32b.後輩とプール(後)
「次はどうする?」
昼食を済ませてプールに戻ってきた俺と後輩。
ちなみに昼食は焼きそばだったけど結構おいしかったです。
雰囲気的には海の家だったな、プールだけど。
「次はあれに入りましょう、伊織先輩」
後輩が指さしたのは流れるプール。
F1のサーキットのようにうねうねと曲がりくねったレーンが一周回って輪っかを形成し、絶えず水を流し続けている。
まあサーキットほど広くはないけどね。
「食後だしゆっくりするにはちょうどいいか」
あの中なら自分で体を動かさなくても浮いてれば勝手に流れてくしな。
というわけでレーンの縁に立ってドボンと飛び込む、のは他の人に迷惑なので近くの階段から中に降りる。
人口密度はそこまででもなく、自由に浮いたり軽く泳いだするにのに困らないくらいのスペースがあってありがたい。
真夏にこれくらいの人入りで大丈夫なのかと若干心配しそうになったが、きっと昼食時だから人が減っているんだろうと思っておく。
こっちの方が遊ぶ分には快適だしね。
「結構早いですね」
「そうだなー」
深さは俺の胸くらいの高さで、後輩は肩近くまで漬かっている。
あと若干後輩の胸が水に浮いてる気がするけれど、これは気のせいかもしれない。
「身体が軽くていいですねー」
流れに身を任せて揺れている後輩は脱力して心地好さそうだ。
「確かに腰膝やってる人間への運動に推奨されるだけのことはあるなー」
浮力で下方向への負荷は軽減されて、かつ水の抵抗で全身の運動になる。
「ちなみに軽いっていうのは胸の話ですよ」
「人が華麗にスルーしたのに強引に話題を持ってきやがったコイツ!」
折角思ったけど言わなかったのに!
「だって本当に重いんですもん」
「そりゃそうだろうな」
後輩くらいのサイズだとおそらく中身が詰まった2Lペットボトル一本分以上の重量があるだろう。
それを常に肩で支えてるとか拷問かな?
「だからちょっとくらい労わってくれてもいいと思うんですよ」
「まあ労わることにやぶさかではないが。重くないように下から支える係でもやるか?」
「んー、伊織先輩がついでに付き合ってくれるならそれでもいいですよ」
「じゃあこれはなしだな」
「むー」
ってこのやり取りさっきやった。
「じゃあ伊織先輩、手出してください」
「んー?」
俺が両手を差し出すと、後輩がふわっと水に浮いてから両手を掴む。
そのまま流れるプールに身を任せてバタ足の練習みたいな格好になっている。
「逆走したらいい運動になりそうだな」
「でも他の人の迷惑になるから駄目ですよ」
「残念」
とはいえ流れるプールが逆走禁止なのはルールで決まってるのでしょうがない。
「じゃあこのまま一周するか」
「それよりも、えいっ」
そのまま後輩がぐいっと身を乗り出してきて俺の首に腕を回す。
顔がかなり近くになって、あと胸が押し当てられる。
「このまま抱き上げてください」
「こうか?」
背中と膝裏に手を回して持ち上げると、いわゆるお姫様抱っこのような体勢に。
「そのままゴー!」
「はいはい」
流れに沿ってぷかぷか上下しながら移動するが、正直疑問な部分があった。
「これ楽しいか?」
「わりと楽しいですよ、なにより伊織先輩をこき使ってるのが気持ちいいです」
「言い方がひどい」
まあいいけどな、そんな大変でもないし。
あと腕を首に回されたので、自然の後輩の胸が押し当てられる形になってるし。
乗り物にされてるのも含めて差し引きプラスって感じ。
水中だから荷物が軽いって言うのもあるだろうけどなー。
正直地上だったらすぐに諦めて落としてる。
「今私の体重について考えました?」
「考えてないぞ」
鋭い。
「ねえ、伊織先輩」
「どうした?」
「この距離だと簡単にキスができそうですね」
「そういうのは恋人同士でやるもんだろ」
「じゃあこれはいいんですか?」
これ、というのはお姫様抱っこのこと。
「文句があるなら今すぐ落としても良いんだぞ」
「文句があるとは言ってないじゃないですか」
本当のことを言うと、段々と距離を詰められていることとそれを別に嫌じゃないと感じていることは自分でも薄々勘付いているのだが、その事実を素直に認めたくない気持ちがあるのだ。
「もう諦めて私のおっぱいが当たって嬉しいって言っちゃえばいいじゃないですか」
「うるさい」
言ってからざぶーんと膝を落として水に潜る。
そのまますぐに身を起こすと、顔まで水に濡れた後輩がぶるぶると水を払って抗議してきた。
「なにするんですかー!」
「水が気持ちいいだろ?」
「そういうことじゃないんですけど!」
「まあまあ、水に濡れた小海もかわいいぞ」
「そんなこと言ってもごまかされませんからね」
そっかー、残念。
「じゃあもう一回」
どぼんと再び水に潜ると、後輩の髪が水中に漂う。
まぶたをきゅっと閉じている後輩を引き上げるとぷはっと大きく息を吐いた。
「二度もやりましたね!そういう先輩にはこうですから!」
「うわ、やめろっ」
言って後輩が回した腕を寄せて身体をよじ登ってくる。
結局変な体勢になって二人仲良く水没したのだが、それはそれとして結構楽しかった。
「楽しかったですねー」
「そうだなー」
遊び終えて帰り道。
まだ日は高いが既に体力ゲージは赤く点滅している。
50Mプールで競争したのがトドメだったな。
かなり疲れたしプールなんてキャラじゃないけれど、実際に来てみればそこそこ楽しんでいた俺がいた。
最初は一緒にいてもすぐに面倒になるなんて思っていたけれど、案外続くもんだな。
まあ後輩がどう思っているかはわからないけれど。
「それで、伊織先輩」
「んー?」
「明日また先輩の部屋に遊びに行ってもいいですか?」
「んー、明日か」
「何か用事でもありましたか?」
「いや、用事とかはないが」
「ですよね」
ですよねとは失礼な。
まあ実際、毎日会うのはなんとなくめんどくさいからちょっと期間あいた方が楽かななんて思っただけなんだが。
一緒にいて疲れるって程でもないんだが、ずっと一緒にいるより程々に会いたい気分、わかる?
わからないか。
葵が特別なだけで、基本的に誰かと一緒にいると気を使うんだよなー。
「まあいいか、夏休みだし」
「そうですよ、夏休みなんですから」
もし万が一付き合うことになったとしても、夏休み終わったらこんなに頻繁に会うことはなくなるだろうからな。
「それと今度夏祭りがあるので、それも行きましょうね」
「祭りなんてあるのか」
「伊織先輩知らないんですか?」
「夏休みなんて引きこもってるし、行事的な情報が入ってくるルートが存在しないからな」
これが大学に通ってる期間なら雑談の流れで知ることもあるが、夏休みにそういう機会はほぼない。
葵だってそんなこと話さないしな。
「それじゃあ約束です」
と差し出された小指をきゅっと握る。
「いや、なにしてるんですか?」
「そっちこそ、この小指はなんだ?」
「指切りに決まってるじゃないです」
「その発想はなかった」
「じゃあどの発想ならあったんですか」
後輩がくいくいっと小指で誘うので、改めて自分の指を差し出して絡める。
「そもそもこれ必要か?」
「いいじゃないですか、やって損があるわけでもないですし」
「まあそりゃそうだが」
「お祭りは来週末ですから、忘れないでくださいね。伊織先輩」
「はいはい」
ということで、お互いの指が切られた。
忘れないようにスマホのスケジュールにでも入れとくかなー。
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