佐賀県3.

 その後でマリアから各キャラクターの詳細を聞かされ、マリアが4号を推しているらしい事が分かり、俺は何となく苦労続きの1号の事が気になった。


 見たことの無いアニメなのに余程マリアの説明が上手かったのか、俺たちまでも見終わった様な充実感に溢れてしまっている。



 プチ虜になってしまった。



 これは是が非でも聖地巡礼をさせてやりたくなった俺に、「いいっていいって!」と言うマリアは苦笑いを固定したままだ。


 実は、俺が回りたいんだとは言えずにいると、マリアがこんな事を言い出す。


「そう言えばさ、私たちってあんま颯太の事知らないじゃない? 元が自衛官で、自我が目覚めたきっかけだけは聞いたけど、それ以外は何にも聞いてないし。この際だからカミングアウトしてみない?」


「何のカミングアウトだよ」っとマリアに突っ込むも、晴也も詩織も何故か俺の方に好奇の視線を持ってくるものだから、俺はため息混じりに言葉を出す。


「全く……俺の事なんざ知ったって何にも面白くねぇぞ」


 等と言ってもだ、3体の目からは好奇の眼差しが衰える兆しも無いもんだから、俺は「ハァァァ……」と、ため息を吐いて語ってやった。


「俺は産まれも育ちも広島県呉市でな、地方ではあるが両親共に公務員で祖父は地方議員だった。祖母は俺が物心を着く前に無くなっちまってる。後、19歳の妹がいるくらいで普通の家庭環境だったな」


 そう言って足をみ替え、ポジションを落ち着かせて声を出す。


「小中と野球をやってたが肘をやっちまってな。高校からは陸上を始めてよ。まぁそこそこの大学に推薦もされたし、就職にも役にたったのは確かだな」


 俺の話に何故か目を輝かせている晴也が言ってくる。


「それで、何処の大学から推薦が来たんですか?」


 そう言えば、晴也はゾンビにならなければ来年は大学受験だったんだなと思いつつ、目を輝かせていた合点がいって、俺は答えてやった。


「一応は日体大だ。あくまで推薦だからな。俺のオツムじゃとても届かない場所なだけに、現役で卒業するのに苦労したぜ」


 そう言う俺に、マリアは軽く微笑んで言う。


「でもちゃんと卒業したんじゃない? 私からすれば全然いいじゃん。その後に自衛隊に入ったんだ」


 マリアの言葉に「いや……」っと言うと、3体は不思議そうな表情になって俺の言葉を待った。


「大学卒業後は地元に戻って市役所に就職したんだよ」


「「へっ?」」っと驚く晴也と詩織だったが、マリアだけは「へぇ」っと、さほど驚く気配を見えなかった。


「だってさ、見慣れたからかもしれないけど、颯太ってネクタイ似合うじゃん?何となく日頃から付けてたのかなって思ってたからさ、役所務めって言われたら納得出来ちゃうし」


「確かに」っと納得する晴也を他所に、俺は胸まで開けたジャージの下にぶら下げている、ちょっと崩したネクタイに視線を持っていく。


 汚れくすんだジャージとは対照的に、綺麗で光沢のある黒をベースに太さの違う三本のラインの入ったネクタイは、ハッキリ言って最近購入したのでは無いかと思えるほど程度がいい。


 我ながらどうかと思うファションセンスなのだが、晴也や詩織、特にマリアからはウケがいいものだから、こうしてジャージの胸元を開いて移動しているのだが。


 すると、詩織が誰もが思う疑問を投げかけてきた。


「でも、だったらどうして自衛隊に転職しちゃったの? 役所の方が安定してる様な気がするのに、何で?」


 中学生だった癖に母親の様な言い方だ。


 まぁ実際に周りからもそう言われた事なんだが。


「収入的な事は別として、確かに役所時代の方が楽に見えるし安定的な感じはするんだろうがな。まぁ、贅沢な事を言ってしまえば退屈な職場だったんだよ。俺は福祉課勤務で高齢者相手の相談が多くてよ、元が体育会系だったもんで身体を持て余しちまってな」


「なんて勿体ない事を……」っと、晴也に若干引かれてしまったが、それでも何となく身体を動かす仕事がしたくなったのが本音だった。


「そんな時に役所に貼られた自衛官募集のポスターが目に入っちまってな、それまでは2年間も毎日見ていて気にも止めなかったポスターなのに、あの日は妙に見入ってしまったんだ。まぁ、そっからは早かったぜ。その月に退所して、1週間後には呉の海自の寮の中だ」


 そんな俺の経緯に満足したのか、前がかり気味に聞いていた全員が姿勢を戻した時、詩織が思いついたように声を出してくる。


「でもさ、颯太さんって自衛隊で毎日鍛えてたんでしょ? だったらどうしてゾンビになっちゃったの? 動きが鈍いノマゾンだったら対処出来ててもおかしくないと思うんだけど」


 至極真っ当な疑問だった。


 そんな詩織の疑問に、俺は656広場の天井を仰ぎみながら答える。


「あの日は休みでな、たまには遠くまで散歩がてら走ってみるかと思って朝早くから外に出たんだ。近くに鉢巻山ってのがあって、そっちに走っている時に爺さんが道の端でうずくまってたんだよ。発作でも起きてたらいけないから声を掛けたんだが、何を言っているか聞こえなくってな。その爺さんの口元に左耳を寄せたらカプリといかれちまったって事だ」


 そう言って俺は、既に腐り落ちた左耳あたりに指を持っていった。


「そうだったんですね」と、納得する晴也の横で詩織も「ふ〜〜〜ん」と、呟いた。


 マリアには初めで会ったコンビニ裏で言っている。


 全く訳が分からなかったが、あの後は直観的にヤバいと思って爺さんから離れて逃げようとした時に、ノマゾンが辺りから出現し始めた。


 それでも、そこまでの数がいた訳ではなかったから少し遠回りをし、5時間くらい掛けて街に戻った時は既にゾンビで溢れていたのを思い出す。


「とにかくだ、何処かに隠れようと民家の倉庫の扉を壊して中に入り込んだ所から急に眠たくなってな、そっからはどうなったかは覚えてねぇんだ。突然の衝撃で目の前が真っ白になったと思ったら、海岸線を他のノマゾンと群れの中だったって事さ」


「その後くらいに私と出会ったんだ」


「そう言う事だ」っと、マリアに視線を向けてニカッと笑い合う。


 すると、詩織が俺たちに思春期全開の好奇心に満ちた表情を向けて言ってきた。


「颯太さんとマリアちゃんって絶対にお似合いだよね。ひょっとして、もう付き合っちゃてたりとか?」


 詩織の言葉に、俺もマリアも複雑な表情でいると、隣の晴也が声を出した。


「どうしたんですか? 詩織ちゃん、変なこと言ってませんよ。僕もそう思ってますけど」


 そんな言葉に俺たちは視線を合わせ、そして俺は晴也と詩織に言う。


「遠からず俺たちは朽ち果てちまう『骸の兵士』だからな、そういった事は辞めてこうって……な」


 その後をマリアが引き継ぐ。


「辺な感情移入は後々面倒くさくなっちゃうし、それに私も颯太も人間時代にさ、大切だった誰かに大事な物貰ってるし」


 そう言ってマリアは右手薬指のプラスチックのリングを、そして俺はネクタイを見やる。


 俺たちのそんな言葉に、晴也も詩織もそれ以上は何も言わなかった。


 所詮、俺たちは腐りゆくゾンビだ。


 本来は感情すら死滅しているはずなのに、自我に目覚めてしまっている。


「それに俺たちは4体の『ウルトラレアゾンビ』。たった四体の仲間だからな。俺は最後の最後までこの4体で居たいと思ってるぜ」


 っと言って、ニカッと笑うと、マリアも同じ表情で言った。


「そうそう、私たちはペアじゃなくて最後までカルテットなんだし」


 こうして俺たちは4体で微笑み合い、誰にも咎められることなくたっぷりとダベって時を過ごすしていた。



 そんな俺たちに、ゾンビの定義は? と問われたら……


 そこはもう、テヘペロである。

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