23.後輩と相合い傘

「せーんぱい」


バイトを終えて午後六時。


もう職場に用はないので裏口から店を出ようとすると、後ろから声をかけられた。


「んー」


首を捻って声の主を確認しようとすると、その前に腕に後輩が抱きついてきて柔らかいものが当たる。


「今帰りですか?」


「そういう小海もか?」


「はい。折角ですから一緒に帰りませんか?」


なんて可愛く誘われたら悪い気はしないが……。


「それよりもな……」


それよりも、腕に当たっている柔らかい物が気になる。


夏らしく、薄手のシャツ越しに当たっているそれは、俺の腕が押し付けられて埋没してしまう程のボリュームがあった。


これが葵のなら気にならないんだがな。


なんてそれはそれで本人に言ったら殴られそうだけど。


「どうしました、伊織先輩」


「なんでもない」


今思ってることを正直に話したら完全に犯罪である。


いや、ギリ犯罪にはならないか……?


まあどっちにしろ民事でアウト判定だろうけど。


「そうだ、今日は駅まで送ってってくれますか?」


「それはいいが」


つまり駅までこのままってこと?


ヤバくない?


なんて語彙が消失した中でも、結局帰らないといけないので裏口の扉を開ける。


ざーーーっ。


こういうことか~~~っ。


裏口の傘立てには俺の傘が在り、そして後輩の傘が無い。


雨降るかとは思ってたけど、こんなに雨脚強くなるとは予想してなかったわ。


まあこの時期は夕立なんて珍しくもないが、バイトに来るときは降ってなかったし以降はずっとキッチンだったので気付かなかったのだ。


「早く帰りましょ、伊織先輩」


「わかったよ」


もう諦めた。




左手は後輩につかまれているので右手に傘をさして帰り道を歩く。


雨が降っているうえに抱き着かれているせいで歩きづらいが、持ってきた傘が大きめの男物でふたり入ってもそこまで濡れないのが救いだな。


「雨強いですねー」


「そうだな」


夏らしく、バケツをひっくり返したような雨だ。


「そういえば、伊織先輩って彼女いないんですよね?」


「この前も言ったけどいないぞ」


「ならよかったです」


「いやよくねえよ!?」


俺が悲しい独り身であることをよかったで済ませないでほしいんだが。


「いや、そうじゃなくてですね。もしいた場合、この状況を彼女さんに見られたら困るじゃないですか」


「彼氏持ちにこれやったらマズイってくらいの認識はあるのな」


じゃあフラグが立ってない相手にやるのもやめてほしいんだが。


「嫌でしたか?」


「そういう風に聞くのは卑怯だろ」


困りはしても嫌ではないのだ。


逆に巨乳JKに胸を押し付けられて嫌な奴いる!?


「女の子はみんなズルいんですよ?」


「じゃあ俺は一生女子には勝てなそうだ」


まあ勝てなくても困らないというか勝負することもないんだが。


「伊織先輩は、どんな女性が好みなんですか?」


「どうした急に」


「急じゃないと思いますけど。恋バナですよ、恋バナ」


「ふーん」


まあ女子は恋バナ好きだもんな。(偏見)


「しかしどんな相手って言われてもな。かわいくて優しくて金持ちな女子とか?」


「そういうしょうもない意見はいらないんですよ」


地味にひどい。


自分の貧相な恋愛観を全否定されてしまった。


しょうがねえじゃん、異性を特徴で選り好みできるような身分じゃねえんだから。


「じゃあ髪が短いのと長いのはどっちが好きですか?」


「どっちも好きだぞ」


「はいだめー」


「なにが!?」


「どっちかって聞かれて両方って答えるのは失格ですー」


どっちの服がいいって聞かれてどっちも似合うよって答えるのが不正解っていう定番のアレの変形問題か。


ちなみにそういう場合は、聞いてる相手が本当は選んで欲しい方を選ぶのが正解らしいゾ。


エスパーかよ。


「それで、どっちですか?」


「んー、じゃあ長い方かな」


強いて言うなら。


短いなら短いなりの良さがあるけどね。


うなじが見えるとか。


「じゃあかわいい系ときれい系ならどっちがいいですか?」


「きれい系」


「元気で明るい方と落ち着いててしっかりしてる方なら?」


「落ち着いてる方」


「勉強ができる方と運動ができる方なら?」


「勉強ができる方」


「スカートが短い方と長い方なら?」


「うーーーん、長い方」


ちょっとだけ見栄を張った。


「今何問目?」


「四、いや五問目」


ってなんでやねん。


「なるほど、先輩の好みは結構わかりました」


「そういうプロファイリングはいらないんだけどな」


と一通り質問を終えて気付く。


俺のぼんやりとした理想の異性像って、富士見さんだわ。


うっわ、はずかしー。


全然気にしてないとか言っといて、これじゃ未練たらたらみたいじゃん。


いやでも、ああいう人が好みであることは間違いないんだよなー。


「伊織先輩、顔赤くないですか?」


「気のせいだろ」


「いえ、絶対赤いです」


赤くないと思いたい、が正直自信をもってそうは言えない。


自分が自覚してないことを突きつけられるのが一番恥ずかしいのはどんな時代でも変わらないな。


うん、とりあえず話を逸らそう。


「そういう小海はどういう相手が好みなんだ?」


「私ですか?」


雑な質問返しだったのだが、後輩は思いの外真面目に考え始める。


「そうですねー、身長は170cm中ごろで髪は短めの黒。太ってはいないけど筋肉がついてて、一緒にいて楽しい人。あといざという時は頼りがいがあると嬉しいですね」


具体的なようで、理想の成人男性の平均値みたいなふわっとした感想だな。


なんて正直な意見は黙っておく。


真面目に答えてたら茶化すのも悪いしな。


「まあ好みなんて、本当に好きになる人とは全く関係なかったりしますけどね」


「ここ数分の会話全否定だよ!」


俺の全力のツッコミに、なぜか後輩が楽しそうに答える。


「だって、好きになるのは理屈じゃないじゃないですか」


そう言って不意にはにかむ小海の笑顔がとてもかわいくて、不覚にも胸が打たれそうになってしまった。


なにか最近話している時の後輩の表情が以前よりも魅力的に見えるのは俺の気のせいかな。


気のせいだな。


「今日はありがとうございました、伊織先輩」


駅について、後輩がぺこりと頭を下げる。


「気をつけて帰れよ」


「伊織先輩も雨に濡れて風邪引かないでくださいね」


言った後輩が一歩踏み出すタイミングで、濡れたタイルに足を滑らせた。


「きゃっ」


短い悲鳴とともに浮いた後輩の身体を、なんとか傾く前に受け止めた。


「大丈夫か?」


「はい」


抱き止めた形になって、短く答えた後輩の顔がいつもより大分近い。


心なしか顔が赤く見えるのは、きっと気の所為。


それから一泊おいて、今度こそ滑らないように慎重に後輩が一歩距離を取る。


「助かりました。やっぱり先輩は頼りになりますね」


「言うほど頼りになったことないけどな」


「そんなことないですよ」


なんて否定されると、感謝を正面から受けないといけなくなって困ってしまう。


なのでここはとっとと退散するに限るな。


「またな」


「はい、また明日です」


明日はシフト入ってたかな?


まあいいか。


見送る後輩は、数歩進んでから最後にもう一度だけ振り返ってこちらに手を振った。




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これにて、共通シナリオは終了。


次回からは個人ルートになります。

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