18.後輩と誕生日(未来)

バイトが終わって、外が夕立に見舞われていたので、それが弱くなるまで窓の外を眺めながら待っていると後輩が姿を現す。


後輩は傘を持っているようだが、それはそれとして雨脚が強い内にわざわざ帰るよりは少し待ったほうがマシだと思ったようで、こちらに話しかけてくる。


「伊織先輩」


「どうした、小海」


いつものように隣に座る後輩は、今日も今日とて距離が近い。


「私って来月誕生日じゃないですか?」


「いや、知らんけど」


それも俺が忘れてるとかじゃなく間違いなく初見の情報だ。


アンロック式のキャラクター図鑑なら間違いなく今アンロックされたステータスだよ。


「8月8日誕生日なんですよ」


「はいはい」


「それで伊織先輩は何をプレゼントしてくれるのかなーって」


「俺がプレゼントする前提なんかい」


「ダメですか?」


かわいく聞いても騙されないぞ。


実際かわいいけどな!


「こういうのは普通ギブアンドテイクだろ」


「伊織先輩の誕生日はもう終わっちゃったんですっけ」


まあ年度が一周すればまた来るんだがそれより。


「いや、なんで知ってんの?」


そっちはそっちでまだロックされてる情報のはずなんだが。


もしかして、マスクデータにアクセスできるチートスキル持ちなの?


ちょっと怖いんだけど。


大丈夫?俺の人に見せられないデータ見えてたりしない?


「ちゃんとお返しはするので、プレゼントください」


「そー言われてもなあー」


プレゼント選ぶのも買いに行くのも面倒だし、俺の誕生日まで交友が続いてるかもわからないしな。


「じゃあ今度一緒に買いに行きましょうよ」


「それならまあ」


そもそも誘われなければ渡さなくても免罪符になる。




「伊織先輩は欲しいものとかありますか?」


「んー、RTX3090かな」


「なんですかそれ、うわたかっ!」


それを映したスマホの画面を見せると、後輩が驚きの声を上げる。


「これなにするやつなんですか?」


「PCでゲームするやつだな」


という死ぬほどざっくりとした説明。


「はー、凄いですねー。私のバイト代三ヶ月以上分ですよ」


「プロポーズで渡せるな」


「?」


「伝わらない……、だと……?」


ジェネレーションギャップに右ストレートで殴られて頭がくらくらする……。


「とにかく、こんな高いのは無理ですよ」


でしょうね。


俺も本気で頼んでないし。


というか本当にRTX3090渡されたらこえーわ。


「まあなんかほしいもんあるか考えとくわ。それで小海は何がほしいんだ?」


「そうですねー、コスメとかアクセとか欲しいものは沢山ありますけど、伊織センパイに貰うと考えるとちょっと悩みますねー」


「じゃあ白い恋人でいいか?」


「なんで今の話の流れから北海道の銘菓が出てくるんですか!?」


「小海好きかなと思って」


「いや好きですけど、好きですけど今はお菓子じゃなくて別の物にしましょう?」


「んー、でもプレゼント考えるのとか苦手なんだよな」


小海の好きなものとか知らないし。


「まあそれは直接買いに行くとして」


「そうだな」


答えは先送りということで。


というか多分小海は誕生日にバイト入らないんじゃないか?


それなら渡す機会がそもそもないってことになるが。


「小海は誕生日に友達と遊んだりしないのか?」


「去年は友達とカラオケ行きましたよー」


「若者っぽくていいじゃん」


「伊織先輩は何目線なんですか」


大人目線?


「みっつしか違わないのに」


「みっつも違うだろ」


学生の三つは成人のレートに換算すると三十に相当する。


っていうのは言いすぎだけど。


まあでも結構違うな実際。


「じゃあ伊織先輩は前の誕生日何してたんですか?」


「んー、酒飲んでたな」


「たしかにそれは大人ですね」


「大人じゃないとやっちゃ駄目なやつだからな」


まあバレずに人に迷惑をかけなければ……、ゲフンゲフン。


なんでもないです。


「伊織先輩もお酒飲んだら酔っ払ったりするんですか?」


「まあそうだな」


「全然想像できないです」


「まあ泥酔したり人に迷惑かけたりはしないが」


「どんな感じになるんですか?」


聞いてくる後輩は今日イチ興味津々って感じだ。


「とりあえずテンションが高くなるな」


「うわー、見てみたい」


「んで変なことを言い出す」


「迷惑な人だ」


「そのあと眠くなる」


「女子だったらお持ち帰りされちゃいますね」


こうやって考えると酔った時の俺は碌なもんじゃねえな。


酔っぱらい自体が碌なもんじゃないと言われたら、はい。


酒は飲んでも飲まれるな。


みんなも人に迷惑かけない範囲で楽しく飲みましょうね。


「でも楽しそうですねー」


「楽しいぞ」


それは間違いない。


まあ一緒に飲む相手にもよるけど。


葵と飲む時以外は基本的に加減するし、知らない人間と飲む時は疲れることもあるしな。


いや、あるんだよ、知らない相手と飲むことが大学生には。


「今度私にも酔ってる伊織先輩見せてくださいよ」


「絶対に嫌だ」


なにが悲しくて酒の飲めないJKの前で一人だけ酒を飲まなきゃならんのだ。


「じゃあ私が大人になったら一緒にお酒飲んでくれます?」


「んー、それならまあ」


そもそも三年後なんて(以下略)。


それでももし後輩が同じ大学に入るなら、そんな機会もありえないとは言えないか。


と思ったけど後輩が二十歳になることには俺もう大学いねえわ。


院に進むのは流石にあり得ないしな。


「でも酔っ払った小海はちょっと面白そうだな」


「私が酔ってもえっちなことはしちゃダメですよ、伊織先輩」


からかうように、そんな事を言う後輩はいつもより少しだけ魅惑的に見える。


「しねーよ」


と言ってみたけど、高校生じゃなくなった三年後の後輩はどうなってるか想像するとちょっと危ない気がする。


今でも顔は良いしスタイルも良いから、相手が高校生っていうセーフティが無くなった三年後に今と同じ距離感で接されたら勘違いしない気がしない。


「じゃあ約束ですよ、伊織先輩」


言って小指を出す後輩に、こういうところなんだよなぁ……、と思うが直接は言わない。


「約束な」


約束は破らない。


ただし履行されるまでに忘れない保証はない。


お互いにな。


「指きりげんまん嘘ついたら10万円わーたす」


「金額リアルすぎ!」


「約束守ってくれればいいんですよ、伊織先輩」


なんか忘れたら本気で取り立てされそうで怖いわ。


流石にそんなことないだろうけどな。




「それじゃあそろそろ帰りますねー」


気付けば休憩室の窓から見える外の雨脚は、随分と弱くなっていた。


と言ってもまだ完全に止んだわけではないので、傘を持っていない俺にはもうちょっと躊躇するレベルだ。


近くのコンビニまで行けば傘は買えるけど、それまでにどれだけ濡れるかが問題なんだよな。


「そうだ後輩、誕生日欲しい物決めとけよ」


本当に一緒に行くかはともかく、ノープランで買い物に行くよりは先にある程度目星を付けておいた方がスムーズなのは間違いない。


買いに行くだけなら、当日じゃなくてもそれより前の日程でバイト帰りに5分10分で済ますことだって出来るしな。


そんな俺の思惑とは関係なく、振り返った後輩が何故か悪戯する子供のように笑う。


「本当に欲しい物なら、もう決まってますよ」


「え?」


「それじゃあお疲れさまでしたー」


後輩が言うと、俺がお疲れと言う前に休憩室から出ていってしまった。

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