11.後輩と禁断の言葉
今日は平日の夕方、バイト先。
客が全くいないので、しょうがなくキッチンから出てほとんど奇麗なままの店内を掃除していると、ぴょこぴょこと後輩が近寄ってくる。
キッチンが暇ということは必然的にフロアも暇ということで、バイトの他のメンバーも各々作業と言う名の暇潰しをしている。
そしてお客さんが来たときに対応するために居残りしているのが後輩だ。
流石に来客時に誰もいないと困るしな。
「伊織先輩、伊織先輩」
「んー」
「今日ってひ……」
「うおおおい!」
慌てて後輩の言葉を遮ると驚いた顔をされるが、それよりも優先するべきことがあった。
「うわっ、びっくりした。なんですか急に」
「お前こそ、何言おうとしてるんだよ」
「だからひ……」
「やめろや!」
再びの制止に後悔が不満そうな顔をする。
「もー、だからなんなんですか」
「お前知らないのか?」
「なにがです?」
「そういうことを言うと急に忙しくなるから言わないようにするのがルールなんだよ」
暇と言うと急に忙しくなって言ったことを後悔する。
本来迷信の類いなのだが、当店どころかネットの雑談、しまいにはドラマなんかでも見かけるネタだったりするので信仰が根強いルールだ。
変形活用として、今夜は落ち着いてますね、とか今日は早く帰れそうですね、なんてのもある。
「そういうことってお客さんがいなくてひ……」
「そうだよ!だから言おうとするなよ!」
「えー、だってそんなの迷信でしょう?」
「迷信だろうが実体験に基づいてるから語り継がれてるんだよ。逆にそれで本当に忙しくなったら責任取れるのか?」
「お店的にはそっちの方が売り上げ上がっていいじゃないですか」
「そういうのは俺たちの考えることじゃない」
店長に聞かれたら怒られそうだけど、そういうのは店の売り上げに責任を持つ立場の人間の仕事。
まあやるべきことはちゃんとやるし、給料を貰っている限りその範囲内で真面目に仕事はこなすけどな。
わざわざ頼まれてもいないのに売り上げを上げる方法を考えたり、集客に心を砕いたりはしないのだ。
「でもずっと暇だと逆に辛くないですか?」
「俺は辛くないな」
「私は辛いです」
それもわりと人によって意見が別れる仕事あるあるだよな。
忙しくない程度に客がいるのが理想ではあるけど、それはそれとして忙しくなるくらいなら暇な方が個人的には良い。
「自然にしてればぼちぼち客来るだろ」
と言いつつ入り口で客を待ってもうしばらく経っている。
店長は間違いなく裏でタバコ吸ってんなこれは。
結局店内の掃除も一通り終わってもまだ新しい客が来る気配はない。
そしてレジには相変わらずの小海の姿。
隣に並んで店の入り口を眺めると、後輩に声をかけられる。
「そうだ、先輩」
「なんだ、後輩」
「最近私手相見るのにハマってるんですよ」
「それはよかったな」
「もー、イジワルしないでのってきてくださいよ」
つまり手を見せろと言うことだろう。
だって手とか握られたら好きになっちゃうじゃん?
なんて流石に言えないので渋々右手を差し出す。
「あんまりじろじろ見るなよ」
「手相なんですから普通に見ますよ!?」
まあそうだけど。
気を取り直して後輩に手を握られると、やっぱりくすぐったい。
相変わらずの後輩の指は柔らかくて、手の平をなぞられると更にくすぐったい。
これは生命線、これは恋愛線、これは金運線、と顔は真面目なのだがいちいちなぞられるとじっとしているだけで一苦労だった。
「伊織先輩は生命線短いですねー」
「ちゃんと手首近くまであるぞ?」
「切れてる位置よりも通ってる場所の方が大事なんですよ。伊織先輩は親指に近いのでインドア派で人付き合いが苦手なタイプですね」
正解。
「恋愛運はあんまり良くないですね、あとグイグイ来るタイプは苦手」
またまた正解。
「勉強は理系が得意で、逆に感情的な思考が苦手」
エスパーかな?
「金運は悪くないですけど、あんまり貯金はせずに使っちゃうタイプですね」
当たりすぎて怖くなってきたんだが。
「あと近いうちに彼女ができますよ!」
「それは嘘だろ!」
そもそも手相ってそんな短期的な未来を占うものじゃないんじゃねえかな!
そんな俺のツッコミをスルーして、占い終えた後輩は満足げだ。
「しかし結構当たってたな」
「本当ですか?もしかしたら私占い師の才能あります?」
「そうだな」
合コンでモテモテになるくらいの才能はあると思うぞ。
「なら将来は占い師も悪くないですねー」
どこが悪くないのかはわからないが、なんとなく占い師って言われるとアラビア風な衣装が思い浮かぶな。
ドラクエ4的な。
「今度はタロットで占ってあげますね、伊織先輩」
「そりゃどーも」
実際占われたらいかんことまで当てられそうで嫌だな。
「じゃあお返しに手相見てやるよ」
「伊織先輩、手相見れるんですか?」
と言いつつ差し出された後輩の手を握る。
そのまま手相をなぞるように指を動かすと小海がくすぐったそうに身体を動かす。
やっぱりくすぐったいんだなこれ。
「ちょっと伊織先輩、くすぐったいですよー」
「手相見てるだけなんだから暴れるな」
言いながら、手の平に渦巻きを書くようにくるくると回すと、後輩が暴れ始める。
「あはは、先輩、それだめっ、くすぐったいですってっ」
なんだか楽しくなってきた。
くるくる。
くるくる。
くすぐったそうな反応を見て遊んでると、流石に手を引っ込めて怒られる。
「もう、次やったら怒りますからねっ」
「悪かったって」
怒っても迫力ないどころか可愛さがあるなんて本人には言わない。
「ちゃんと見てくださいね」
「わかったよ。あっ……」
「あっ、ってなんですか!?」
「いや、小海、恋愛運が……。やっぱやめとこう」
「なんでですか!ちゃんと言ってくださいよ!」
「えー、でも逆恨みされても困るしなー」
「逆恨みってなんですか!ちゃんと言ってくれないと怒りますよ!」
「怒るって具体的には?」
「具体的には……、こ、こらー!」
振り上げた手が全く迫力がなくて、一周回って面白さにあふれてる。
「ちょっと笑わないでくださいよ!」
「はいはい、それでなんだっけ?」
「手相の結果です!」
そうだったそうだった。
「あー、後輩の恋愛運が最悪だって。近いうちにひどい失恋するってよ」
「なんでですか!」
「なんでって言われても手相にそう出てるからなあ」
「それ本当なんですか?デタラメ言ってるんじゃなくて?」
「マジだよマジマジ、チョーマジ」
「んー……、叩いていいですか?」
「暴力反対」
非暴力非服従を主張してみたが、普通にバシバシと肩を叩かれてしまった。
「あー、これは肩折れてるわ。今日はもう帰らないと」
「馬鹿なこと言ってると今度はグーで行きますよ」
こわい!
なんて暇をもて余しすぎて全く内容が無いような会話にも飽きてきたので、大変じゃないけど時間を程よく潰せる作業でも探すかという気分になってくる。
「なんか仕事探してくるかな」
こうやって言うとなんか転職活動みたいだ。
「んー、でもやっぱり今日は暇ですね。伊織先輩」
「おまえー!」
俺がツッコミを入れたのも時既に遅し。
同時に店の入り口が開いて団体のお客さんが入ってきた。
そのあとの流れは言わずもがなだろう。
疲れた。
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次話は一行も書いてないので、投稿は明後日になるかもです。
ご了承下さい。
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