16.花火大会(前)

更衣室でスマホを確認すると通知が一つ。


ちなみに僕は友達が少ないので、スマホにアプリゲー以外の通知が来るのはほとんどないゾ。


これ豆知識な。


今回の通知は葵からのLINEで、部屋にたこ焼きがあるとのこと。


最高かよ……。


ということで今日はまっすぐ帰ることを決意しながら着替えを済ませ、タイムカードを押そうとすると後輩から声を掛けられる。


「あっ、伊織先輩」


「んー?」


振り向くとすぐそこに学校の制服姿の後輩がいて、いつもよりも距離が半歩近い気がする。


「今週の日曜日って、何か予定ありますか?」


次の日曜日は来週では?なんて思いつつ、予定を思い出す。


まあ休みの日に予定が入ることなんてほぼないんだけどな。


逆に平日に予定が入るほうが多い、飲みとか、麻雀とか。


そういえばちょうどその日に近所で花火大会があるらしいけど俺には関係ないし。


「特にないぞ」


「ほんとですか、よかったー」


と後輩の反応で気付く。


やらかした。


「それでお願いがあるんですけど、日曜日のシフト代わってくれませんか?」


店長に聞かれたらまず先にこの可能性が思い浮かんだし、同僚に聞かれても普段は先に警戒するんだが、一瞬ガードが緩んだ。


当然のようにその日は店が混むし、ついでに言うと酔っ払いとのエンカウント率も上がる。


さらに休みを取ろうとする人間が多いので必然的に人不足になる、と同じ時給で働いても損でしかない要素が山盛りだ。


基本的に日曜にはシフトに入らず、ついでにバイト歴も長めなのを利用してその日は当然シフト入らなくてもいいようにしていたのだが……。


とはいえ、今更断りづらいのもあるけど。


「どうしようかなー」


「お願いしますよ、伊織先輩」


両手を握って上目遣い。


こうかはばつぐんだ。


「……、今回だけだぞ」


「ありがとうございます伊織先輩っ」


本当はめんどくさかったけど、日頃愛想よくしてもらっている対価をここら辺で払っておくべきかな、なんて思ったのが受けた理由の一つ。


別に前かがみになってシャツの合間から見えそうになった谷間に負けたわけではない。


「じゃあ忘れないうちに店長に言ってきますね!」


「おう」


シフト変わるとキッチンじゃなくてホールになるのかー、なんて今更思うけど、まあ忙しい時の殺伐具合はキッチンの方が酷いしな。


俺がこの時の決断を後悔することになるのはまだ少し先の話。




「そいや、日曜花火大会らしいな」


バイトから帰ってきて、予告通りに買ってあったたこ焼きを嚥下してから葵に話しかける。


「へー、春奈たちでも誘って行ってみようかな」


「じゃあ行ったら帰りにクレープ買ってきてくれ」


「いやよ、めんどくさい」


「そこをなんとかー」


「というかクレープ食べたいなら自分で行けばいいじゃない」


男一人でクレープ専門店というのはわりとハードルが高いんだよ。


その点屋台ならそんなこともないので全クレープ食べたい系日本人男子の救いなのだ。


祭りに行ったら確実に買う。


少なくとも俺は。


ただしそれは現地に行ければの話で。


「その日バイトなんだよ」


「日曜なのに?」


「日曜なのに」


俺の基本シフトは葵も当然把握しているので、日曜に俺が働くというのは当然疑問点になる。


「誰かに押し付けられたのね」


「……」


「その感じだと相手は女の子でしょ」


「……」


「嫌なら普通に断ればいいのに、あんたはそういうところあるわよね」


「うるせー!別に俺は花火大会なんて元から行くつもりはなかったんだよー!」


「うわ、急にキレた」


図星を三連凸撃されたら誰だって怒るわ。


ちげーし、善意で交代しただけだし……。


胸の谷間に負けたわけじゃねーし……。


「まあ、そこまで言うなら花火大会行くことになったら買ってきてあげるわよ」


「まじかマジカ」


「魔法少女?」


良かった、伝わって。


なんてボケていると、葵のスマホがピロンと鳴る。


ちなみに葵のスマホが鳴る頻度は俺より高いが、ゲームで対戦するときなどはそもそもマナーモードにしてたりするのでレスポンスの優先度は低めだ。


「あ、やっぱ無理。グループLINEで聞いてみたけどみんな行かないって」


光速キャンセル!


「あと秋子は行くけど彼氏と一緒だって」


それは要らない情報。


「まあ日曜って流石に急すぎるものね」


「ちくせう」


「悔しがってないで諦めなさい」


まあ、葵に非はないからしょうがないけどな。


そも行けたら買ってくるって提案自体が善意だし。


しょうがないのでたこ焼きを口に放り込むと、中がまだ熱々で舌がやけどした。


ちくせう。




「それで、交代してあげた相手はどんな子なの」


「なんだよ急に」


「急じゃないでしょ」


急じゃねえかな。


「普通にバイトの後輩だよ」


「高校生?」


「高校生」


「犯罪じゃない」


「なんでそうなる」


いや、手を出したら犯罪だけど手を出さないんだから関係ないだろ。


「あいつはいつかやると思ってました」


「インタビューやめろ!」


わざわざプライバシー保護に声色まで変えやがって。


「そもそもシフト交代要員に脈なんてないだろ」


「それは確かに」


素直に納得されるとそれはそれでムカつくが、実際脈があるなら誘われる側で生贄にされる側ではないはずだ。


どうせ本当に脈なんて無いしな。


無いしな。




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続きます。(予約投稿済み)


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