19.女友達と誕生日(過去)
これは少しだけ昔のお話。
「おかいもー」
とバイトが終わった俺を部屋で出迎えたのはエプロンを着けてキッチンで料理をしている葵だった。
「飯作ってるのか?」
「そうそう。伊織は出来るまでゆっくりしてていいわよ」
手を洗ってリビングに入ると、テーブルの上にちゃんとした料理が並べられていた。
複数の主菜と副菜があって、飲み物のグラスが置いてある。
普段の食いたい物を作って並べる献立でなく、肉があって野菜もある真面目な家庭料理のような見た目だ。
「どうしたんだこれ」
つい今調理を終えた皿を持ってきた葵に聞く。
「伊織今日誕生日でしょ?」
「あー」
そういえばそうだった。
一年前は特に祝われもしなかったし完全に忘れてたけど確かに今日は俺の誕生日だ。
「しかし、どうした急に」
「今日で二十歳ってことは、合法的にお酒飲めるようになるってことでしょ?だからほら」
差し出されたのはそこまで高くはないけれどちゃんとしたワイン。
確かにワイン飲むなら料理も揃ってる方が嬉しいわな。
と言っても、流石にそれだけのために葵がここまで用意するかと言われれば若干疑問だが。
なくはない……、か?
「しかしよく俺が帰ってくるタイミングがわかったな」
「バイトの終わりの時間さえわかれば、あとはワンパターンだもの。伊織の生態は単純だし」
「人を単細胞生物みたいに言うな」
地味に否定できねえだろ。
「そんなことより早く食べましょ、料理が冷めちゃう」
「ん」
まあ料理を用意した人間にそう言われたら邪魔は出来ない。
誕生日が祝われて嬉しいかと言われればなんとも言えないが、その気持と労力には感謝しておこう。
まもなく夕食の準備が済んでお互いにテーブルを囲む。
改めて見ても、ちゃんとした食事だ。
それを見ると来年の葵の誕生日はちゃんと祝ってやろうかなんて気分になったりならなかったりする。
去年はまだ会ってなかったし、今年の葵の誕生日はなんもしなかったしな。
実家を出てからはそもそも自分にも他人にも誕生日を祝うなんて発想がなかったんだが。
「それじゃ伊織」
「ん」
ワインを注いだグラスをお互いに掲げる。
「ヤラハタ(ヤらずに二十歳)おめでとー!」
「うっせえ、ぶん殴るぞ」
直球すぎる煽りに思わず本音が出てしまったが、葵はそんなことを気にする素振りもない。
「まあまあそう怒らずに、折角二十歳の誕生日なんだからお酒飲んで嫌なことは忘れましょ」
今確信した。
この豪華な準備は全部、さっきの一言が言いたかっただけだコイツ。
「そもそも俺がヤラハタならお前だってそうだろ」
「え?」
「え?」
え?
「まあそんなことはいいじゃない」
いやよくないだろ。
と思ったが、もし追及して事実確認をした場合、永遠に覆せないマウントが完成してしまう可能性がある。
ちなみにヤラハタというのは一般的には死後になって久しい常用外の言葉なのだが、なぜか俺の周りの知り合いの間では(主に煽りに)よく使われている。
やだ、俺の周りの人間の民度低すぎ……。
どいつもこいつも俺の品行方正さを見習ってほしいものだ。
「頻繁に講義サボる人間のどこが品行方正よ」
「しょうがねえじゃん、めんどくさくなって気付いたら帰ってるんだから」
「あんたは卒業後何年経っても、単位が足りなくて留年する夢を見る奴ね」
「おい、遅効性の呪いやめろ」
そういう言葉が深層心理に引っかかってそのうち現実になったりするんだよ。
まあそんな文句は、その後の箸をつけた料理の旨さにすっかりと忘れたのだが。
「んー」
葵のうつろな鳴き声でまどろんでいた意識が水の中から浮き上がる。
寝ていたわけじゃないけれど、記憶が断片的で覚えている時間と覚えていない時間を繰り返している。
そして現実の行動が夢のようで自分の行動の全部を自分で制御できない。
だけど心地良くて可笑しくて、世の中の酒を好む人間の気持ちがちょっとだけわかった。
「水ー」
うわ言のように言いながらキッチンに行こうとした葵が脚をもつれさせて倒れてくる。
ソファーの上でよかった。
「みーずー」
「お前じゃ無理だから座ってろ」
と言って立ち上がると、膝がかくっと折れてソファーに落ちる。
ふたりでソファーに座ったまま立ち上がれなくなってしまった。
まあいいか。
「伊織酒くさっ」
ソファーの上で肩が重なると葵がいやそうな顔をする。
「お前もだろ」
「そう?」
くんくんと自分の服に鼻を鳴らして不思議そうな顔をする。
そして胸元を引っ張ってるから胸が見えそうだ。
「胸見えるぞ」
「んー、別に見たいなら見せてあげてもいいけど」
「見たいとは言ってない」
「その代わり一回3000円ね」
「だから言ってねえって」
酔っ払いには言葉が通じない。
しかし確かに水が欲しいので、テーブルの上のグラスを手に取る。
それをごくごくと飲み干して気づいた。
お酒だこれ。
「伊織はお酒強いわねー」
「まーなー」
いや知らんけど。
「あたしほどじゃないけど」
「いや、俺のほうが飲んでるだろ」
「いや、あたしでしょ」
「お前の酒まだ残ってるじゃん」
指摘すると、その酒を葵が手に取って飲み干す。
「はい、無くなりましたー」
「いや、まだあるだろ」
ボトルを手に取って傾けると、葵のグラスの中身が増える。
それを葵が飲み干さずに、俺のグラスに直接注いだ。
「無くなりましたー」
「んんー」
残っていたらもったいないのでそれを飲み干す。
少しだけ喉がピリピリする。
「それで何の話だっけ」
「あれでしょ、あれあれ」
「どれだよ」
「んー、忘れた」
これだから酔っ払いは。
それで何の話ししてたんだっけな。
まあいいか。
「なんか良いことねえかなー」
「たとえばー?」
「宝くじで1億円当たったりとかー?」
「あはは、そもそも宝くじ買ってないじゃない」
「じゃあ空から一億円降ってきたりとかー」
「集めるのめんどくさそー」
こいつ文句しか言わない。
「じゃあ葵はなにが良いんだよ」
「そうねー、PS5降ってきたりとかー?」
「それ当たったら死ぬやつー」
「あはは、たしかにー」
その光景を想像したらヤバすぎて、俺も笑ってしまった。
「じゃあ彼氏できたりとかー?」
「おまえ、彼氏ほしいの?」
「んー、やっぱいらないかなー」
「どっちやねん」
「だって彼氏できたらこうやって伊織と遊べないだろうしねー」
「それなー」
流石に彼女が出来たらこんな生活は続けられない。
「もし伊織に彼女出来たら最初に教えなさいよねー」
「葵モナー」
それはお互いにこうしていられなくなったら教えるという、お互いのためのルールの成立だった。
目をつぶって再び開けると、葵が瞬間移動している。
こいつ、いつのまに能力者になったんだ。
瞬間移動いいなー、俺も欲しい。
なんて思っていると、葵がソファーに四足歩行で戻ってきて、なにかを差し出す。
「そうだ、これあげる」
「ん」
渡されたのは、葵が鍵束から千切った俺の部屋の鍵と同じタイプの鍵。
つまり葵の部屋の鍵。
俺が葵の部屋に行く機会はそんなにないが、それでも部屋のチャイムを押してから鍵を開けられるまでがめんどくさいと思うことはあった。
「つーわけで、伊織の部屋の鍵」
「俺もかよ」
「そりゃ、片方だけじゃ不公平でしょ」
まあそうだが。
「ほら早く」
んーーー、まあいいか。
おそらく、たぶん、めいびー、だいじょうぶ。
「ほらよ」
近くに置いてあった自分の鍵束から、同じ物が二つついている鍵の片方を外す。
「まいどありー」
その返事は違うと思う。
気付けば葵が、俺の膝の上にいる。
ゴロゴロしてると猫みたいだけど、うつ伏せになると胸が当たるんだよなぁ。
そもそもどうしてこうなった。
俺が酒を飲んでて、まばたきをして、それからこうなっていた。
なぜだ。
疑問に答えを見つけるために頭を動かしていると、うつ伏せになっていた葵が寝返りをうって俺の太ももを枕にする。
膝枕って普通男女逆じゃねえの?
まあそもそも俺と葵は男女って関係じゃないんだが。
「伊織ー」
「んー」
「鼻毛見えてる」
「そりゃ下から見たら見えるだろうよっ」
鼻毛は鼻から飛び出してなきゃそれでいいんだよ!
なんて反応にも葵は興味がなさそうだ。
酔っ払いはこれだからと思ったが、よく考えたら葵は元からこんなな気もする。
なんかどうでも良くなってきた。
目の前には片付けられていない皿と中身を飲み干された缶&ボトルの数々。
明日が休みでよかった。
そしてそろそろ本格的に、まぶたが重くなってくる。
寝るまで多分3分くらい。
「葵ー」
「んー?」
「酒はほどほどにしようなー」
「んー」
聞いてるんだか聞いてないんだか。
まあいいか。
この後めちゃくちゃ二日酔いで死んだ。
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※お知らせ※
ここまで読んでいただきありがとうございます。
結構話が進んでそろそろどっちのヒロインルート書くか決めないといけないタイミングなので、もしどっちのヒロインのルートが見たいかリクエストなどがあればコメント等でお待ちしてます。
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