バイト先の後輩が妙に距離が近いけど、俺は絶対に勘違いしたりなんてしない!話
あまかみ唯
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01.後輩は距離が近い
「おつかれさまでーす」
俺が休憩室で休んでいると、バイトの後輩がそこに入ってくる。
「今日混んでますねー」
「そうだな」
うちのバイト先のファミレスは、夕方過ぎのゴールデンタイムには受付で待ち時間が出ることもある程度には繁盛している。
今日は木曜日なので週末なんかと比べたら客が少ない曜日なのだが、今はそんなことはなく満席御礼だった。
ちなみに俺のメインはキッチン担当。
となりの椅子に座ってスマホを確認してる後輩はホール担当でお互いにデザインの異なる制服を身に着けている。
上の名前は小海、下の名前は……、忘れた。
後輩、と言っても大学の後輩ではなく、バイトの後輩というだけであっちは女子高生。
勤務時間も労働基準法で22時までと決まっているし、そもそも帰宅時間を考慮してもっと早い時間までのシフトにしか入っていない。
後輩、帰る時は普通に制服だから遅くなると補導されそうだしな。
なんて心配は俺には関係のない話ではあるけど。
深夜には外に出てても問題にならないというのは、大学生になって感動したことの一つだ。
なんなら朝まで遊んでることもたまにあるしな。
そういえば今度泊まりの飲み会に誘われてたっけ、と思い出していると隣の後輩に声をかけられる。
「伊織先輩、なにかお菓子とか食べました?」
隣の椅子から身を乗り出して、小海が顔を寄せてくる。
前からだけど、この後輩は距離が近い。
「いや、食べてないぞ」
遅くまで働くときは賄い作ったりするが、今日は特に何も口にはしていない。
なので何故そんなことを聞くのかと謎に包まれていると、後輩がこちらに顔を寄せる。
くんくん、と目を閉じて鼻を鳴らした後輩は、世間一般ではかわいいと評される顔だろう。
茶色に染めてパーマをかけたセミロングの髪、パッチリした目にすっと通った鼻先と小さな口。
そんな顔が至近距離にあれば自然と緊張するのだが、それを悟られないようになるべく自然にふるまう。
「急にどうした?」
「伊織先輩はなんだか良い匂いがしますね」
浮かべた笑顔は免疫のない男ならコロリと落ちてしまいそうだ。
まあこういうのは意識せずにやっているだけなのはわかるので、勘違いしたりはしないけど。
「特に心当たりはないな」
飲食店でアルバイトしている関係上、当然香水の類は使っていないし、シャンプーボディーソープの匂いが残ってるようなこともないだろう。
まあ特別鼻が良い人間なら朝から半日経ってもシャンプーの匂いは判別できるかもしれないが、それでわざわざ良い匂いなんて言わないだろうしな。
洋服の洗剤の匂いも同上。
「んー、じゃあなんでしょう」
「こっちが聞きたいんだが」
心当たりもないので余計気になる。
このままじゃ夜は六時間くらいしか寝れなそうだ。
そもそも具体的に何系の匂いなんだ?
なんて俺の気持ちを無視して、後輩が全く関係ないことを思いついた顔をする。
「なんだか話してたらパフェ食べたくなってきました」
「良い匂いだから?」
「ですです」
まあ匂いに誘われるっていうのはあるよな。
俺もマンション出るときに他の部屋の換気扇からカレーの匂いがしてくると無性に食べたくなってきたりするし。
なんて言ってたらカレー食いたくなってきた。
「というわけで伊織先輩」
「ん?」
「パフェ食べたいです」
「食べればいいだろ」
当店ファミレスでは当然扱っているし、バイトメンバーは店員割引きでメニューから3割引きだ。
「そうじゃなくて、奢ってくださいよー」
「普通に嫌だが?」
「ひどいっ!」
缶ジュースくらいならともかく、パフェはなぁ。高いし。
「今なら一口あげますから!」
「そもそも俺の金だろ!?」
本当なら十割、もしくはそれに近い数字が俺のものになって然るべきである。
「もー、伊織先輩ケチですねー」
「そんなに食いたければ小海が自分で頼めばいいだろ」
「んー、でもバイト代30分分って考えるとちょっと高い気がしますよねー」
「それはなー。バイト代で時給換算するのあるある」
まあ店員割引かかれば20分分くらいで済むけど。
でもバイト中だと余計に、食った分だけ無給労働してる気分になって倍率ドンだ。
「俺は逆にゲーム内で頑張って稼いだ通貨を時給換算して悲しくなったりするけどな」
主にネトゲで、一時間分稼ぎした成果が公式ショップのリアルマネー100円分とほぼ同価値、なんてこともある。
時給換算したら10分未満。
まあ働いてる時間とゲームやってる時間を同等に考えるのもそれはそれで無意味ではあるけど。
「気軽にガチャとか引いてる同級生のお財布の中身が気になりますよねー、10連するのに3時間近く働かないといけないのに」
「働かなくても金がある奴っていうのはいるからなー」
大学にもバイトしてないのに金回りがいい奴は実際にいる。
というか身の回りのいろいろが自由になる分、高校時代よりもそういうのは顕著になる傾向がある。
「羨ましいですねー」
「そうだなー」
お互いバイトをしている身なので、当然働かなくても遊ぶ金に困らないほどお金持ちではない。
というわけでパフェをほいほい奢れるほど金持ちでもないのだ。
赤貧にあえぐほど困窮してるわけでもないけどな。
なんて事情が伝わったのか伝わってないのか、そもそも最初から本気じゃなかったのか、後輩が切り口を変える。
「そうだ、パフェの作り方教えてくださいよ」
「あー……」
ホールの人間でも簡単なキッチン作業は兼任したりする。
そしてパフェの作り方を教えれば自然にその過程で出来た物は処分という名目で食べられる公算が高い。
俺が教わったときはイチゴ抜きイチゴパフェだったが、それでも美味かった記憶がある。
そんな感じの体験談を小海も誰かから聞いたのだろう。
「店長に聞いてみてな」
「やたっ」
「まだ喜ぶなよ」
確認しないとOKかはわからない。
NGされる気もしない感じではあるけど。
教えるのはちょっと面倒だが、まあしょうがないか。
「伊織先輩って実は優しいですよね」
言った後輩はさっきよりも更に距離が近い。
具体的に言うと、一つの参考書を二人で見てる時くらいの距離感。
高校時代に同級生とこんな距離感に慣れればもうちょっと彩りに満ちた学生生活を送れたかもなあなんて思ってしまうくらい。
「気のせいだろ」
それを勘違いしたりはしないけど、それでも好意の質に関係なくくすぐったくなってしまうこともある。
「もしかして、照れてるんですか?」
聞いてくる小海は、おかしそうに笑っていて、その答えを聞かなくてもわかっているように見える。
こういう時に、そもそも俺は女子と話すの自体得意じゃないんだよな、と再確認するのだ。
だってかわいい女子が近くに居ると、油断してなくても勘違いしそうになるだろ?
「それじゃ早く店長に聞きに行きましょ、伊織先輩」
「おい引っ張るなよ」
退勤時間の少し前、店の中はだいぶ落ち着いてキッチンで出た生ごみをゴミ捨て場に運びながらふと思う。
小海に良い匂いと言われて特に心当たりがない場合その原因はなぜなのか。
もしかして。
俺が変な匂いがしてそれを暗に伝えようとしていたのかもしれない。
鼻毛が出てるのを伝えるために鏡の前への誘導を四苦八苦される的な。
あれは今でも頭を抱えて悶絶したくなる体験だ。
というか現在進行系で悶絶してきた。
んんん~~~~~~~~~~っっっ!!!
流石に考えすぎかもしれないけど。
嫌味とかではなく気遣いでそう言われたのなら、確認した方がいいんだろうが方法が思いつかない。
まさか本人に聞き返すわけにもいかないしな。
今日は特に汗もかいてないし毎日風呂に入って洗濯もしているからそっちの方向にも心当たりはないのだが、自分の匂いには気付きづらいというし。
思い付いてみれば、言われたとおりに良い匂いがする原因が不明なよりは、変な匂いがするが原因が不明な方があり得るという思考が大きくなっていく。
しかしバイト仲間のうちの誰かに聞いてみて、本当に「お前臭いぞ」と言われたら立ち直れない。
「んん……」
悩んでるうちに、店内に戻るとキッチンメンバーの一人に声を掛けられる。
「伊織、ハンバーグ頼んでいいか?」
「ん~~~」
結局その場で疑問を解決するのは諦めた。
バイトを終えて、ぐだっとしながらマンションへと帰る。
もはや階段を上るのも面倒だが、荷物もないのに自宅のマンションでエレベーターを使ったら老化の第一歩だと思っているので使わない。
借りてる部屋は六階建ての三階部分。
大学生らしく一人暮らしを満喫している。
人によってはホームシックにかかったりするらしいが自分はそんなことは全くなく、むしろ実家に帰るのが面倒に感じる方の人種だ。
なのですっかりと住み慣れた部屋のドアを開けて、怠惰な時間を過ごすために部屋に入る。
そこには胸にバスタオルを巻いた女がいた。
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という訳で新連載です。
2話は明日投稿予定なので、良ければ評価、ブクマ等よろしくお願いします☆
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