06.後輩と今度一緒に
「おはようございまーす」
今日はシフトの入りより少し早く来すぎてタイムカードを押す前に休憩室でゆっくりしていたら学校の制服に身を包んだ後輩があとから現れる。
後輩の制服姿は定期的に見るのだが、夏本番を前にした今の時期は特に半袖のシャツから延びる腕と短いスカートから延びる生足が眩しい。
自分が高校生の頃は大学生はずっと大人に見えたけど、自分が大学生になってみると高校生は普通にかわいいんだよな。
いや、俺が高校の頃から全く成長してないという訳ではなく。
多分世の中の大学生もみんなそう思っていると思う。
きっとそうに違いない。
「伊織先輩、なに見てるんですか?」
と後輩が今日は隣には来ずに、テーブルの向かいから後輩が俺の手元の冊子を覗き込んでくる。
テーブルに開いて置かれたそれは、店に置いてあるフリーペーパー。
内容は街の観光スポットや新しくできたお店なんかが紹介されている。
まあ大体俺には縁のない場所ばっかりなんだけど。
それはそれとして、そういうのを眺めるのはわりと嫌いじゃなかった。
暇だし。
スマホを使えば無限に時間をつぶせるが、それはそれとして時間をつぶすためだけにスマホを弄るよりはこうやって別の媒体に興味を伸ばすのも悪くはない。
今見ているページは右に映画館、左にカラオケ屋の広告とクーポンが付いている。
「伊織先輩はカラオケとか行きます?」
「あんまり行かねえなー」
頻度で言ったら月に一回か二回くらい。
理解度が高い知り合いとしかいかないから、付き合いで行くようなのはないけど。
ほぼ男どもで、基本的にイントロが流れ出して数秒で、なんの主題歌か当てるような面子ばかりだ。
「私は結構行きますよー、月に一回か二回くらいですかね」
「え?」
「え?」
高校生と大学生の交遊の意識の差に、思わず聞き返してしまった。
そうか、高校生は飲みからそのままカラオケ行って朝に帰って寝たりしないんだもんな。
「まあ楽しいよなカラオケ」
「ですねー」
さてここからどういう曲歌うんですか?なんてトークに進むのが一般的な世間話かと思われるが、俺と小海じゃ趣味が合わないというか、そもそも話が合わないのが目に見えてるのでそこはスルーして会話の流れを直角に曲げる。
ページを戻ったページにあるのはジューンブライド特集。
結婚式場でウエディングドレスとタキシードの恋人同士が向かい合って指輪交換をしている。
いや、本当のカップルじゃなくてやとわれのモデルだけど。
「ウェディングドレス奇麗ですね~」
「そうだな」
「あれ、伊織先輩は『ジューンブライドなんて結婚式場の陰謀』とか言いそうですけど」
「お前は人のことを何だと思っているんだ」
なんて言っても完全に否定するほど的外れな意見でもないけど。
「ウェディングドレスって衣装はどの季節でも奇麗だからな。どうせ自分が結婚式あげるわけでもないし」
というか自分が結婚するとか別の世界のお話過ぎて実感が全くないので、一周回って別の世界の話として楽しめるのはある。
アプリのウェディングガチャとかよく回すし。
「私はやっぱり自分で着てみたいですね~」
「まあ小海ならそのうち着れるんじゃないか」
結婚早そうだし。
「私は可愛いからすぐ結婚できるなんてそんなに褒めても何も出ませんよ~」
そこまでは言ってねえ。
まあ似合いはするだろうけどな、ウェディングドレス。
なんて俺の感想には関係なく、後輩は未来の自分の姿へと想像の翼を羽ばたかせているので無視してフリーペーパーに視線を戻す。
新しくできたパン屋、おしゃれなカフェ、最近話題のお寺 (ホントかよ)、お祭りの告知、まとまったいくつかのバイト紹介。
そこからページを再びめくって出てきたのは、ゲームセンターの紹介。
「おっ、新しい筐体入ったんだな」
と紹介されている新しいアーケード筐体を見ていると、後輩が妄想から帰ってくる。
「伊織先輩はゲーセン行ったらなにするんですか?」
「格ゲーと音ゲーだな。小海はUFOキャッチャーだろ?」
「よくわかりましたね、あとプリクラも撮りますよ」
「スマホがある今の時代でもプリクラとか撮るんだな」
まあゲーセン通ってればコーナーがあるのは知ってるんだが、男子禁制なのも相まって内情はさっぱり知らない。
「最近は取ったプリクラをスマホで取ったり、データをそのまま送れたりするんですよ」
「へー、……、ただの二度手間では?」
「もー、わかってないですねー伊織先輩」
わかんねえしわかる気もしないわ。
まあ世の中はわからないことはわからないままにしておいても丸く収まる場合もあるので気にしない。
「というか伊織先輩音ゲーとかやるんですね」
「やるぞ、ドラムとかギターとか」
「似合わないー」
「言うな」
実際ゲーセン行くと楽器やってそうな人間よりオタクの方が遊んでる割合多いんだぞ。
「というか実際の楽器とゲーセンにあるのは別物だしな。本職が触ると逆になんだこれってなるらしいし」
ってドラムやってる友人が言ってた。
「へー、そうなんですね」
「まあ自宅で洗濯機回してる奴は見たことないから知らないけど」
「洗濯機?」
「洗濯機を回すんだよ、ゲーセンで見たことないか?」
「ちょっと何言ってるのかわからないですね」
「そっか……」
身内の鉄板ネタが伝わらなくてしょんぼりしてしまうのはオタクの悪い癖だろうか。
「あとはダンレボだな。あれはいい運動した気分になれる」
「それなら私もやりますよ!」
へー、と思うと同時に、今みたいな制服姿で遊んでたらスカートの中身が見えそうだななんて思ってしまったのは仕方ないことだと思う。
キモイ?はい、すみません。
「連コすると結構汗だくになるんだよなー」
「でも消費カロリー表示されると全然で絶望するんですよねー」
「あるある」
おにぎり一個分どころかチョコレート一欠片分くらいだったりするしな。
あれで本当にダイエットしようとしたら脂肪の前に財布が薄くなる。
まあ普通に遊んでも楽しいからいいんだけど。
「それじゃあ今度一緒に遊びに行きましょうよ、先輩」
「おー、いいぞ。一緒に洗濯機回そうぜ」
「いや、それはいいですかね」
「なんでだよ!」
俺の突っ込みに小海がクスクスと笑う。
「わかりました。でもその時は、伊織先輩が奢ってくださいね」
「1000円までならな」
「やった」
ガッツポーズする後輩がかわいい。
「それじゃ、着替えてきますねー」
「ごゆっくりー」
後輩を見送ってんー、と息をつく。
楽しく話していたのはいいのだが、一人になって少しだけ冷静になった。
今度一緒にって、大抵実現しないんだよな。
個人的な経験として、具体的に日付を決めない約束の達成率は、行けたら行くって言った奴が実際に来るときくらいの確率だ。
昔一度、「そういえばこの前の話だけどいつ行く?」って聞いたら、「あれもう行ってきちゃったよ?」ってクラスの女子に返されたこともあった。
なんて思い出したら嫌な汗かいてきた。
まあ基本的には悪意とかではなく、本当にタイミングと巡り合わせが良ければ行くことになるかもしれない、くらいの共通認識なのだけど。
わりと、人間関係を体験していく度に感覚が掴めてくる暗黙の了解みたいなもんだよな。
仲が良い知り合い同士でも発生したりするし。
まあ俺がやらかした時は、そのあとクラスの女子の間でヒソヒソと噂されてたけどな!
死にたい。
なんて考えていたら、通りかかった店長に声をかけられる。
「伊織もそろそろタイムカード押せー」
「はーい」
気付けばもうすぐシフト入りの時間だ。
ということで、楽しいお仕事タイムのはじまりはじまり。
さーて、お仕事頑張るぞ!(現実逃避)
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次回は葵と青椒肉絲を食べます
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