15.女友達と試験勉強

「伊織ー、過去問ー」


「俺は過去問じゃない」


なんて俺の抗議を無視して、葵が手を差し出してくる。


「ほら」


と手渡したのは試験日程初日にある試験の去年の問題用紙。


ちなみにこれは佐藤からツテで手に入れたものだ。


あの飲み会大好き人間は俺と違って縦の繋がりにも強く、過去問調達係りとして重宝している。


まあ相応の対価は払うけどな。


飲み会の賑やかししに行ったりアルコール献上したりとか。


友情は見返りを求めない、ってやると、やる方もやられる方も大変だしな。


そんなこんなでテーブルの向かいで過去問とにらめっこしている葵の表情はランクマで昇格戦している時と同じくらい真剣だ。


前髪がいくらか溢れたその顔は、客観的に大学の男たちに人気があるのも頷ける。


黙ってれば美人だが、黙ってなくても美人。


あとテーブルの上に乗っている胸が、もはや邪魔そうなくらい主張している。


但し恋愛対象外。


俺も試験勉強すっかー。




「この試験どっちの持ち込み可だっけ?」


というのは資料持ち込み可の試験のこと。


前知識がなければ資料持ち込めるなら簡単じゃん!と思うかもしれないが、世の中には資料持ち込む前提でもそれでも難しいように作られている試験もあるのだ。


逆に資料さえちゃんと用意すれば普通に楽勝な試験もあるので、事前にそのどっちかを把握しておく必要がある。


ちなみに変則として、手書きのノートのみ持ち込み可、なんてのもあるがこれは大抵ちゃんとノート見れば余裕な場合が多いかな。


「これは簡単な方な」


「なら勉強は後回しでいいわね」


というか難しい方の持ち込み可は必修以外取ってないのよな。


だって面倒だし。


大学の単位なんて、本当に興味ある講義以外は簡単に単位取れるものを優先すればいいのだ。(個人の感想です)


まあ葵はそんなこと意識してないだろうけど。


過去問を見る限り、この試験は参考書の目次と大雑把な内容さえ把握してればあとは本番でどうとでもなるので俺も後回し。




「伊織はこの講義取ってないんだっけ」


「つーか、もう去年取った」


大学は普通の高校と違って学年関係なく取れる講義があるので、そういう講義は一年から四年までが同じ教室に詰め込まれたりする。


まあ学年関係なくて前提知識も必要ないから簡単なものが多いけど。


「じゃあ過去問はあるわよね」


「俺をなんでも出てくる便利な箱だと思うなよ」


まああるけど。


過去問もノートもレポートも、大学の中で使える資産だ。


無駄に処分する理由がない。


「今度肩揉んであげるから」


「ったく、しゃーねーな」


別に渡すのはいいんだけど、探すのが面倒なんだよなー。


去年のテキスト類は全部収納の中のダンボールにインしているが、当然使用頻度が低いので下の方に埋まっている。


出して使って上に戻してを繰りかえると収納の中の地層は自然とそうなるのだ。


どっこいしょとサルベージしたダンボールの封印を破り、中をガサゴソしてやっと去年の過去問が見つかった。


「ほら、感謝しろよ」


「わかってるって、ありがと」




そんなこんなで黙々と勉強していると、受験勉強していた頃の苦い記憶が蘇ってきたのでそれを必死に振り払いながら進めていく。


やっぱり勉強は健康に良くないわ。


こんなの法律で禁止するべきだろもう。


このとき俺は、政治家への道を志したのだった。


嘘だけど。




「つーかれたー」


「たしかに」


時刻は夜九時。


今日は帰ってきてからずっと勉強してたので流石に疲れた。


普段頭使わないから余計にな。


ゲームしてれば一瞬な時間でも、勉強していると無限にも感じられる時間になるのは相対性理論に思いを馳せずにはいられない。


ちなみに飯は帰ってくる前に食ってきたから明日までなにも食わなくても問題はないが、それはそれとして小腹は空いた。


「葵、なんか食うか?」


「食料よりお酒がいいー」


「じゃあ酒とつまみか」


キッチンまで行き冷蔵庫を覗く前に目に入るのは飲みかけのウイスキー。


日持ちする物ではあるけど早めに消化してしまうことに問題はない。


冷蔵の中にはウインナー。


本当は邪道だけど、と妥協してウインナーをレンジに入れスイッチオン。


その間に氷を入れたグラスをふたつとウイスキーの瓶、炭酸水を握ってリビングに戻る。


既にテーブルの上を片付けていた葵の前にグラスをひとつ、その向かいにもうひとつ。


キッチンに戻ってウインナーを取り出し、やっぱり表面が焼けてないウインナーを食う気にならなかったのでフライパンに落としてさっと焼き目をつける。


香ばしい匂いに満足して皿に移してリビングに戻ると、葵は先にハイボールを作って口をつけていた。


まあそんなことで目くじらを立てたりしませんけどね。


「ほら箸」


「ありがさんきゅー」


700mlのウイスキーがいくらか減って残りは500mlほどだっただろうか。


普通の水ならすぐに飲み終わるようなその量も、40%近いアルコール度数だと消化するのに時間がかかる。


炭酸水と半分で割ったハイボールをちまちまと飲みながら、思い出したようにウインナーを噛る。


そんな緩い空気に浸るだけで勉強で疲れた心が癒されていくのを感じた。


「伊織、夏休みの予定は?」


向かいの葵がテーブルに肘をつきながら聞いてくる。


試験期間が終われば夏休みの。


まあ試験期間というか、とってる講義の試験の最後のひとつが終ったら、だけど。


「一回実家に顔出すくらいかなー」


戻っても数日。


ちなみに大学の夏期休暇は約二ヶ月。


課題とかも殆どないのでほぼフリータイムだ。


「葵は?」


「あたしも基本はこっちにいる予定」


「じゃあいつも通りだな」


「ね」


いつもの大学生活から大学に行く時間を抜いただけの平凡な毎日だろう。


だがそれがいい。


バイト行って葵とゲームして、漫画読んで映画見て飯食って寝る。


そんな生活に俺は満足しているから。


「まあまずは試験終わらせないとだけどね」


「せめて必修は全部取らねーとな」


取らないと場合によっては進級できなくなるからな。


「それにしてもウイスキー美味しいわね」


「あんま食うなよ、俺の分がなくなる」


「早い者勝ちでしょ」


「まーいーけど」


もう抗議する気も起きない。


そしてどんどんと、テーブルと頭の距離が近付いていく。


「葵ー」


「んー?」


「寝たらベッドに運んどいて」


「絶対いや」


テーブルまであと3cm。


宣言した通り、葵は俺を運んでくれなかったが、自分を運ぶ気力もなかったようで、しばらくするとテーブルには二体の死体が並んでいた。


背中いてえ……。




★☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆


次回からちょっとお話が動きます。


あとちょっと改題しようかなーと思っているので、分かりづらかったらごめんなさい。

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