31b.後輩とプール(前)

「あっちーなー」


真昼の夏に日差しに辟易しながらそう呟く。


本日は晴天なり。


前フリした通りに今日はプールに行く予定なので、そういう意味では暑いのは好都合なのだが、それにしても暑すぎである。


もう行きの途中で帰りたくなるわ。


そんな俺の気持ちに反して、隣を歩く後輩はご機嫌だ。


「プール楽しみですねー」


「俺はもう帰りたいがな」


「だめですよー、今日は付き合ってもらう約束なんですから」


「思ったんだが、水着着るだけなら俺の部屋でいいんじゃないか?」


「部屋で水着なんて着るわけないじゃないですか」


ぐうの音も出ない正論やめろ。


まあいつまで愚痴っててもしかたない。


お互いのことを知るために同じことをするっていうのが目的だでありルールだしな。


「ところで小海はプール好きなのか?」


「んー、普通ですかね?」


「おい」


「いやでも、ちゃんとプールを選んだ理由はあるんですよ?」


「なんだ?」


「わかりませんか?」


「わからん」


「それは、伊織先輩に私のことを好きになってもらうためですよ」


つまり、巨乳の水着でメロメロにさせようという算段だった。


それはもし俺が葵で見慣れてなければとても有効な作戦だったろうなと思う。


おのれ葵。


まあアイツは悪くないけど。


それに効果がないわけじゃないですけどね。


「どうですか?私のこと好きになりそうですか?」


「そうだな。水着はともかくそうやって恋に努力してる小海の姿は可愛いかもな」


「じゃあ付き合ってくれますか?」


「んー、それはまだ好感度が足りないな」


「えー」


不満そうな後輩はスルーしてプールに到着。




「お待たせしました、伊織先輩」


更衣室を抜けて、プールより前のスペースで後輩を待っていると声が聞こえる。


顔を向けるとそこには当然、水着の後輩の姿。


買うときに試着したのを見ているのでこれは二度目なのだが、試着室と屋外ではまた印象が違う。


「どうですか?」


「えろいな」


「えろっ、急に何言ってるんですかっ」


水着で悩殺って言ってたからそのつもりで褒めたんだが、選択肢を間違えたらしい。


まあこんな風に恥ずかしそうな反応をする後輩もそれはそれで悪くないものだが。


夏の直射日光に照らされた後輩の白い肌と赤い水着のコントラストが眩しい。


歩く度にゆさゆさと揺れるし、もし支えたらずっしりと重そうだ。


もうプールでのイベントは満足したからこのまま帰っていいんじゃねえかな?


「そんな訳ないじゃないですか」


ですよねー。


流石に俺も本気では言ってないけど。


「それで、とりあえずどうする?」


「伊織先輩はどこ行きたいですか?」


「そうだなー、とりあえず50mプールで体力尽きるまで泳ぎたいかな」


もちろんクロールで。


「嫌ですよ、なんでデートで来てるのにガチ泳ぎしようとしてるんですか」


「プールに来たら泳ぐしかないだろ」


「デートでは泳がないんですよ」


それはそれで極論だろ。


「そもそも伊織先輩水泳大好きって感じのキャラじゃないじゃないですか」


「まあそうだが」


だからと言って、たまには全力で運動したくなることがないわけでもないのだ。


たまに汗を流したくなる、そしてそのあと筋肉痛で死にたくなるまでがテンプレ。


あると思います。


「とにかく、泳ぐのは却下です」


「じゃあ正しいプールデートはなにをするんだ?」


「そりゃお互いの水着姿を見ながら遊ぶんですよ」


「まあ俺はそれでもいいが」


楽しくなるかは保証しないがな。


「じゃあまずあれ行きましょうか」


後輩が指をさしたのは、遥かな高みからパイプが伸びるウォータースライダー。




「お二人ですねー」


と確認してくるのはウォータースライダー担当の係員さん。


へそを出したシャツとショートパンツにサンバイザーがよく似合っている。


「どちらが前で滑るか先に決めておいてくださいねー」


まだパイプの入り口まではしばらくあるが、事前にそう言われたので後輩と相談しておく。


「どっちにする?」


「伊織先輩はどっちがいいですか?」


「んー、やっぱ後ろじゃないか」


どっちがいいというか、そっちの方が自然なイメージがある。


「なるほど、伊織先輩は後ろが好きと」


「なんの確認だよオイ」


「なんでもないですよー。それじゃあ私が前ですね」


まあ俺が前で背中に後輩っていうのも魅力的な要素があることは否定しないが。


とはいえあまり人前で鼻の下伸ばしててもみっともないしな。


「それでは次の方どうぞー」


しばらく待って順番が回ってくる。


まず後輩が前に座り、俺がその後ろに。


「離さないようにぎゅっとしてくださいね」


なんて係員のアナウンスは必要なんだろうか。


滑ってる間に身体が離れると危なかったりするのかな?


「なんだかドキドキしますね」


「そうか?」


スライダーのパイプは外が見える半円と全円の部分があって滑り出しからしばらくは全円でわずかに薄暗い。


ちなみに入り口は三か所あって、順番に出発する方式なのでまだ少しだけ待ち時間がある。


おそらく出口で危なくないように時間差をあけるための処理なんだろう。


「可愛い女子とくっついてるんですから、もっとドキドキしてくださいよ」


「可愛い女子の部分は否定しないがな」


実際に密着したらほぼ素肌でくっついているし、触れる身体は柔らかいし髪からは良い匂いがする。


ドキドキするかと言われればしなくもない。


とはいえそれで相手を好きだって勘違いしたりはしないけど。


「おっぱい揉ませてくれたらもっとドキドキするかもな」


「伊織先輩が付き合ってくれるならいいですよー」


「それは無理」


「もー、先輩は意気地なしですね」


「まあ否定はしないが」


なんて冗談を言っていると係員さんが戻ってきて自分たちの順番になる。


「それじゃあ行きますねー」


言われてから係員さんに背中を押されると、尻が坂を滑り始める。


スタート地点からの流水でだんだんと加速していくとボブスレーか何かをやっているような気分になる。


まあボブスレーとかやったことないけど。


というか結構早くてカーブの度に遠心力でぐいんってなるのがちょっと怖い。


そんな俺の気持ちと反対に、後輩は歓声を上げて楽しそうだ。


ジェットコースターみたいな物と思えば楽しくなくもないかな。


滑りながら上半身が後ろに倒れると、自然と回した腕が後輩の胸に引っ掛かって結構な密度で押し当てられるのだが、これはセーフなんだろうか?


ただまあ腕を離すわけにはいかないのでどうしようもないんだが。


途中でパイプが途切れると、ぱっと青空と眼下のプールに小さくなった人が見える。


おお、これは中々いい景色。


なんて考えもすぐに過ぎ去って、終点でパイプからプールへと投げ出されてざばーっと波が生まれる。


慣性に従ってほんの少しだけ水面を滑るような感覚はちょっと楽しかったが、それもすぐに抵抗に負けて失速沈没してしまった。


「結構速度出てましたねー」


「途中でパイプの外に投げ出されるかと思ったわ」


たぶんそうならないように安全対策はされてるんだろうけど。


「ねえ伊織先輩、もう一回やりません?」


「えー」


確かに面白かったけれど、並んだ時間に対して滑り降りるのはすぐに終わってしまってなんだか時間対効果が悪い気がする。


「そんなこと気にしてたら遊んでても楽しめませんよ。ほら」


手を引かれて不承不承に了承する。


「あと一回だけな」


「はいっ、そのあとはお昼にしましょうね」

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