福岡県北九州3.

 それから俺たちは近くの壊れた民家に侵入し、誰も居ないことを確認して、朽ち果てたリビングでくつろぎながら会話を楽しんでいた。


「ねぇ颯太、どんだけ休憩出来そう?」


 そんなマリアの声を聞きながら、俺は外を徘徊するゾンビを眺め、ある計算を弾き出して言った。


「まぁこの辺りのゾンビの群れを見る限り、全体の3分の1程くらいの位置に居るみてぇだから、後12時間は休憩出来ると推測出来るな」


 このくらいの状況判断は、海自(海上自衛隊)で、状況と時間の流れのを把握する訓練を散々叩き込まれたからお手の物だ。


 とは言え、詩織の移動速度を考えればそれ以上のサボりは出来ず、下手をすればゾンビ全体の最後尾になって命を落としかねない。



 まぁ命は既に落しているのだが。



 何故に最後尾になる訳にはいかないのかと言うと、このゾンビの大群は『骸の兵士』と言う軍隊であり、その軍隊の群れは先頭から最後尾までの直径60キロの楕円形で形成されている。


 この『骸の兵士』の軍隊は呪いの影響を受けていて、その範囲から外れると朽ち果てて黒い液体と骨だけになってしまうのだ。


 どんな呪いなのかは知らないが。


 とは言え、範囲から外れるのはもっぱ『骸の兵士』として長く活躍した最古参ゾンビばかりだし。


 成り立てゾンビの部類に入る俺たちはまだまだ呪いに巻き込まれたくないものだから、こうして窓際でゾンビの群れの動向を伺いながらサボっていると言うわけだ。


 一度マリアとサボりすぎ、最古参ゾンビが次々と朽ち果てて、どす黒い液体と骨になるのを見て慌てて飛び出した事がある。



 死んでいるのにマジに死ぬかと思った瞬間だった。



 それ以降、サボる時は群れの前の方に行くようにしたのだ。


 まぁ、俺達以外のゾンビは自我に目覚めていない為に、ひたすら人間の後を追い、または潜んだ人間を襲う。


 ただただゾンビの本能と、『骸の兵士』の使命だけで移動しているものだから、誰も俺達の事を気にすることは無い。


「でもいいのかな……他の方々はちゃんと任務を遂行してるのに、僕達だけサボってばかりで……怒られないかな?」


 っと、不安げに外の様子を伺う晴也に、腹部の避けた大きなクマのヌイグルミをギュッと抱きながらマリアが言った。


「まぁた始まったよ優等生の心配性。どれだけ真面目ぶりゃ満足すんのさ。これだからお子ちゃまはメンドイんだよねぇ」


 すると、マリアの横で耳が片方もぎ取られたウサギのヌイグルミを抱いた詩織も、マリアに同調する様に言う。


「ホント晴也君って小心者よね。もう少しゾンビらしくおぞましくしないと人間にビビられなくなっちゃうよ」


 等とダメ出しをする詩織は、考え方が晴也よりもちょっぴり大人なのだ。



 14歳の中学2年生とは言っている詩織だが、身長は恐らく130センチ程度と平均よりも低く、上半身は無傷だったために生前はかなり可愛いらしかったと予想出来る。


 顔色は土気色ではあるが、年齢以下の童顔を見せ、その割に口から発する言葉は晴也よりもしっかりしている。


「それに、何処に怒るヤツがいる訳ぇ? 居るなら来てみろって事よ……」


 っと言ってマリアが視線を詩織に向け、そして詩織もマリアに視線を合わせて暫し……


「「ねぇ!」」と楽しげに頭を傾けた。



 今日も平和だ。



 その後、交代でゾンビの群れの動向を注視しながら三時間くらい経った頃、マリアがこんなことを言い出した。


「ところでさ、皆んなはどうして自我に目覚めたの? これだけゾンビが居るのに会話が出来るのは今んとこ、この四体だけだし。前から不思議に思ってたんだけど、何で?」


 っと、首を傾げて俺に視線を向ける。


「そうだなぁ……俺の場合はカミナリだったな。その時の事は僅かしか覚えて無ぇけど、突然カミナリが落ちた瞬間に目の前が真っ白になってなぁ……気が付いたらゾンビの群れの中で佇んでたって感じだったぜ。その瞬間にゾンビに齧られたことも思い出したから割と早めに現状を理解したって感じだ」


「へぇ」と、感心するようにマリアが声を漏らす横で、詩織は足をパタパタとさせながら興味深く俺の話を聞いていた。


 すると、今度は窓際でゾンビの群を眺めていた晴也が言ってくる。


「僕は、突然現れた警察官の警棒型スタンガンでしたね。突然、ビリッて音がしたと思った直後に目の前が真っ白になって、気が付けば警察官の腕に齧り付いてたんですよ。警察官の悲鳴を聞いた瞬間に離してしまったんですけど、あれが僕の初齧りだったのは何となく理解出来ました」


「ふ〜〜〜ん」と言いながら詩織が晴也を見つめ、「ウケる」と言ったマリアが居住まいを正して声を出した。


「私の場合はコンビニの冷蔵庫の漏電だったかな。突然バババッて冷蔵庫の下から火花が散った瞬間に目の前が真っ白になって、気付いたらチョコミントの燃えカスを持って佇んでた。きっと意識が無くても食べたかったんだろうね」


「未練だったのかな」っと、追加してマリアは詩織に視線を向ける。


「私は切れた電線が背中に落ちて来た時だったよ。皆んなと同じで目の前が真っ白になった瞬間に目が覚めたけど、足を挟まれて動けなかったから暫く電気を浴び続けちゃってたかな。颯太さんやマリアちゃんと合うちょっと前までね」


 何となく、昔学校で習った事がある。


 脳には微弱な電気が流れているとか何とかだったかな?


 とにかくその時の電流が脳に作用して自我に目覚めたみたいだが、誰もが目覚める訳では無いようだ。


 俺と同時にカミナリに当たった奴は皆んな黒焦げになっただけで、再び彷徨い始めたしな。


 そんなウルトラレアな俺達が意気投合するのに、それほどの時間は要らなかった。


 周りは物言わぬゾンビだらけなだけに、会話が出来るなら誰でも良かったと言ってしまえば否定は出来ない。


 それにもう二度と人間には戻れないのだから、仲間と一緒に面白おかしく徘徊し、時には人間を齧ろうじゃないかと言う事になって、四人で……四体でつるんでいるという訳だ。


 そんな中での先程の詩織の初齧りは、ゾンビになってから初めての喜びだったかもしれない。


 いつもは移動がままならないせいで上手く人間を追うことも出来ず、終始悔しがっている詩織だけど、今は14歳の少女以下のあどけない笑顔を見せている。


 時折、その瞬間をドヤ顔で自慢する詩織だが、何度同じ事を言われても、初めて聞いた様に全員が高揚して聞き入っていた。


 腐った脳では記憶力が曖昧になってしまっているのかもしれない。

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