33b.部屋の中で告白と

「おじゃましまーす」


「いらっしゃい」


後輩を部屋に迎えるのは何度目か。


もうすっかり慣れた様子の後輩は荷物をおいて本棚の前へ移動する。


「今日は漫画の続き読んでいいですか、伊織先輩?」


「おう、いいぞ」


言って後輩が恋愛漫画を一冊抜いて戻ってくる。


「よいしょ」


そのままソファーの俺の隣、ではなく膝の間へと腰を下ろす。


「なんで膝の間に座った?」


「ダメですか?」


「ダメではないが」


ちょっと距離が近すぎると思う。


これもう押し倒しても許されるんじゃないか?


いや、実際の押し倒したら許された上で責任とらされそうだから逆にできないんだけど。


そもそも女子とほとんど接点がなく、ちょっと話したら勘違いしそうになるのを自戒するような人生を送ってた人間なのに、膝の間に美少女が座ってるような状況がおかしいだろうがよー!


なんて心の中で叫んでも状況が変わるわけではないのでしょうがないけど。


そのまま後輩は漫画をぱらぱらと捲って前回の続きから読み始める。


うちには珍しいラブコメではない青春系恋愛漫画なのだが、やっぱり後輩にはこういうのがウケがいいらしい。


最後にヒロインが死ぬのは黙っとこ。


「それじゃあ俺はゲームするか」


ということでコントローラーを取って本体の電源を入れる。


コントローラーを握った両手は、必然的に後輩の太腿の上に置かれることになるわけだが文句は言われないのでそのまま気にしないことにする。


そのまま無言で後輩に寄りかかられると、背中越しにページを捲る動作だけが伝わってきて変な感じだ。


後輩的にも腿の上の俺の手はくすぐったかったりするんだろうかと思ったりもするが、反応はないので真偽は不明。




ブブブ。


「ひゃっ!」


ゲームの中でダメージを受けてコントローラーのバイブレーション機能で振動が起こると、後輩が小さく悲鳴を上げた。


「小海?」


「なんですか?」


ビクンと身体を反応させて明らかに恥ずかしい感じの声を上げた後輩だったが、なかったコトにするらしい。


まあいいか、別に追求してもオトクな要素はないし。


ということで再び後輩の太ももの上に手をのせてコントローラーを握る。


避けて殴ってガードして殴って避けてガードして殴って殴って、あっ。


ブルル。


「ひゃんっ!」


「やっぱり反応してるじゃないか」


思わず突っ込んでしまった。


「だからってわざとやるのは反則じゃないですか!」


「いや、知らんけど」


わざとじゃないぞ、ただちょっとガードボタンを押さなかったらどうなるかなって思っただけだで。


「次やったら怒りますからね」


「そんなに嫌ならそこから退けばいいんじゃないか」


「それは嫌です」


嫌かー、ならしょうがないな。


まあ流石に怒られたくはないので、それからは大人しくしておく。




いつの間にか、自然と後ろに体重を預けてる後輩は俺を背もたれにしてリラックスしている。


寄りかかられた重さが案外嫌いじゃない。


テーブルの上の漫画が二冊、三冊と重なっていき、五冊目が重なったところでちょうど俺もゲームを一息ついた。


個人的には楽だしゆっくりできているけれど、若い男女二人が同じ部屋にいて別々のことやってるのは正解なのかって疑問が若干ある。


生まれてこのかたこんなシチュエーションになったことがない人生経験の薄さがうらめしい。


しょうがねえじゃん、モテたことねえんだから。


なんて言っててもしょうがないわな。


考えても答えは出ないので、諦めて本人に聞いてみる。


「小海はうちに来て楽しいか?」


「んー、わりと楽しいですよ。流石に毎日これだと飽きるかもしれませんけど」


そっかー。


俺は毎日これでも飽きないけど、まあ感性は人それぞれか。


「伊織先輩は、私と遊びに行くの楽しいですか?」


「そうだな、楽しいと言えなくもないけどやっぱり家でだらだらしてる方が好きだな」


「じゃあもし私と付き合ったら、デートはしてくれませんか?」


「それはわからん」


そのうち出掛けるのに慣れるかも知らないし、やっぱりめんどくさくなるかもしれない。


どうなるかは実際になってみないとわからん。


「私がこんなに尽くしてるのに、先輩は酷い人ですね」


「そうだな」


言うほど尽くされてるかはともかく、美少女巨乳JKと一緒にいるのに出掛けるのがめんどいとか言ってるのは駄目人間だろう。


「まあでも惚れた弱味ですからね、ある程度は許してあげます」


「ある程度は、か」


「ある程度は、です」


そのラインを越えたら振られるのかな。


いや、まだ付き合ってもないんだけどさ。


「それで小海は、俺のどこがそんなに好きなんだ?」


「そうですね」


膝の間でしばらくの沈黙が流れる。


「よく分からないです」


「そうか」


「強いて言うなら何となくですね」


「それはよかった」


優しいからとか格好いいからとか言われたら否定しないといけなかったし。


まだなんとなくと言われた方が納得できる。


「伊織先輩は」


「ん?」


「伊織先輩は、私のどこが好きなんですか?」


「好きなの前提かよ」


「嫌いだったらこうしてないじゃないですか」


「まあそれは」


実際そうかもしれないが。


好きを嫌いじゃないに置き換える論法は若干ズルい気がしなくもないが、自宅に招いて膝の間に座らせている時点で好意がないと言ってみてもどの口がだろう。


「まず顔だよな、元々の造形もいいけどちゃんと可愛いように努力してるのがわかるのが偉い。あともちろん胸な。笑顔が可愛いし、距離感が近いのが不意にドキドキする。気軽にお願い事してくるのに、本当に迷惑かけるかもって思った時は困ってても言ってこないところがめんどくさいけど可愛い。告白されてからのアプローチは何度押し倒したくなったことか」


なんて言っているとさっきまで俺の膝の間でふんぞり返っていた後輩が、いつの間にか両手で顔を覆って前屈みになっている。


あと顔は見えないが耳が真っ赤だ。


「もしかして照れてる?」


「そんなわけないじゃないですか」


そっかー、よかったー。


それで、照れてないならそろそろ顔をあげてほしいんですけどー?


なんて意地が悪いかな。


いや、イジリたくなるくらいかわいい後輩が悪い。(責任転嫁)




そのまま落ち着いた後輩がどかっと背中を預けてくるので、腕を回してぎゅっと抱き寄せる。


はー。


正直、まだ負けを認めていないだけで勝負がついてるのはわかってたんだよな。


だってこんなに後輩は可愛い。


そんな相手に好きアピールされたら、好きにならない方がおかしいっていう。


後ろから後輩の髪を撫でると、腰を捻ってこちらを見上げる。


鼻先が触れそうな距離にある顔は睫毛の一本一本までくっきりと見えた。


「伊織先輩」


「どうした?」


「ここまでしたんですからちゃんと責任取ってくださいよね」


「わかったよ」


いい加減に、後輩に惚れないための努力は諦めた。


本当は、付き合ってないけどくっついてイチャイチャできる都合の良い関係の方が楽でよかったんだけど、なんて言うとクズなので言わない。




ふーっと息を吐いて気持ちを整える。


最初は後輩と一緒にいて勘違いしないようにと自戒していた。


それは気を抜けばすぐ勘違いしてしまいそうだったから。


後輩の告白は勘違いだと否定して一度は断った。


実際にそれは勘違いだったと思っている。


だけど今、こうして同じ場所で同じ時間を過ごして、互いに同じ気持ちになったなら。


その気持ちはきっと、勘違いじゃない。






「好きだ」






「私もです」






目を見て言葉を告げると、少しだけくすぐったい。


「ロマンチックな告白じゃなくて悪かったな」


もっとこう、盛り上がるイベントを経由してから告白するべきなんじゃないかと思ったが、こんな流れになってしまった。


まあこの締まらない感じが俺らしいといえばらしいかもしれないけど。


「伊織先輩がちゃんと好きって言ってくれたので許してあげます」


「そりゃよかった」


いきなりフラれることはなかったようだ。


「そのかわり」


「んー?」


「キスしてください」


急にドでかい注文が入ったな……。


度胸を試されている、かどうかはわからないが、年上としてそれくらいの格好はつけておこう。


小海の頬に手を添えてゆっくりと顔を寄せる。


唇が触れる前に、鼻の先がこつんと触れた。


キス初心者なのがバレちまったな。


「ふふっ」


後輩がおかしそうに笑うので、俺も笑って誤魔化しておく。


そして今度こそ、お互いの唇が触れた。




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お知らせ


あと3話くらいで完結です。


よければお付き合いください。

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