07.女友達の作る青椒肉絲は美味い
コンボ練習をしていると、キッチンからトントントンと包丁のリズミカルな音が聞こえる。
それからジャーッ!とフライパンで油と水分が焼ける音がして、エプロンを付けた葵が姿を現す。
ちなみにエプロンは葵が自前で用意して以来、ずっとうちにおいてあるもの。
普段料理するときも毎回着けるわけじゃないが、今日は薄着なのと油が跳ねるのを警戒したので装備していたようだ。
「おまたせー」
と出てきたのは青椒肉絲(チンジャオロース)。
葵が急に食いたくなったと言って素材を買って帰ってきて、そのまま自分で作ったもの。
大皿に載った山盛りのそれは、お店で出てくる一人前の五倍くらいあるが、余ったら冷蔵庫に突っ込んでおけばいいので俺もわざわざツッコんだりはしない。
「それじゃあいただきます」
「はいどーぞ」
テーブルを挟んで座布団に腰を下ろした俺と葵はお互いに手を合わせて、食べ始める。
牛肉の肉汁にピーマンの苦みとタケノコの食感がアクセントになって、なんかもう直球で美味い。
以前にも何度か食べたことがあったが相変わらず葵の作る青椒肉絲は無限に飯が進む。
気付けば茶碗の中は空っぽになっていて、追加の白米をよそうために腰を上げる。
「おかわりいるか?」
「よろしく~」
と葵もお代わり希望で茶碗は二人分。
たぶんまだ炊飯器の中身は足りるだろうとキッチンで蓋を開けるがやっぱり問題なさそうだ。
ちなみに葵が自分で持ってきた茶碗は俺のそれよりも一回りサイズが小さい。
俺よりよっぽど日常の運動量が多い葵でも食事の量はそれに比例しないのは、体格体重からくる基礎代謝の差が原因なのだが結構不思議なものだ。
別に俺が食い過ぎで太ってるわけではなくな。
「あいよ」
「さんきゅ」
リビングに戻り葵に茶碗を返して食事続行。
うまい、うまい!
なんて量を気にせず食べていたら、いつの間にか青椒肉絲の皿は平らになっていた。
食いすぎた……。
白米と合わせて明らかに一日の適正摂取カロリーを大幅オーバーしたので、流石にちょっと反省。
やっぱり葵の青椒肉絲が美味すぎるのが悪いよなぁ。
なんて責任転嫁をしてもしょうがないので、明日になったら運動をして帳尻を取ろう。
明日から本気だす。
「ほんじゃ洗ってくる」
と茶碗と箸を受け取って重ね、そのままキッチンの流しで油汚れが残らないようにスポンジで洗う。
食後の洗い物はどちらがするか決まっているわけではないが、基本的には調理してない人間が担当することが多い。
そうじゃない時は空気の読み合い、もしくは押し付け合いでどうにかしているけど。
その後リビングに戻ってきてどっこいしょと座布団に腰を下ろす。
葵は座布団に腰掛けたまま、ソファーに肘を預けてテレビを眺めていた。
「葵は料理上手いよな」
「まあ伊織よりはマシだと思うけどね」
俺の料理の腕前は前に語った通り、基本肉と野菜に味付けて食えればいいってレベルだからな。
それに比べて葵はちょっと捻った料理も定期的に作っている。
きっかけは漫画で見たとか急に食べたくなったとか気まぐれだけど。
「出されたもんで不味かったことは一度もないしなー」
「そもそもレシピを無視してオリチャー走ったりしなければ不味く作る方が難しいでしょ」
「それも料理によると思うが」
「まああたしもそんなにめんどくさいものは作らないし、伊織ほどじゃないけど」
そもそも俺は一ヶ月くらいなら毎日同じものでも飽きないので、レパートリーに変化を求める必要がないのだ。
「一時期本当に一ヶ月毎日カレー食べてた時は正気かと思ったけど」
あの頃は逆に自宅でカレー以外を食う理由が見つからなかったんだからしょうがない。
「お前だって定期的に食べに来てたじゃねーか」
「むしろ別の物を食べるために一時的に帰ってたって方が正確だと思うけど」
まあ当時の葵は連続で遊びに来ても、カレーを食うのは三日に一回くらいで他は外食なので調達していたのでその理屈は正しかったかもしれない。
もう結構前のことなので記憶が曖昧だ。
「流石にもうちょっと偏食直したほうがいいわよ」
「偏食じゃねーよ、むしろなんでも食うからわざわざ食う物を変える必要を感じねえだけだよ」
「それがおかしいって言ってるんでしょうが」
もしおかしいとしても、それで実害を被ったことがないから直す理由がないんよな。
誰に迷惑かけるでもなしに、困ることと言ったら将来結婚した時くらいだろうけどそんな予定もないしな。
「まあ俺の飯に飽きたらお前が作ればいいだろ」
「それね」
実際俺が一ヶ月カレー生活を終えてからは、ずっとそうしてきたわけだし。
普通に外食もするけどな。
一時期は近所の飯屋の開拓にハマって二人で食べ歩いたりもしたし。
あと葵はコンビニスイーツなんかもよく買ってくる。
「そんな話してたら甘い物食べたくなってきたわね」
「なんかあったかー?」
チョコレート、クッキー、飴玉、お得用セットプリン、バナナ、箱アイス、はちょうど切らしてたんだった。
「プリンかな」
「異議なし!」
ということで俺が再び冷蔵庫まで行き、プリンをふたつ、スプーンをふたつ持って戻る。
逆さにしてお皿に落とすとかもやらないこともないけど今日はそういう気分じゃないのでパス。
「ありがと」
「どーいたしまして」
手渡してから腰を下ろし、蓋を開けてスプーンでひと掬い。
あんまーい。
その甘味を一口二口と堪能していると、葵がスプーンでテレビを指す。
「この映画面白そうじゃない?」
「んー?」
葵が見ていたのはテレビに流れるCMで、先週公開になったアクション映画だ。
公開前から話題になってたのは知ってるが、そういえば詳細は知らなかったな。
ということでワイヤレスマウスでPCを操作してモニターに公式サイトを立ち上げる。
ちなみにテレビとPCモニターは壁際に並べて置かれている。
PCデスクの上にあるだけモニターの方が一回り小さくて位置高いけどね。
映画の内容はアクション映画で、特にド派手でヤバそうなアクションが見所らしい。
たしかに葵好みの映画だな。
主演俳優と助演俳優がどっちも筋肉モリモリマッチョマンなので、その時点でアクションには期待できそう。
「結構面白そうだな」
「でしょ?」
ちなみに検索したタイミングで、脇に表示されるレビューサイトの点数も★★★★☆となっていて結構高かった。
別に頼んでないのに検索エンジンがレビューサイトの評価見せてくることの是非は置いておいて、見てみたら金払ったのを後悔するような出来ではなさそうだ。
「近くでやってる?」
「ちょっと待て」
ページのtheater(シアター)の項目からリンクを飛び、自分の地域の映画館を探す。
「いつものとこでやってるな」
「じゃあ見に行くの決定ね」
ちなみにいつものところというのは、俺と葵が映画を見に行く時に一番使っている映画館。
まあこの辺で一番デカい系列店だから、利用頻度が上がるのは自然な流れだけど。
サイトに映画館へのリンクがないので検索エンジンから飛ぶと、上映スケジュールは9時台、11時台、14時台、16時台、19時台、21時台。
「今からでも行けるわね」
「まあ時間だけ見ればな」
上映開始は21時過ぎ、今から行けば普通に間にあう。
明日は平日で上映終了は23時過ぎだが、講義自体には特に問題はない。
「…………」
他にも何かあるかなと考えてみるが、特には思い付かなかった。
「よっしゃ、行くか!」
「そう来なくっちゃ!」
俺と葵が超速でプリンを片付けて出掛けるために同時に立ち上がる。
特に用意するべきものもないので、財布とスマホと家の鍵だけ持って、決めてから40秒で家を出た。
ある意味こんなふうに、ノリと勢いだけで生きているのも大学生の特権かもしれない。
「それじゃあ、レッツゴー!」
まあこの後映画が予想以上に面白くて、テンション上がりすぎて夜更かしした結果翌日の講義が酷いことになったのだが、それはまた別のお話。
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次回は女友達の話か後輩の話か、悩み中。。。
多分更新は明日です。
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