フォーエバー・カルテット
指宿1.
「ほらっ、着いたわよ! ちょっと聞いてる? き・い・て・ん・のっ!!!」
そう言ってマリアは5回目のグーパンチを晴也の側頭部にヒットさせる。
すると、ようやくこびり付いた血栓が晴也の後頭部から剥がれ落ち、そして背中を丸めていた晴也がゆっくりと背を伸ばして声を出した。
「あれ……ここは……どこ……ですか?」
ただ、目付きは虚ろで、ゆっくりと辺りを見回している晴也だが、その左側でしがみつく詩織がマリアに抗議の声を出す。
「ちょっとマリアちゃん酷すぎぃ。あれはもう気を失うレベルだよっ!」
「でもあいつがさぁ!」だの、「マリアちゃん凶暴!」だのと、晴也を挟んで言い合う2体の女性ゾンビ。
俺も挟まれたい……
っとは言わずにまぁまぁと仲裁に入るのだが……
「颯太は黙っててっ!」
「颯太さんは黙っててっ!」
っと、牙を剥かれてしまう。
………怖いっス。
そんな喧しい環境のなかで、ようやく惚けた表情が無くなって、キョロキョロと辺りを見回し始めた晴也が声を出した。
「あっ、僕たちようやく
そんな声を上げてる場合では無いと言おうとした瞬間、マリアと詩織がまたも声を荒らげる。
「晴也っ! 煩いっ!」
「晴也くんっ! 煩いっ!」
「はっ! はひっ!!!」っと言って、直立する晴也。
今日も平和だ。
時はちょっと前に遡る。
大きな繁華街が『骸の兵士』の進軍に飲まれたらしく、商店街の中は殆どの店舗が自衛隊や警官隊の攻撃に晒されたようで。
滅茶苦茶に壊された商店街の中には、かなりの数のノマゾンの、バラバラにされた残骸があちこちに落ちていた。
きっとこの中で、先頭ゾンビが自衛隊や警官隊と激しく交戦したんだろうと想像出来る。
その後を、『骸の兵士』の群れの中で大群を誇る中間ゾンビ達が人間を蹂躙して仲間を増やし、そのお
ただ、少し前からちょっと気になる事が起きていたのだ。
ノマゾンの残骸や建物の瓦礫のある所ならばいざ知らず、晴也は何も無い所で良く足を絡ませて派手に倒れるところを俺とマリアと詩織が何度も目撃する様になった。
さすがにコケすぎだろうと言うことになって、俺たちは対策を練ることになる。
「普通に歩くのには問題無いんですけど、不意に動こうとすると足が思ったよりも前に出ないんです」
確かに晴也は移動している時は普通なのだが、人間を見つけて『カプカキ』のミッションに入ると、人間の動きについていけずに倒れてしまう事が多くなっていた。
結果、詩織と共に潜伏組となり、俺とマリアが追い込む側に回るように様にしている。
しかしだ、この商店街辺りから何度もコケ始めたものだから、慌てて話し合いをする事にしたのだ。
「何だろう……どうも関節が固くなってるみたいで素早く動けないんですよ。何ででしょう?」
何でかは本人が分からないのに俺たちが分かるわけも無いのだが、俺たちの着ている着衣を見る限り、そこそこの古参ゾンビである事は理解出来る。
周りのノマゾン以上にあちらこちらと衣服が裂け、
もうどれくらい前にゾンビになったかも思い出せないが、『骸の兵士』の群れの後方で移動しているのだから、身体の劣化が著しいのでは無いかと結論出来た。
サボり過ぎれば直ぐに、デッドリーラインの圧迫感に襲われてしまう程だ。
「身体の劣化のせいで動きが鈍ってきたのは分かったけど、だったらどうすればスムーズに動く様になるのよ」
至極真っ当な意見を言うマリアに、晴也は首を傾げながら言った。
「マリアさんって、人間時代はリラックスする時ってどうしてました?」
「はぁ?」っと声を出して惚けるマリアに変わって、俺が晴也の質問の真意を問うた。
「どうした、晴也。早期解決のためにマリアに教えを乞うのもいいが、『カプカキ』の頭脳である晴也が他者の意見を聞こうとはな。らしくないんじゃないのか?」
「颯太さん、カッコつけた言い方しなくていいよ」
やんわりと詩織に突っ込まれてしまったが、たまにはいいじゃんとムキになって言いたい。
「ウケる!」
マリアにも嘲笑されてしまった。
……たまにはいいじゃん。
いやいや今はいじけている場合では無く、晴也が何を思ってマリアにそんな質問をしたのか聞かねばならない。
俺たちは揃って晴也に視線を向けると、晴也は後頭部を掻きながら言ってくる。
「マリアさんって緊張した事なさそうだから、何か秘訣でもあるのかなって思ったんです。ハッキリ言って僕は緊張する方だから、その秘訣を教えて貰ったら緊張が解れてスムーズに動けるのかなって思った訳ですよ」
そんな言葉に反応したのは、晴也の左横にしがみつく詩織だった。
「でもそれって精神的なものだよね。それで大丈夫なの? 動きにはあまり関係ない様な気がするんだけど?」
至極真っ当な疑問だった。
14歳ならもうちょっとボケても良いのではないかと思う今日この頃である。
「うん……でもね、咄嗟に動かれたら絶対に逃がしちゃダメって思うと、やっぱり緊張しちゃって足がもつれちゃうんだよ」
「そっかぁ……」っと言う詩織なのだが、俺もマリアも納得出来る言葉だった。
まぁ、例え俺たちが仕留め損ねても後方にはまだまだゾンビが控えている訳だから、たいした問題では無いかと思うんだが。
すると、俺の言葉にマリアが反応してくる。
「でもさ、私たちの後方ってもう最古参ゾンビがほとんどだし。私たちよりも動きが格段にトロいんだから仕留める率が大幅に減りそうだけど」
マリアの言うことはご最もだった。
俺たち、自我に目覚めた特殊部隊『カプカキ』は、他のノマゾンと違って人間の咄嗟の動きに対処が出来るし、なんと言ってもそこそこ早く移動することが出来る。
とは言え、俺もマリアも長い距離を素早く移動出来る訳では無いが、10メートルくらいなら何とかなる程度だ。
それに、人間をカプったりカキったりする時などでも、下手すれば先頭ゾンビ以上の華麗なる動きで仕留めたりも出来る。
まぁ、咄嗟に移動した後の反動で、暫くは上手く移動出来なくなるので、余程の事が起きない限りはその様な移動しないようにしてるのだが。
無論、ミッション終了後は身体を上手く動かす事が出来なくなるが、暫くダベっていると動けるようになるので
閑話休題といくが、確かに今現在、群れの後方を移動する古参ゾンビ以降の最古参ゾンビでは人間のスピードについていけず、ロストしてしまう確率は断然に高くなるのは間違いないだろう。
そうなれば『骸の兵士』の使命を果たせなくなり、いずれデッドリーラインに追い越されてしまって全身がドロドロに溶けて、骨だけになってお役御免となってしまうのだ。
無限増殖を続ける『骸の兵士』だが、お役御免で帳尻合わせとなって、群れの数は常に一定を保っている。
いずれ我が身の俺たちだからこそ、動けるうちは使命を存分に果たしたいものだから、マリアの杞憂も大いに理解出来るというものだ。
「だからこそ、僕も上手く緊張感を取り除けたらちゃんと動けるかなって思ってマリアさんに質問したんです」
ようやく晴也の質問に戻ってきた俺たちは、「う〜〜〜ん……」と唸る、マリアの言葉を待っている。
「なんかさぁ、人間時代の事がぜんっぜん思い出せなくってさ。でも何だろう……何か引っかかってんのよね。あの煙を見てたら思い出せそうな気もするんだけど……」
あの煙……とは、目の前のビルの上から上空に伸びる大きな煙で、晴也が言うには桜島の噴煙だろうと言う事だった。
つまり俺たちは今、鹿児島県の天文館と言う商店街に居ると言うことらしい。
すると、その煙を一緒に眺めていた詩織がこんな事を言った。
「なんだかさぁ、あの煙の下が火山じゃなくって大きな温泉だったら面白いよね」
そしてマリアが絶叫する。
「それぇぇぇぇっっっ!!!」
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