スポットライト・オン・ゾンビ

大分県1.

 我ら、『骸の兵士』は今日も今日とて人間を求め傷付け、仲間を増やす。


 そんな使命を心に刻み、荒れた海岸線を突き進み、崩壊した市街地を這いずり周り、野を越え山越え谷を超え、山越え山越え谷を超え……


 いったいどれくらいの山を超え、どれくらいの距離を移動してきたなかは分からないが、俺たちは今現在、とある温泉地でまどろんでいる。



 只今絶賛、足湯中だ。



「ぁぁぁぁぁっっっ……」

「ふぅぅぅっ………」


 まぁ、感覚がある訳ではないのだが、温泉に吐息は付き物だからな。


 俺とマリアは至る所で湯けむりの上がる一角で、膝下まで温泉に突っ込んで徘徊するノマゾンや古参ゾンビを、横並びに座って眺めている。


 早い話が、いつもの様にミッション終了後のサボりに興じている所だ。


「ようやく落ち着けたわねぇ……」


 そんなマリアの呟きを聞きながら、此処までの移動を振り返る。


『骸の兵士』は、最前線の先頭ゾンビが引っ張る形で楕円形の群れを成している為に、それ以降のノマゾン(ノーマルゾンビ)や古参ゾンビ、そして最古参ゾンビは引きずられる形で移動しなければならい。


 結果的に、先頭ゾンビ以外は行先も移動ルートも分からないまま歩き続ける事を強要されているのだ。


 目的は人間を襲うことだけに、ただ純粋に人間を追っているのだろうが、気がつけば俺たちは山の中をひたすら移動していた。


 ずっとずっと、果てしなく続く山間部の道無き道をひたすら強制的に歩かされ、久々に遭遇する人間を仕留める。


 再び似たような景色の場所を移動するという日々が2週間程続いて、憤りを覚えたくらいだ。


 ようやく進軍のスピードが緩んだ頃にチラホラと村落が見え始め、そこから移動する事暫しでこの温泉街にたどり着いた。


 そして、ひと仕事終えた俺たちは今、恒例のサボりの真っ最中なのだ。


 ひと仕事と言っても、既に先頭ゾンビが自衛隊や警官隊と交戦し、中間地点のノマゾンが人間を家探しした後の街並みは、崩壊して荒れ放題だった。


 辛うじて被害を免れた人間達が、疲れ果てて身を隠していた所を、俺とマリアでいぶり出すだけの作業だから楽なものだった。


 俺は足湯場から、目の前をヨタヨタと通過するノマゾンや古参ゾンビを眺めながら声を出す。


「あいつらも久しぶりに使命を果たせて満足してるんじゃねぇのか?心なしか彷徨い方にもリズム感がある様にも見えるが」


 すると、隣のマリアはカラカラと笑いながら言ってくる。


「アッハハッ! ないない! 山道ばっかりでモタモタしてたのが、平坦な道になってスムーズに歩けてるだけだし」


 そう言いながら、マリアは足湯のお湯をパシャパシャやっている。



 すこぶる楽しそうだ。



 実は俺たち、『骸の兵士』の中の特殊部隊『カプカキ』は、現役を引退して今はその時の経験を活かしてサポート役に徹している。


 『カプカキ』とは、齧りに特化した『カプリコン』の俺と、引っ掻きが得意な『カキリコン』のマリアを合わせて通称『カプカキ』だ。


 しかしだ、少し前にマリアは『カキリコン』の引退を表明し、それ以降からパーカーのポケットに、マリア最大の武器であった両手を突っ込んで移動する様になった。


「私たちもそろそろ古参になってきたし、それに『骸の兵士』の中では私たちってかなり使命を果たしてきたと思うし。だからそろそろ引退して任務を後続に任せないと、いいゾンビは育たないからね」


 そう言うマリアが引退するのに、俺ひとりが『カプリコン』として残るのもあれだし、マリアの鮮やかな勇姿が見れないのであれば特殊部隊である意味もないし。


 結局それ以降『カプカキ』は一戦から退き、それまでの経験を活かしてノマゾンのサポートに回るようになった。


 まぁサポートと言ってもだ、自我に目覚めた俺たちは他のゾンビよりも早歩きや機敏な動きが出来るために、人間の逃げるルートを先読みし、そそくさと先回りして思いっきり脅かして腰をぬかさせたり。


 こっそりノマゾンに紛れて近づいて、後ろから棒や体当たり等で襲いかかる。


 その結果、うずくまった人間をノマゾンに襲わせるのが最近の俺たちの役目となっている。


 それらはもっぱら俺の役目で、マリアの場合は足を引っ掛ける役が多いのだが、ターゲットに気付かれないように移動する姿のなんと滑らかで自然な事か。


 その時もパーカーのポケットから両手を出さずにいるのだが、ちゃんとやる事をやれているだけに文句を言う事はないし、今まで確実に任務をこなしてきたマリアに文句など言う気もない。


「サポートってさ、意外に疲れんのよねぇ。自分達でやる方がずっと楽って今になって気付いたって感じ」


 まぁ連隊ってヤツは、言いえてそういうもんだ。


 俺だって人間時代に自衛官だった時、訓練でサポートに回る時など自分だったら出来ることを出来ない後輩を見て、かなりもどかしい思いをした事が何度もあるからな。


 それまでは全く思い出せなかったのに、何故俺が自衛官だった事を思い出せたかと言うと、俺たちの座る場所の対面の道路の端で、隊用車両が横倒しになっているのが見えるからだ。


 今まで散々トラックやら自家用車が横倒しになっていたり、ひっくり返された所を何度も見てきた。


 しかし、隊用車両が横転しているのを見るのは初めてだったし、その隊用車両を見た瞬間に脳裏に自衛官時代の事がよぎったという事だ。


 今更俺が自衛官だったからどうだって事は無いし、現実的に先頭ゾンビ達が戦っているのが自衛隊なんだから今となってはもう敵でしかない。


 だから、横倒しになった隊用車両を見ても、逆に横倒しにしたゾンビ達にグッジョブと言いたい。


 足湯に浸かる前に車両の中を見に行ったが、車内には血液が飛び散った跡はあったが誰もいなかったところを見ると、既にゾンビとして最前線に歩き出したんだろうと思うに至った。


「共食いに行ったってわけ? ウケる」


 ウケるというのも如何なものかと言いたいが、確かに同じ迷彩服を着たもの同士が戦い合うのは何とも言えないものがあるな。


 すると、マリアは顔を俺に向けて、いやらしい表情で言ってくる。


「んで? 颯太はどっちに勝って欲しい? 元同僚? 現同僚?」


 元同僚や現同僚とは面白い事を言ってくるなと関心しつつ、俺はちょっと首を捻りながら、それでも直ぐに答えは出てくる。


「そりゃ、やっぱ現同僚だろう。なんだかんだ言ったところで俺はもうこっち側のゾンビだからな」


「そりゃそうだ!」


 っと言って、アハハっと笑うマリア。



 今日も平和だ。



「しっかしさぁ、今更こう言うのもなんだけどぉ……此処っていったい何処?」


 そもそもの疑問だった。


 とりあえず、俺たちは辺りをキョロキョロと見回すのだが、確実に初めましての光景なだけあって思い当たる節などありもしないのに、何故か俺もマリアもキョロキョロを止めなかった。


 何となく……


 何となくだが、この場所がどうのとか景色が云々とか……


 なんとも、上手く表現出来ない何かを求めているような……


 2体同時に、「う〜〜〜ん……」と唸りながら首を傾げても、腐りゆく脳ミソではヒントの欠片すら出てこなかった。


「何となくさぁ……こんな時に誰かが講釈たれてたような気がするんだけど……」


 等と呟くマリアに、激しく同意できる。


 その昔にそんな事が度々あったような気もしないでもないが……


 しかしまぁ、そもそも俺とマリア以外に自我に目覚めたゾンビに出会った事が無いもんだから、多分それは人間時代の時の事だったんじゃないかと言う結論に至って、俺たちは足湯を楽しんだ。


「あんまり気にしてるとせっかくのサボりの時間が無くなっちまうしな」


 根っからの不良ゾンビなのである。

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