24.女友達の場合

ガコン、と鍵を開ける音で眠りから覚める。


まだ目を瞑ったままの半覚醒状態で、玄関を開けてから部屋に入ってくる音を聴いている。


パチンと部屋の明かりを点ける音がして、まぶたの裏が明るくなる。


「なんだ、寝てたのか」


声をかけられて返事をするかしないか迷ってめんどくさくなった。


「たい焼き買ってきたけど寝てるならいらないよな」


「起きてるー」


それから緩慢に目を開けて体を起こすと、ベッドの脇に伊織が立っている。


起きてるの気付いてたわね、これは。


冷静に考えてみれば、あたしが寝てても買ってきた物をひとりで全部食べないだろうと予想できたはずだが、寝惚けてたからしょうがない。


「歯磨くから待ってて」


「早くしろよ」


言われた通りになる早で歯を磨いて、ついでに顔も洗っておく。


その時にノーメイクの顔が見えるが、伊織にそれを見られるのは今更なので気にしない。


もう100回は軽く見られてるし。


そもそも伊織がメイクの有無に気付いているかっていう疑問はあるけど。


「お待たせ」


「1万年待ったわ」


「じゃああと2000年待ってなさいよ」


なんて冗談を言いながら腰を下ろす。


「中身は?」


「あんこ、あんこ、カスタード、カスタード」


「じゃあまずカスタード」


左端のを取って頭から噛ると、優しい甘さが口の中に広がる。


うーん、絶品。


なんてたい焼きを味わいながら時計を見ると夕方六時。


試験が終わって帰ってきたのが四時頃でそれからしばらくはゲームをしていたので、寝てたのは一時間くらい。


これは夜になっても眠くらならいコースね、と思ったけど明日は大学がないので特に問題はなかった。


「伊織、試験あといくつ残ってる?」


「俺はひとつだな」


「あたしもひとつ」


そのひとつは伊織と同じ単位なので、予定は全く一緒だ。


「それ終わったら夏休みねー」


「そうだなー」


約二ヶ月何をしようかと考えて、やっぱり予定なんていらないなと考え直す。


どこかに行くよりも部屋でゲームやってる方が結局最強なのだ。


初日にちょっと高いご飯食べに行くくらいはしてもいいかなと思うけど。


「ごちそうさま」


とたい焼きをふたつ平らげて手を合わす。


ちなみにあんこも絶品でした。


「それじゃお風呂入ってくるからー」


「んー」


伊織の背中に声をかけて洗面所へ。


あっ、着替え忘れた。


まあいっか。


バスタオルとその他入浴道具は既に置いてあるので手荷物は最低限なのだが、最低限すぎてよく着替えを忘れるのよね。


服を脱いで下着も外し、洗濯機の中ではなく洗濯カゴへ。


流石に服の洗濯は自分の部屋でやることが多い。


別にあたしはいいんだけど、下着干したりしたら伊織が嫌そうな顔するのが目に見えてるのよね。


まあ仮にも異性で一緒にいるんだから、そういうのを建前だけでもあまり表に出さないというのは大事かもしれない。


じゃあ部屋でちゃんと服を着ろって?


だってめんどくさいんだもの。


それに伊織だってあたしを基本異性として見てないし。


たまーに胸に視線を感じるけど、それ以外はお風呂入っててもベッドで寝ててもバスタオル一枚でも変な気配を感じないのは、一周回って自分の魅力が無さすぎるのか疑いそうになったくらい。


まあ定期的に同じ大学の男子とたまに女子にも告白されるから、伊織が変なだけという結論に落ち着いた。


あとその辺はお互い様でもあるけど。


なんて思いながらシャワーを出して体を流す。


ボディーソープを使おうとして、胸に遮られた下方向への障害物が大分邪魔と思いながらも、頑張って前屈みになってなんとか視界を確保する。


ちゃんと自分用のを選んで、身体を丁寧に洗うと一日の汚れが落ちていくのを実感できた。


夏は特に、汗をかきやすい季節だからそれを洗い流すこの瞬間は格別だ。


特に胸の下とか、あいだとか。


それから髪も洗ったのを洗い流して、湯船に身体を浸ける。


お湯の熱と圧迫感と同時に、水面に胸が浮かんで肩の重さが少しだけ緩和されて楽になった。


んー、天国。


肩まで浸かって身体の芯から癒されるのを感じながら、わずかに水面に触れた髪の感覚を軽く揺らす。


そういえば、ずっと短いままのこの髪は伊織に初めて会った時からなので、もう一年以上か。


前は長いこともあったし、今でもたまに伸ばそうかなと思うこともあるけれど、やっぱり短い方が楽という最大のメリットが現状維持へと誘惑してくる。


長いと本当に大変だし、まずシャンプーの量が二倍三倍にもなるのよね。


その点ショートはお財布にも優しい。


シャンプー代の一ヶ月分で、セール中のゲームならワンチャン複数の買えるのが悪い。


あたしは悪くない。


いや、ショートが悪いわけでもないんだけどね。


なんて考えはお仕舞いにして、ぼーっとしていると目の前のふたつ並ぶシャンプーの容器に目が留まる。


男子と半同棲してる今の生活は、よく考えるとちょっとおかしいなんて思う自分と、まあ楽しいからそれでいいでしょという自分が定期的に脳内真剣討論している。


なんていうのは半分冗談で、そもそもやめる気なんてないんだけど。


というか自分が押し掛けている方だしね。


止めようと思えばいつでも止められるのだ。


でも楽しいんだもの。(開き直り)


ううん、正しくは楽しいというよりも心地良いとか居心地が良いとかそういう言葉の方が近いのかもしれない。


まあ伊織本人にそんなこと言ったりはしないけどね。


顔はまあ悪くないし、趣味は合うけれどそれでも異性として意識した記憶がないのは、初対面が強烈すぎたせい。


そしてこれからも、伊織に恋愛感情を持つことはおそらくない。


そんな相手と一緒にいるのは自然じゃないと言われればそうなのかもしれないけれど、やっぱりやめる気もなく。


思い出すのは去年の伊織の誕生日のこと。


あの日に交換した鍵は、この状況を気兼ねなく続けるための免罪符。


それを持っているうちは、この状況に疑問を持ったり遠慮したりはしないと心の中で決めていた。


まあ伊織は本当に用事があるときは遠慮したりしないから、もしかしたら迷惑かもなんて考えなくていい部分もあるけど。


だから、この環境が終わるときは、多分どっちかに恋人が出来たとき。


あたしは少なくともこの生活を終わらしてまで、付き合いたいと思うような相手は今はいないけど。


伊織はどうかな。


こればっかりは、どうなるかわからない。


大学で見る範囲では、そういう気配は感じないけど。


まあ気にしてもしょうがないか。


あたしの方が先に彼氏ができて解散になるかもしれないし。


なんて考えながら、「んっ」と伸びをすると湯船からはみ出した胸が少しだけ重さを取り戻した。




十分に温まってから浴室からでて身体を拭く。


そのまま化粧水を塗って乳液もおかわりしてから、服を着ようとして一式忘れてきたのを思い出した。


なのでいつものようにバスタオルを胸に巻いてリビングに出る。


胸囲にバスタオルの幅が足りなくて腋より下がチャイナドレスのスリットのようになる度に、もう少し幅が広いのを買ってこようかと思ったりもするのだが、面倒くさいのとお金がかかるのと現状でも誰も困らないので結局このまま。


この一年で何度かバスタオルを買い換えたりはしたんだけど、お店に着く度に思ってたことを忘れちゃったりするから不思議よね。


「ただいまー」


「服着ろ」


「だからこうして着るために戻ってきたんじゃない」


「そもそも洗面所に着替え持ってけって言ってんの」


なんて注意する伊織はそこまで本気で言っている熱もなく、あとこちらを一瞬確認したけどやっぱり無反応だ。


ほぼ全裸で巨乳の美少女が目の前にいるんだからもうちょっと意識してもいいんじゃないですかね!


いや意識されても困るんですけど!


なんて心の中の二律背反のツッコミは口に出さずに黙っておく。


まあもしあたしが全裸の伊織見たって同じ反応だろうけどね。


そのまま服を着る前にスマホを確認すると、夏海たちから夏休みのお誘いのLINEが来ていた。


と言っても普通にご飯食べに行くだけで、みんなにも彼氏と過ごしたり実家に帰ったり労働に励んだりと予定があるんだけど。


なので一番暇人のあたしとしては、素直に『OK』と返しておく。


誰が暇人よ!


……、虚しい。


それからカラーボックスから着替えを取り出し、下着を着けてから上はシャツと下はショートパンツを着る。


やっぱりこの格好が一番楽ねーと思いつつ、この状況含めて友達には見せられないわねーとも心の中で思う。


だからといって矯正する気もないんだけど。


「伊織、ストレッチ手伝って」


「んー、ちょっと待ってな」


と伊織が遊んでるゲームを一段落するまで待って、今回はベッドの上で向かい合って座る。


そのまま伸ばした足の裏を合わるとちょっとくすぐったいけど我慢して、お互いの手を握って引っ張ると一番ポピュラーな二人組の柔軟運動だ。


「ほんっと身体固いわね伊織」


合わせたつま先がお互いの中間地点のはずなのに、握ったっ手の位置はそれよりもずっとあたし側寄り。


まあ基本的に女子の方が身体が柔らかいと言っても、この差はちょっと大きすぎると思う。


「葵が柔らかすぎんだよ」


「それじゃあたしが軟体動物みたいじゃない」


「葵、猫だった!?」


「youtubeの量産型文字付きサムネ動画みたいなこと言うんじゃないわよ」


ちなみに猫は軟体動物ではないので間違えて覚えないように。


「いででででで」


なんて伊織にストレッチで何度目かの悲鳴をあげさせるけど、これは身体が固い伊織のためであって、あたしが楽しいからなどでは一切ない。


「いででででで!」


だからだんだん楽しくなってきてるとかそんなこともないのだ。


「いい加減に……、あぎゃあっ!」


「あっ、死んだ」




それから死んだ伊織を労ってストレッチは手加減をしてあげる、なんてことはなく全力で死体に鞭打ったら本当に生きるゾンビのようになっていた。


「う゛~~~」


とマイクラのゾンビの鳴き声をモノマネする伊織は放っておいて、軽く小腹が空いた空腹感に夕食がまだだったことに気付く。


「冷やし中華作るけど、伊織も食べる?」


「食べる~」


「じゃあ二人前ね」


と前衛芸術のような見た目になっている伊織をおいて、キッチンでエプロンを付けながらこの前のことを思い出す。


シャツ一枚より、やっぱり水着の方が涼しいわねー。


電気代とひいては地球環境のために、まずは自分で出来る努力をするべきではないだろうか。


いや、きっとそうに違いない。


ということで、キッチンから顔だけリビングに出す。


「伊織ー」


「んー?」


「今から水着に着替えていいー?」


「どう考えても二度手間だろ」


「じゃあ下着だけになっていいー?」


「アホなこと言ってないではよ飯作れ」


「ちぇー」


却下されてしまった。


せっかく油使わないから水着エプロンあるいは下着エプロンでもセーフだと思ったのに。


そこまで行ったらもう裸エプロンでいいだろって?


そういうハレンチなのはちょっと……。


あと支えがないと胸が重くて辛いのよね。


なんてどうでもいいことを考えながらもいつものように料理を始める。


もはや何回も繰り返した日常風景だ。




そんな日常に変化が訪れるのは数日後のお話。




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次回から個人ルートと言ったな?


あれは嘘だ。(ごめんなさい)


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