして俺にジト目をくれて言った。


「意地悪な颯太さん以外になら教えてあげる」


 心の中では涙腺が決壊しそうになって肩をガックリ落として暫くすると、詩織はニッと笑って声を出す。


「ジョーダン! さっきのお返し」


 安心と嬉しさの余り、小躍りしてもいいだろうか。


「恥ずかしいからやめてください。それこそもう少し年上の威厳を保ってくださいよ」


 等と言う晴也だが、さて、年上の威厳は先程朽ち果てた様な気がするのだが。


 それから俺たちは、熊本城が見える近くの広場に移動し、芝生の上に腰を下ろしてくつろいだ。


「私のお父さんとお母さんは熊本県出身なんだ。お母さんの実家が後ろの藤崎台球場の向こう側なの。熊本に来た時は、この二の丸広場によく遊びに連れてきて貰ってたんだ」


 なんと!


 全く地の利の無い『骸の兵士』かと思いきや、俺たちの中にこの辺りに詳しい仲間が居たとは。



 青天の霹靂とはこの事か。



 とは言え、先頭ゾンビじゃ無いから地の利もあまり意味を持たないのだが。


 だったら、何故に詩織は何も言わずに今までいたのだろうか?ひょっとして言えない何かがあったのだろうか?


 例えばだ、詩織の母方の実家には祖父母や親族が住んでいる為に、齧りたくない一心で俺たちに内緒にしていたとも考えられる。


 はたまたこの中間地点で母方の実家から群れを反らせるよう、俺たちに気づかれない様に尽力していたのかもしれない。


「私は山口県産まれの山陽小野田育ちだから、お爺ちゃん家から熊本城までの道のりしか知りません! それに移動中は颯太さんの背中に居たから誘導だって出来なかったもん!」


 そうだった……


 獲物を狩る時や、ちょっとした移動の時以外の詩織は常に俺の背中だったし、特に辺な所も無かった。


 つまり……どういう事だ?


 すると、詩織は熊本城を見上げながら話し始めた。


「ここが熊本県って気付いたのは最後の人間を齧って、それから一時間くらいたった時に熊本城の天守閣が見えた時だったよ」


 そうか、考えてみれば山口県で過ごしている詩織が親の帰省時に来る程度の土地の記憶など、たかが知れているものであって、何かシンボル的なものが無ければ思い出すのも難しいだろう。


 詩織にとっては幼い頃から遊びに連れてこられた、あの熊本城が目印だったのだ。


 ただ、そこまで聞いて俺は腑に落ちないことに気が付いた……のに俺の意見を横取りするようにマリアが声を出した。


「でもさ、熊本城に気付いてて詩織は何も思わなかったの?お爺ちゃんとか親戚の人とか心配にならなかった?」


 そう言われた詩織は若干悲しげな表情を見せるも、至ってクールに声を出す。


「もう諦めてたよ。こんな光景散々見てきたから無理だって分かっちゃってるしね。もう走ること以前に普通に歩けない私だから、熊本城の天守閣が見えてからじゃもう遅いもんね」


 そう言われて俺は、何も言えなくなった。


 俺がもう少し早く移動出来ることが出来ていたら……


 人間時代の様に走ることが得意だったら……


 そしたら、詩織の祖父や親族を救えたかもと思うと、やるせない気持ちに駆られてします。



「でも会っちゃったらきっと齧ってると思うけどね」



 やるせなさが一言で踏みにじられてしまった。


「でも、そこは『骸の兵士』の本文で使命だから、例え身内でも本能が優先されしまうんではないでしょうか」


 そんな正論を言って晴也が追い打ちをかけてくる。


 ひょっとして、若い2体で俺を潰そうとしているのだろうか。


 それとも今どきの10代からすれば、これがフレンドリーな対応なのだろうか。


 だとしたら、とんだジェネレーションギャップである。


「そんな訳ないし。ウケる!」っと、マリアが俺に突っ込んだ後、詩織の方に視線を向けて声を出した。


「じゃぁさ、逆にゆっくり移動出来て良かったんじゃない?」


 すると、詩織は少し俯きながら複雑そうな表情になり、ひとつ頷くとハッキリした声でマリアに答えた。


「うん!早く着いても、きっと無事じゃなかったろうしね。もし無傷だったら本能に負けて私が齧っちゃっただろうし、どの道『骸の兵士』からは逃れられないから最初から諦めてたしね。どう転んだって私はもうこっち側のゾンビだから」


 っと言って、フワリと微笑んだ。



 「ちょっと詩織をゾンビにしたヤツを探してくる」



 そう言って立ち上がろうとして、マリアに脇腹をぶん殴られた。


「今から山口県になんて戻れないし!」


 痛くはなかったが、確実に腰が抜ける程のいいパンチだった事は言うまでもない。

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