35b.部屋の中はひとりきり

「対よろー」


『対よろー』


マイクに向かって声をかけると、スピーカーから声が聞こえてくる。


対よろとは『対戦よろしくお願いします、今からお前をぶちのめす』の略だ。(※嘘です)


アケコンを握ってモニターに表示されている格ゲーを注視する。


キャラセレクトを終えて、自キャラを動かすと同時に観察する相手キャラは直接相対しているわけではないのに呼吸が読める。


読めすぎると、逆にどうやってその予想を外すかという部分に比重が上がってくるのだが、それがまた難しい。


軽く牽制しつつ押したり引いたりしていると、向こうから声がした。


『そういえば後輩ちゃんとはどう?』


「どうって言われてもな」


葵に鍵を返してからまだ数日である。


小海と会ってはいるが特筆するようなことは起きてない。


当然、まだ振られてもいないぞ。


『なんだつまんない。エッチとかしてないの?』


「してねーよ」


声のトーンを変えずにそう答えたが、同じタイミングで前ステップしてきた葵のキャラに掴まれた。


投げからのコンボにゴリゴリとHPが減る。


「おい、ずるいぞ!」


『なにがー?もしかして童貞だからエッチは話題に動揺しちゃったんですかねー?』


「ぐぬぬぬぬ」


これ以上異議申し立てをすれば完全に葵の言い分を肯定したことになる。


まあ実際童貞なんだけどさ。


なんて思っているうちにコンボは途切れ、起き上がりからの反撃を狙うがHP4割のビハインドは大きすぎた。


ボトリと倒れる自キャラを見ながら次のラウンドはどう立ち回ろうかと頭を巡らす。


『まあでも、彼女できたんだからそのうち童貞も捨てられるでしょ』


「さあ、どうだろうな。小海はまだ高校生だし」


『高校生だからって無駄に手を出さずにいると呆れられて捨てられるわよ』


「未成年に手を出したら犯罪だろ」


『バレなきゃ犯罪じゃないのよ』


コンプライアンス的に危なすぎる発言である。


まあ場合によっては事実でもあるけど。


『それに手を出さないのが誠実さなわけじゃないからね』


一理ある、かもしれない。


「ん、LINEだ」


2ラウンド目をこなしていると、視界の隅でスマホの画面が明るくなって通知が表示されている。


ゲーム中なので文字までは読めないが。


『出ていいわよ』


「通話じゃないから問題ない。つーか手を離したら普通に殴るだろ葵」


『いやいや、そんなことしないわよ。まあでも、一度までなら誤射かもしれないわね』


「その一度ってワンパンに見せかけてワンコンボとかいうオチだろ」


『まさか、ワンラウンドよ』


「なおひでえわ!」


なんて言ってる間に距離が詰まり、前ジャンプを狩ろうとしたらミスってそのまま削り殺された。


「ちょっと休憩ー」


『んー、飲み物とってくるわね』


「いてらー」


葵を送り出してからスマホの画面を眺める。


内容は夏祭りの誘いで、『わかった』と返信しようとしてもうちょっと文章水増しした方がいいかなとちょっとだけ悩んでから文面を書き直す。


葵相手なら『おk』とかでいいから、どれくらいの短さで許されるのかわかんねえなこれ。


まあそもそも俺があんまりLINE得意じゃないのもあるけど。


今度誰かに相談しよう。


もちろん葵以外に。


『ただいもー』


「おかいもー」


戻ってきた葵とキャラ選択をして、再びラウンド開始の合図が響く。


『それで後輩ちゃんなんだって?』


「んー、デートのお誘い」


『ででで、デート!?伊織が!?』


「今日イチ失礼なセリフだな!彼女いるんだからデートくらいするだろ!」


『まあたしかにそれはそうね』


むしろデートしないなら恋人となにするんだって話である。


『エッチ?』


「だからそのピンク色の発想をどうにかしろと」


『でもしたいでしょ?』


「そりゃできることならしたいですけど!」


俺も男なので!


『あはは、素直でいいじゃない。その調子でがんばりなさいよ』


「言われなくても」


がんばるわ。


いや、エッチすることをじゃなくてな。


『あとエッチしたら報告待ってるから』


「しねーわ!」


言うと同時に、俺のキャラが昇竜で打ち上げられた。


今日はもうだめだなこれ。


もういくらやっても負け続ける未来しか見えなかったので、早々に協力ゲーに方向転換しようと頭の中を切り替えた。




★☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆


次の話は投稿しばらくかかります。


気長にお待ち下さい。

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