12.女友達と何もない一日

部屋でゲームをしていると、玄関の方からガチャンと音がする。


普通なら泥棒かなにかかと警戒するところだが、自分にとっては慣れた音なのでそのままコントローラーの操作を止めない。


キッチンで手洗いとうがいをして、冷蔵庫から飲み物を取り出してバタンと閉めた人物が姿を現す。


「講義疲れた~」


葵がバッグを床にドサリと落とし、そのまま俺の背後のベッドに倒れ込む。


「ちゃんと鍵閉めたか?」


「閉めたに決まってるでしょー」


ちなみに我が家のチェーンロックは鍵を持っている人間が二人いる関係でほぼ使われることはない。


「といいつつこの前鍵かけ忘れたろ」


「うるさいっ」


「いでっ」


と後頭部をペットボトルで殴られる。


理不尽だ。


まあ痛くはないけど、ペットボトルの腹の部分だし。


予想していた衝撃なのでコントローラーの操作も乱れることなくボスの攻撃を避ける。


避けて、ジャンプして、攻撃。


避けて、ジャンプして、攻撃。


それを何度が繰り返してボスを倒す。


やはりバッタは狭間の地にて最強……。


ノーダメージでボスを倒した達成感に浸っていると、後ろから服を着替える気配と共に声をかけられる。


「今日晩御飯何にする?」


「んー、どうすっかな」


時間は午後五時。一般家庭ならそろそろ夕食時だろうが、堕落した大学生にはまだ早い時間だ。


とはいえ予定を決めておくに越したことはないので、候補をあげる。


「牛丼」


「んー」


「天丼」


「んー」


「カレー」


「んー」


「お好み焼き」


「んー」


「ステーキ」


「んー」


「回る寿司」


「んー」


「ラーメン」


「んー」


「うどん」


「んー」


「ファミレス」


「んんー」


「パスタ」


「それだ!」


「パスタかー。まあ良いけど、財布の中身大丈夫か?」


食いに行く場所によって値段が変わるが、大体パスタは中段くらい。


大学生のお財布にはキツすぎはしないが優しくもないレベルだ。


「あたしは平気。伊織は?」


「俺もまあ大丈夫かなー」


「じゃあ決定で、いつものところでいい?」


「んー、たまには別のとこ行くか?」


大学も二年目ともなれば周囲の目ぼしい飯屋はあらかた開発し尽くして、少し遠くに足を伸ばしてみたくなるものである。


「じゃあこの前夏海に聞いたところにしよっか、ちょっちまっちょね」


言った葵がタブレットの電源を入れ、しばらくしてからそれが差し出される。


「あー、いいじゃんいいじゃん」


映っているのは店のホームページ。


あと切り替えると写真付きのレビューがいくつか。


そんなに気取った感じではなく値段もリーズナブルだけど量は多そうでとても期待させてくれる。


評判も良さそうだしな。


「何時ごろ行く?」


ちなみに営業時間は九時までとのこと。


「んー、まだそんなにお腹空いてないから、八時くらいでいいかなー」


「じゃあまだゲームできるな」


勉強しろ?


ははっ。


ということで一人用のゲームを終了させていつもの格ゲーを起動する。




「ざーこ、ざーこ、ガードすかすか、下段見えてない」


「うっせ!」


このままだと不利なのでワンチャン技を無理やり差し込んでそのまま攻めに移行する。


「ちょっとその害悪技一生擦ってるの止めなさいよ!」


「一生擦られてるの分かってるんだから抜ければいいんだぞ?ん?」


まあ分かってても簡単に抜けてこられないから害悪技なんだが。


「伊織さんちょっとコンボミスりすぎなんじゃないですかー?」


「葵さんほどじゃないですけどねー?さっきも勝ち確の所落として逆転されたじゃないですかー」


「あたしのキャラはコンボ難易度高いですからー」


「それで負けてたら苦労しないですけどねー」


「カッチーン」


あったまった葵の動きが強引になり、そのわかりやすい動きを咎めると更にあったまる。


パターン入った。


YOU WIN.


「ま、こんなもんだろ」


やっぱり平常心が大事ね。


「ちょっと、もう一回!」


「はいはい」




三時間後。


ゲームやってるとビックリするくらい時間がすぐ過ぎるから驚くわ。


「そろそろ行くかー」


ゲームを中断して腰を上げると、先に休憩でベッドにゴロゴロしていた葵が仰向けになる。


「起こしてー」


と手を差し出されたので、近くに立ってどっこいしょと引っ張り起こす。


最近女子の手を握る機会が多いな、いや後輩には先に握られたんだけど。


なんて考えていると、目の前至近距離に立っている葵が俺の様子をいぶかしむ。


「なに?」


「葵は手小さいのな」


「そう?」


とっさに出た言い訳だったが、特に疑われる様子はなく、葵が手をくっ付ける。


手首側を揃えて、おおよそ第一関節分ほど、俺の方が手がデカい。


「なんか生意気」


言った葵が指に力を込めてぐいっと曲げると、仰け反った俺の指がミリミリ軋む。


「指が折れるからヤメロォ!」


手のサイズ的にも握力的にもこっちの方が有利なはずだが、先制攻撃には勝てなかった。


やはり先手必勝か。


「バカなことやってないで早く行くわよ」


「自分でやってきてこの言い種である」


「なにか言った?」


「なんでもー」


誤魔化して出掛ける準備を始めてから、それとなく聞いてみる。


「こういうの気にしないのか?」


「こういうのって?」


「こういうの」


手をにぎにぎするジェスチャーをすると、こっちの質問の意図を察する。


「別にー、今更でしょ。手を握るのに緊張するなんて中学生じゃあるまいし」


ということは、やっぱり後輩とフラグがたったりしてる訳じゃないんだな。


よかったよかった。


「伊織、鍵持った?」


「とーぜん」


「じゃ、行ってきまーす」


「行ってらっしゃい、って言う相手はいないけどな」




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ブクマ100ありがとうございます!


次は今日更新予定です!

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