17.花火大会(後)

「つーかれたー」


予定通り日曜日の交代シフトは、予定外の病欠一名により更にカオスが加速した。


それにより俺の体力はほぼ0になっている。


ソウルシリーズならもう赤涙発動してるだろこれ。


そんなこんなで帰り道を歩いていると、俺の疲労の元凶が見えた。


は?


「よう、小海。お祭り楽しかったか?」


「えっ、伊織先輩?」


道端で立ち話しているのは小海と、そして本日病欠したはずの木村。


「やあ木村君。風邪は良くなったのかい?」


「い……、生坂さん」


生坂って俺の名字ね(いちおう)。


ちなみに年齢もバイト歴も俺のほうが上なので、こうやって自由にウザ絡みできる。


「店長も非常に心配していたよ」


「そ、そうですか」


「でもまだ病み上がりだろうし、こんなところ歩いてないで早く帰って家でゆっくりしていた方が良いと思うよ」


そのあと木村がちらっと後輩を見てから何かを諦めたようにこちらを見る。


「それじゃあ、失礼します」


「うん、おやすみー」


手を振って見送ってから、残されたのは俺と後輩。


「んで、なんかあったのか?」


「何かってなんですか?」


「だってお前困ってたじゃん」


「そう見えましたか?」


「この前クレーマーに絡まれた時と同じ反応してたしな」


腕を組んで視線を外していたら、後輩が困った時の仕草だ。


まあ何に困ってるかとどれくらい困ってるかが正確にわかるわけでもないが。


「もし困ってなかったなら今から追いかけてもいいぞ」


「それは大丈夫です」


ならよかった。


バイトに疲れた体にその元凶(木村)が見えたのでやりすぎたかなとちょっと思ったのだ。


「花火大会終わってから家に来ないかってしつこく誘われてただけなので」


デートしたならそのままお持ち帰りされてやればいいのに、女子の考えることはわからん。


「だってまだ付き合ってるわけでもないですし、急にそんなこと言われても困りますよ」


「付き合ってないのにデートしたのか」


「付き合ってなくてもデートくらいします」


付き合ってない相手とデートしたことねえからわかんねえ。


そもそも女子とデートしたことねえだろって?


うっせえわ。


「それに明日月曜日ですし」


そうか、高校生は日曜日に夜更かしできないのか。


俺の周りは自分含めて月曜の午後まで寝てる奴らばっかりだから忘れてたぜ。


「でも仮病でサボってたのは知らなかったです。ごめんなさい」


「それは別にお前は悪くないだろ」


シフト交代した時点で忙しい日に労働することは決まってたので、そこに後輩の過失はない。


疲れるのが嫌ならそもそもシフトを交代した自分の責任だしな。


まあもし小海がサボりでデートしてることを本当は知っていたなら話は別だが。


お持ち帰りされるつもりがないくらいの関係なのと、共犯がバレた時の立場の悪さを考えたら後輩はそこまではやらない気がする。


ということで推定無罪。


疑うに足る証拠がなければ疑わないのが人間関係を円満にするうえで一番だ。


「じゃあ帰るか。家まで送ってくぞ」


「いいんですか?」


「もうこんな時間だからな」


夜も八時過ぎは高校生にはまあまあ遅い時間だろう。


それに女子だしな。


「ありがとうございます、伊織先輩」


「どういたしまして」


「あと、助けてくれて嬉しかったです」


「気にすんな、お礼はもらった」


「え?なんですか?」


後輩が不思議そうな声を上げるが、わからないならそれでいい。


私服姿なんで見る機会はそうそうないからな。




「ただいまー」


バイトから戻ってマンションのドアを開けると、甘い匂いが鼻をくすぐる。


聞こえるのはジューっとプライパンが焼ける音。


そして見えたのはエプロンを付けた葵の姿。


「おかいもー」


フライ返しを持った葵がこちらに振り向く。


「何してるんだ?」


「さて、あたしは何をしているでしょう?」


質問を質問で返すなー!とは言わない。


それよりも甘くて香ばしい匂いが気になった。


「お菓子作りか?」


「正解、この間クレープの話したでしょ?」


あー、したした。


屋台で買ってきてくれって俺が頼んだやつな。


「まあめんどくさいしやっぱり花火大会行ったりはしなかったけどねー。はいこれ」


と差し出されたのは既に出来上がっているクレープ。


「あなたが神か……」


「崇め奉りなさい」


「ははーっ」


流石に土下座はしないけど。


観察するに、扇型に畳まれたクレープの弧の部分から見える中身はチョコソースと生クリームだ。


それを普段なら普通に受け取って食べるが、今日はまだ手を洗っていないので差し出されたそのままに噛り付く。


メインはチョコレートと生クリームだが、生地の卵と砂糖と牛乳にバターの甘味もちゃんとして完璧にクレープだ。


「美味い」


そして甘い。


「おそまつさま」


もう一口、二口。


食べ進めていくと最後に角に詰まったチョコソースが葵の手の平にこぼれた。


それを葵が舐めながらドヤ顔する。


「まあクレープなんて焦がさなきゃ誰でも美味しく作れるけどね。お菓子作りってほど大したものでもないし」


「じゃあおかわりひとつ」


「その前に部屋入って手を洗いなさいよ」


正論。


ということで手を洗ってからリビングにポケットの中身を置き、腰を下ろす。


エプロンを着けたままリビングに入ってきた葵の手には皿が二つ。


片方はクレープの生地で、もう片方はカットされたフルーツだ。


「好きなの入れていいわよ」


追加でストロベリージャムとブルーベリージャム、生クリームとチョコソースにチョコチップ。


あとバターとスーパーカップバニラ。


用意された具材が豪華すぎて、準備してる最中にテンション上がりすぎたやつだなとなんとなく察する。


文句はないですけどね!


さて、自由に作っていいと言われたので初手はストロベリージャムと生クリームの上に苺を並べる。


「伊織、欲張りすぎ」


具材を盛りすぎて折って包む段階で生クリームがあふれるのを葵に笑われるが、気にせずそのまま口に放り込んだ。


生地の温かさに、素材の甘味と酸味が口の中に広がる。


店で食べるのと遜色のない美味さだ。


うまい!うまい!


これはバイトの疲れも吹っ飛ぶわ。


次は輪切りのカットバナナと生クリームにチョコソース、そして仕上げにアイスとバターを重ねる。


「欲張りセットすぎるでしょ」


「頑張った自分への御褒美ってやつだ」


まあ用意してくれたのは葵なんだけど。


「いただきます」


一口食べると、脳内がガチャでSSR3枚抜きした時以上の多幸感に包まれる。


人生の幸せにガチャ課金なんて必要なかったんだ。


急に世界の真理を悟ってしまった。


「美味しい?」


俺のリアクション芸を観察していた葵が面白そうに聞いてくる。


「おいしい」


そして危なかった。


もし俺が葵を異性として見ていたなら、このまま求婚してしまうくらい美味かったぜ。


まあ俺と葵でそんなことは起こり得ないんだが。




「今度こそ、ごちそうさま」


「おそまつさま」


窓の外を見ると、大輪の打ち上げ花火が空に舞った。


赤とオレンジと黄色のグラデーションの真円が空に咲く。


花火大会の二次会かな?


「ゲームならここでイベントCGね」


「理解度たけー」


花火を見てもそんなことを言い出すオタク二人組だった。




部屋の明かりって消した方が花火がよく見えるのな。




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ということで第一部完です。


第二部はラブコメのラブの部分が加速したりしなかったりします。


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