08.後輩と外で遭遇

バイトの前、大学終わりから少し余った時間で本屋に来ている。


久しぶりに手に取った漫画雑誌をパラパラと捲りながら、この漫画まだやってたんだなー、なんてある意味失礼なことを考えているといると、隣に人の気配がして気持ち距離を開ける。


すると何故かその相手が一歩距離を詰めてくるので、また距離を開けるとまた距離を詰められた。


いや、なんでやねん!


と心の中でツッコミながら流石に顔をあげると同時に、その人物と身体の側面がくっついた。


「なんだ小海か」


「もー、伊織先輩気付くの遅いですよ」


怒った様子の小海の顔が近い。


「後ろ通ったり棚の向こう側で手を振ったりしたら気付いてくださいよ」


「いや、雑誌見てて気付くわけねえわ」


眼の前の棚は顎の高さくらいなので真っ直ぐ前を見てれば向こう側にも気付くが、本に視線を落としていればどう考えても無理である。


雑誌パラ見してるだけで気付かなかったんだしな。


まあ後輩が向こうで手を振っている様子は結構愉快だったろうから勿体ないことをしたけど。


「それでなんでくっついてるんだ」


顔が近いのは俺と後輩の身体の側面が、肩から腰を抜けてくるぶしまでピッタリくっついているのが原因で、なんでくっついているかの原因は不明である。


「伊織先輩が全然気付いてくれないからです」


「訳がわからん」


特に理由はないようなので一歩距離を離してお肌の触れ合い通信を切断する。


「小海はこんなところで何してるんだ」


「当然、本を買いに来たんですよ?」


「小海が本を……?」


「あー、先輩失礼ですね!私だって本くらい買いますよ!」


言ってカツカツと別のコーナーに歩いていく後輩を追うべきか若干迷う。


でもこのまま放置で帰ったら間違いなく面倒だろうな。


ほんの少しだけ迷って結局後輩の後を追うと止まったのはすぐ近くの女性向け雑誌コーナー。


本っていうか雑誌じゃねーか!


と、ここが店の中じゃなければおそらく声に出して突っ込んでいた。


そんな俺の内心にも気付かず、後輩がうーん、と真剣な顔で悩んで面出しされてる表紙の見える上の棚から、背表紙を見えるように並べられている下の棚へと視線を落とす。


そのまま本棚をすーっと指でなぞって、その中の一冊の角に指をかける仕草を見てふと思った。


「小海の指、綺麗だな」


「え、そうですか?えへへ、ありがとうございます」


出しかけた指を見て照れるように笑う後輩。


言ってから気付いたが、なんだかナンパクソヤローみたいな言動だなと自分で気付いてしまった。


「やっぱ今の無しで」


「なんでですか!?」


「綺麗とか言うのキモいだろ」


「まあそれはそうかもしれませんけど」


肯定されちゃったよ。


「でもそれって人によるんじゃないですかね」


まあ言う方と言われる方の関係次第でセクハラかそうでないかのラインも変わるしな。


それが相手次第だから踏み込まないのが安牌なだけで。


「私は伊織先輩にかわいいって言われたら嬉しいですから、もっと言ってくれていいですよ」


こっちをわずかに見上げながら視線を重ねてのその台詞は殺し文句過ぎて、俺が防御耐性持ちじゃなかったら即死してたぜ。


そもそも綺麗とは言ったがかわいいとは言ってないなんて理屈を無視する破壊力だった。


「また今度な」


「えー、今すぐもう一回言いましょうよ伊織先輩」


「絶対に嫌だ」


そのあともブツブツ文句を言う後輩をなだめるために、話を逸らす。


「それで、どれを買おうとしてたんだ?」


「あっ、これです」


と、後輩が棚から抜き取った一冊の雑誌を両手で持ってじゃーんと見せてくる。


「本じゃなくて雑誌じゃねーか」


「雑誌も本ですよ!」


それについては諸説あると思われるが、少なくとも俺の中で雑誌は本ではない。


「じゃあそういう伊織先輩は何買うんですか」


「俺はほら」


持っているのはラノベが一冊、漫画の単行本が二冊。


「漫画じゃないですか」


「ラノベもあるだろ」


「???」


マジか。


ラノベが通じないことに文化の違いを感じて愕然としたが、そもそもラノベが本に入るかというのも諸説あるので拘ってもしょうがないなと思い直す。


「そもそも今日は本を買いに来たわけじゃないからな」


「そんなのズルじゃないですか」


「嘘は言っていない」


まあ本当に一般小説も買うから嘘は言ってない。


流石に小説も本じゃないって言われたら全面戦争不可避だけどな。


「とにかく細かいことは気にするなよ」


「そもそも伊織先輩が言いだしたんじゃないですか」


「そうだっけ?」


そうだった。


「んで、他になにか買うのか?」


「そうですねー」


と、思考のターンに入る後輩。


ふと自分のスマホで確認をすると、バイトに行くのにいい時間になっていた。


そいや、会計済ませないとな。


手に持っている本は(面倒なので本じゃないだろってツッコミはナシで)当然未会計で、紙袋に入っていない。


そういえばどうして本屋って紙袋が基本なんだろうな。


会計の時に店員さんに聞いてみるか、いやググった方が早いな。


なんて考えながら後輩に声をかける。


「じゃあまたバイト先でなー」


そのままくるりと振り返ると、後ろから呼び止められた。


「ちょ、ちょっと待ってくださいよ」


「どうした?」


「バイト行くんですから一緒に行きましょうよ」


「その発想はなかった」


マジでなかった。


「じゃあどの発想ならあるんですか……」


だって一緒に帰って噂されると恥ずかしいし……。


っていうのは冗談だけど。


女子と一緒に歩く機会なんて最近ほぼなかったし、まずそういう思考回路がなかった。


葵?


あいつは女子じゃないから。


っていうのは暴論だけど実際葵のことは異性として見てないし、葵も俺のこと異性として見てないしな。


まあそれ言ったら高校生を異性として見てるのもどうなの?って話になるけど。


しょうがねーじゃん、可愛いんだから。


あと恋愛強度で言ったら俺より小海の方がよっぽど強いだろうしな。


つまり多少の年の差はノーカンといえる。


……、言ってて虚しくなってきた。


「伊織先輩?」


「ああ、おう。じゃあ一緒に行くか」


「はいっ」


ということで結局追加で雑誌を手にとることはなかった後輩と二人で並んでレジまで行き、会計の列に並ぶ。


「伊織先輩、伊織先輩」


「ん?」


「これも一緒に買ってくれてもいいですよ?」


これと提示されたのは小海の持っていたファッション誌。


「断る」


「どうしてですかー」


「むしろなんで俺が金出すと思った?」


「だって私が可愛くなったら伊織先輩も嬉しいじゃないですか?」


地味に否定できねえ……。


恋愛感情とか関係なく、かわいい女子が居ればそれだけで嬉しくなる。


男とはそういうものである。


なのでこの話はまともに受けたら危険なので斜めに弾かないと。


「……、そもそも俺の前じゃ学生服か制服しか着ないだろ」


「やだなー伊織先輩、服装だけがオシャレじゃないんですよ?」


たしかに洋服以外にも化粧や髪型もそうだろうけど、女性向けファッション誌を読んだことないからそういう内容が一まとめで同じ雑誌に載ってるのかも知らねえわ。


「そもそも小海がかわいくなっても別に俺は嬉しくない」


「顔に嘘だって書いてありますよ?」


「書いてないだろ」


「書いてありますよ、右の頬っぺたに」


「実際に!?」


思わず手で頬を擦る。


「やっぱり思ってるんじゃないですかー」


これは完全に一本取られた、と思っていると「お次のお客様どうぞー」、と店員さんに言われて何とか会話を打ち切る。


気分はゴングに救われたノックアウト寸前のボクサーだったわ。


「お会計別でよろしいですか?」


「別で」


「一緒で」


どさくさにまぎれて後輩が会計を通そうとするのをブロックする。


「別で大丈夫です」


こんな面倒な客にも笑顔で対応してくれる店員さんマジ天使。


「ありがとうございましたー」


と後輩も会計を済ませたので、そのまま並んで店を出る。


「じゃあ仕事に行きますかー」


今からまっすぐ迎えば丁度良い感じに店に入れる。


「もうこのまま帰りたいですねー」


「それな」


買った漫画も読みたいし。


なんて言っても帰れるわけがない(というか帰ったら店長に殺される)ので、俺と後輩は素直にバイト先へと歩き始めた。




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次回は女友達と、大学の中が舞台です。

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