大分県2.

 さてさてしかしだ、この場所が何処なのかという事だけは気になり続けたものだから、俺たちは足湯場から出てノマゾンや古参ゾンビ、それにようやく到着した最古参ゾンビを横目にプラプラと歩き始めた。


 両側を田んぼに挟まれた道を歩くと直ぐに住宅街に入り、そのまま真っ直ぐに進んで突き当たった場所で左右を見れば、左側にそれらしき名前の書いてある施設が確認でた。


 そして俺たちはその施設、とある駅へとたどり着いてマリアが駅名を呟く。



「ゆふいん駅……かぁ」



 そう、俺たちの佇む駅には『ゆふいん駅』と書かれた木の看板が、建物中央に掲げられている。


「そうかそうか、ここは「ゆふいん」だったか。いやいやようやく場所が特定出来て、胸の使えが無くなっちまってスッキリだな。それじゃぁ行くとするか」


 そう言って辺りを見回し、移動の流れに乗ろうと1歩踏み出したところでマリアが「ちょっと待って」と言って、背中にぶつかってくる。


 グエッ!!!


 割と恥ずかしめな悲鳴を出してしまった。


「ぷっ! ウケる」っと言って、吹き出すマリアを一瞥するのだが、その屈託のない笑顔に強い抗議を引っ込められた俺は、軽く腰を捻りながら声を出す。


「おいおい勘弁してくれよ、俺たちはもう乾燥が進みすぎて関節まで硬くなっちまってるんだぜ。不意の衝撃で折れちまったらシャレにならねぇじゃねぇか」


 俺の声を聞いたマリアは、カラカラと笑いながら「ゴメンゴメン」っと言うのだけれど、何となく背中に違和感を覚えて軽く肩を動かす。


「どうしたの? 折れた?」


 このタイミングでの俺の仕草が面白かったのか、マリアはいやらしい表現を浮かべながら言うのだけど、何となくその違和感の正体が掴みきれずに親指で自らの背中を指して言った。


「いや、なんかこう簡単に背中を体当たりされちまったと思ってな。ちょっと前なら背後から何かされる事なんてなかったし。それより何となくだが、背中が軽くなった様な気がするんだが……」


 すると、マリアはギョッとした表情に変わって言葉を出した。


「ちょっと待ってよっ! それじゃぁ何かに取り憑かれてたって事? 止めてよねっ! そう言うの要らないから! 私、オカルトって嫌いなんだし!」


 いやもう、ゾンビになっちまってる時点でオカルトだろうと言いたい。


「ゾンビはスプラッターだからいいの!」


 ちょっと違う気がするのだが。


「う・る・さ・いっ! とにかくお化け系統はノーサンキューだしっ! 分かった!」


 っと言って、「ふんっ!」と鼻息を鳴らし、血栓を飛ばすマリア。


 オカルトの定義が分からないし、もとより錯覚からの発言なのに理不尽に怒られてしまったのが謎過ぎた。


 そもそも、何故に俺はマリアに体当たりを食らったのかが分からないのだが。


 何か言いたいことでもあったのかと聞くと、マリアは一瞬だけキョトンとした後でとぼけた表情を作り、ゆっくりと俺から視線を外した。



 どうやら忘れていたようだ。



 全く……


 何となくだが、この温泉地に着いてからのマリアはテンションがいつもと違うような気がしないでもなかった。


 まぁ、2週間も景色の変わらない山道ばかりの移動から解放されての高揚感かと思っていたのだが。


 しかし、考えてみたらマリアがポケットに手を突っ込んで移動し始めた時から、少し様子がおかしい時があった様な気がする。


 俺と横並びや後ろを歩く時のマリアは普段以上に話しながら移動するし、俺の前を歩く時のマリアは惚けた感じでヨタヨタと、まるでノマゾンの様に歩く事が多かった。


 それでも俺が真横に行って肩を叩けば、直ぐに元に戻っていたから気にも止めなかったのだが。


「何それぇ、よく見てるじゃない。ひょっとして颯太ったら私の事好き過ぎじゃない?」


 等と、悪戯っぽい表情を作ってくるマリアにため息を吐いて、俺は改めて質問をした。


「全く……んで? 何だったんだよさっきのは? 思い出せたのか?」


 その言葉にマリアは肩を竦め、紫色の舌をチロっと出して言った。



 その仕草……可愛いぢゃないか。



「大したことじゃないし。ただ別に今すぐ移動しなくったっていいんじゃない?また山の中の移動だったら嫌になっちゃうから、もうちょっとプラプラしないかって事よ」


 そんなマリアの言葉を聞いて、俺は辺りを見回した。


 駅周辺は道幅も広く、そこそこノマゾンの数が多いということは、後方集団の中では前の方に居るようだ。


 それに、今までの経験上からデッドリーラインが迫ってくるには5時間以上かかるだろうと推測できる。


 すなわち……


「そうだな。見たところ此処は山間部の観光地のようだし。それにノマゾン達の歩く方向は確実に山側を目指しているみたいだ」


「どっちに行っても山だけどね」っと言って、笑顔でクルリと一回転するマリア。


 ……ですね。


 あまりの可愛らしい仕草に、思わず頬を紫に染めてしまった。



 それから俺たちは駅に侵入して路線図を眺め、ようやく此処が大分県である事を知ることになる。


 学生時代に地理の成績が壊滅的に悪かった事を思い出してしまい、つくづく情けないと思う瞬間だった。


「人間もさ、もうちょっと気の利いた逃げ方すればいいのに、何でこんな山の中に行っちゃうのよ。どうせ大分県なら別府とかお猿の所と思わない?」


 まぁ、確かに人間を追うように先頭ゾンビは移動するのだから、その人間の逃げる方向が『骸の兵士』の進行ルートとなる。


 追いかける先頭ゾンビが、果たしてどの様な基準で追う人間を見定めているのかは全く分からない。


 それを考えると、やはり先頭ゾンビの判断次第で群れの移動ルートをが勝手気ままに決まるのならば、必然的に先頭ゾンビを非難しなければならないのでは無いかと……



「颯太、行こっ!」



 そんな言葉を残して、マリアは駅から外に出ていこうとしていた。


 自分から降っておきながら放置プレイとは……



 腕を上げたじゃねぇか。



 マリアに続くように俺も駅から出ようと横並びになると、マリアが不意に壁側に視線を向けて立ち止まるものだから俺もそれに習って視線を向ける。


 そこには由布院の全貌を表す、大きな地図が貼られていた。


『ゆふいん』を『由布院』と言えた事が、少しばかり優越感なのは言うまでもない。


 覚えた言葉は直ぐに使いたい……的な?


「これって、さっきの足湯のとこだよね。その近くにステンドグラスの美術館があるみたいじゃん。行ってみよ」


 そう言ってマリアはポケットに両手を突っ込んだまま、俺の右側にピョン!と飛びついてぶつかった後に、歩き出した。


 突然の事でつんのめりそうになりながらも、何とか踏ん張って俺も歩き出す。



 真横で鼻歌混じりに歩くマリアを眺めていると、俺の視線に気付いたのかニヤッと笑いながら言ってくる。


「なぁにぃ? 私とデートするのがそんなに嬉しいの? 颯太ってなんか可愛い!」


 こんなくたびれたジャージにヨレヨレのネクタイ、露出した肌はカサカサでくすみが酷く、髪の毛はガッサガサで左耳の無いゾンビを可愛いと言われても、あまり嬉しくは無いのだが。


 しかし、そう言ったマリアの嬉しそうな横顔を見れたのは嬉しいかもしれない。


 こうして俺たちは、マリア曰くデートに興じるべく、ノマゾン達の移動とは逆流するようにゆっくりと由布院の街を歩き始めたのであった。

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