b.後輩ルート
25b.後輩と誕生日デート
「おつかれさまです、伊織先輩」
「おつかれ、小海」
バイト終わり。
見計らったように後輩に声をかけられる。
「先輩、今日がなんの日だか覚えてますか?」
「ダスティンホフマンの誕生日?」
「誰ですかそれ」
「えっ?」
ダスティンホフマン伝わらないとかマジかよ、という俺の驚きをよそに後輩は不満げだ。
「もー、本当に覚えてないんですか?」
「いや、小海の誕生日だろ?」
「覚えてるならなんでボケるんですか!」
「素直に言ったらつまらないかなと思って」
とりあえずボケておけという関西人の精神が、俺の魂にはたまに宿っているのだ。
「そこは素直に答えていいんですよ。まったく、お詫びに今日はこのあと付き合ってくださいね」
「それは別にいいが」
別にいいが、マジで誘われているのか。
俺のまた今度が本当にくる確率0%神話が崩れてしまった。
まあ別に困りはしないんだけど。
その程度で勘違いしたりはしないしな。
「それでどこ行くんだ?」
「そうですね、まずはモール行きましょうか」
「あいよ」
ということで、並んで店を出た。
夏の日の入りは遅く、バイトを終わってもまだ西の空が茜色に燃えている。
当然未だに気温も高く、道を歩いているだけで汗がこぼれてきそうだった。
「今日もバイト疲れましたねー」
「そうだなー」
木村が気まずくなったのかバイトを辞めてしまったのでシフトが無駄に忙しくて大変だ。
店長は新しく人が入るって言ってたけどそれも今すぐというわけにはいかない。
あと人が増えても仕事覚えるまでは結局楽にならないしね。
夏休みなのもあるし早く増えてくれると嬉しいんだけど。
「それで、プレゼントは何が欲しいんだ?」
隣に歩く後輩へ聞くと、不満そうに口を尖らせる。
「それは先輩が決めてくださいよ」
「そうだな、やっぱり形に残らない物がいいよな。食べ物、美容品、化粧品、あとは日用品とかかな」
俺一人だと食べ物くらいしかまともに選べないが、今日は本人が一緒にいるので問題ない。
一番ベタなのは入浴剤とかか。
「えー、でも私は残る物でも良いですよ?」
「でも残らない物の方が選ぶの楽だしなー」
使ったら無くなるから、いらないorいらなくなった時の心配もないし。
「わかりました、じゃあ残るものにしましょう」
「なんでだよっ!」
「だって伊織先輩が楽だと悔しいじゃないですか」
嫌がらせかな?
「私のことを考えて、たくさん悩んでほしいってことですよ」
やっぱり嫌がらせでは?
とはいえここで抗議しても始まらないのはわかっているので、しょうがなくモールの中を徘徊し始める。
店に入らずにまず歩きながら指差し確認。
「本とかどうだ?」
「興味ないです」
マジかよ。
「じゃあ映画のDVD」
「うちDVD再生できないですよ」
マジかよ。
「北海道銘菓ひよこ」
「残らないやつじゃないですか」
「入浴剤」
「悪くないですけど残らないですよね」
「アロマキャンドル」
「次残らない物挙げたら怒りますよ」
んー。
「指輪?」
「いや、指輪て。それ完全に付き合ってるふたりのプレゼントですからね?」
「ハートのネックレス?」
「失敗プレゼントの筆頭!」
なんか男が選びがちだけど女が受け取るとクソダサいってなるプレゼントの筆頭らしいねハートのネックレス。
まあ実際によくあることなのかそういうネットだけのミームなのかは知らないけど。
そもそもアクセサリープレゼントする機会なんてないしなー。
なんて思いつつも店頭を流し見しつつ徘徊。
「おっ、これなんて良いんじゃないか」
と見つけたのは女子向けのショップで通り沿いに並べられているヘアピン。
花や星の飾りの付いた物からアルファベットの形の物、二等辺三角形のやつなど色々並んでいる。
他にもハサミの形の物とか魚の骨の形の物とか、見ているだけでもわりと楽しい。
あとなにより、ヘアピンなら外で使う気にならなくても家で髪が邪魔な時に使えるのが良いよな。
「んー、伊織先輩はどれが良いと思いますか?」
「俺はこれかな」
指差したのは、―○○○-って形のだんご3兄弟みたいなヘアピン。
「えー、ダサくないですか?」
「正直ダサいけど一周回って好き」
「そういうのは自分で着けてくださいよっ!」
ごもっともで。
「じゃあこれかなー」
選んだのはX字を横にしたようなヘアピン。
二本にヘアピンを真ん中で斜めに重ねたような形だが、れっきとした一本のヘアピンだ。
それを手に取った後輩が試しに頭に着けてみる。
「どうですか?」
「いいんじゃないか、似合ってるぞ」
エロゲヒロインのキャラデザみたいなんて感想は内心に隠しておく。
なんでエロゲのヒロインってあんなに頭の付け物の自己主張が強いんだろうな。
まあそれはそれとして似合っていると思ったのは本当だけど。
「んー、まあ伊織先輩にしては合格ですかね」
後輩が自分で鏡を確認しながらそんな事を言う。
「そりゃよかった。じゃあ会計しに行くか」
外したヘアピンを受け取って、店内に入る。
女子向けのショップなのでちょっと気まずいがどうせ躊躇しても仕方ないので開き直っておこう。
ひとりなら警戒された店員に即声をかけられそうだけど後輩も居るしな。
ということで会計は無事済ませて、包まれた紙袋を後輩に渡す。
「ほら、誕生日おめでとう」
「ありがとうございます」
値段にして数百円なので本当に大したものじゃないのだが、俺と後輩の距離感ならこれくらいが丁度いい塩梅だろう。
「大切にしますね、伊織先輩」
そう言って笑顔を作る後輩は、数百円ならお買い得だなと思えるくらい嬉しそうだった。
「帰る前に何か食べてくか?」
「奢りですか?」
と後輩が楽しそうに聞いてくる。
「1000円までならな」
俺の財布の残機的にそれくらいが許容範囲の限界。
「今日の伊織先輩はなんだか優しいですね」
「まあ年に一度くらいはいいだろ」
誕生日だし。
「じゃあ次に先輩が優しいのは来年の誕生日ですか?」
「来年の誕生日に優しい保証はない」
「ひどい!」
別に優しくしなきゃいけない理由もないしなー。
「それよりなに食べるんだ?」
「んー、やっぱりケーキがいいですかねー」
「えっ?夕食的な話じゃなくて?」
「えっ?」
どうやら意思疎通に齟齬があったらしい。
ニホンゴ、ムズカシイネ。
「まあ小海がケーキ食いたいならそれでもいいが」
「誕生日ですしね」
まあ誕生日=ケーキを食う日みたいなところはあるよな。
あとは通販サイトでクーポンが届く日。
「というか、帰ったらケーキとかあるんじゃないのか」
「多分ありますけど、二度食べちゃいけないなんて法律はありませんよ?」
「アッハイ」
まあ小海がそういうなら。
「んじゃ、行くかー」
「はいっ」
ということでやってきたのは近くのケーキを置いているカフェ。
運よくちょうど空いているテーブル席に座ることができたので、向かい合ってメニュー開く。
対面の小海に上下正しく見えるようにメニューを広げて、俺は逆さまになった状態で眺める。
「伊織先輩さどれにしますか?」
「そうだなー、俺はチョコケーキかな」
「じゃあ私はチーズケーキにしますね」
ということで店員さんを呼んで、二人分の注文を済ませる。
「誕生日なのにショートケーキじゃないんだな」
「だって多分帰ったらショートケーキありますもん」
「なるほろ」
たしかにケーキを二度食うのはよくても、わざわざ同じ味を選ばないわな。
「それより伊織先輩」
「んー?」
「お店の中カップルが多いですね」
「そう言われればそうかもな」
店の中をざっと流し見ると、テーブルの半分くらいは男女のカップルだ。
残りは同性の組み合わせ、なんだがよく考えたらこの中にも何組かカップルはいるのかもしれない。
「私たちも外から見たらカップルに見えるかもしれませんよ?」
「どうだろうなー」
三歳差というのは、カップルというには結構な差だし、カップルと言うよりは兄妹なんかに見えるかもしれない。
「なんですか、私とカップルに見えたら不満なんですか」
「そうは言ってないけどな」
むしろ並んでれば釣り合わないのは俺の方だろうし。
もう大分慣れてきたけど、後輩は顔もスタイルも良いしな。
カップルとして見られるなら、なんかかわいい娘の向かいに釣り合ってない奴が座ってんなって感じの感想だろう。
まあ、実際付き合ってないからいいんだけどさ。
そんなこんなで雑談しながら待っていると注文したケーキを持った店員さんが現れる。
ケーキと、あとフォークを置かれて、それを手に取って一口。
あまーい。
口の中に広がるチョコレートとスポンジの味を堪能していると、後輩も向かいで似たような顔をしていた。
「美味しいですね、伊織先輩」
「そうだな」
スーパーとかコンビニで買うケーキよりも更に一味美味く感じる。
そもそもちゃんとした店でケーキを食べるなんて珍しいので貴重な経験だ。
普段外で食うケーキなんて回転寿司が筆頭だしなあ。
「伊織先輩、チーズケーキも好きですか?」
「好きだぞ」
「それじゃ、あーん」
言いながら後輩が自分のケーキをふぉーくで切り分けてそれをこちらに差し出してくる。
んー、と少しだけ思案してから俺はその差し出されたものは無視して自分のフォークで後輩のケーキを取って口に運んだ。
「あー、先輩ズルいじゃないですか」
「うん、美味いな」
個人的には一番スマートな解決策だと思ったのだが、後輩は不満げに口を尖らす。
「俺のもやるから機嫌直せ、ほら」
すっと自分の皿を後輩の方へと寄せると、なぜかまた不満げな視線が向けられた。
「先輩もあーんってやってください」
そもそも俺はそれで食ってないんだが、なんて言っても後輩は納得しないわな。
「ほら」
あーんと差し出したチョコケーキを、後輩がじっと見つめて言う。
「やっぱり普通に食べます」
「なんでだよっ!」
思わずつっこんでしまった。
「あっ、こっちも美味しいですね、伊織先輩」
なんて、気にする様子もなくチョコケーキの味に喜ぶ後輩。
まあ、今日の主賓が喜んでるならそれでいいか。
それから二人でケーキを完食してからモールを出ると、外はすっかり暗くなっていた。
「家の近くまで送ってくか?」
「伊織先輩、今日は本当に優しいですね」
「俺はいつだって優しいだろ」
特に女性には、いつだって優しく丁寧な対応を心掛けている。
例外がいるとすれば葵くらいだ。
まあ葵はまず異性のカテゴリーに入ってないんだが。
「伊織先輩が優しいのは私だけじゃないんですか?」
なんて聞いてくる後輩は、なぜだか不満そうな顔をしている。
その表情の理由を俺は知らない。
推測することはできるが、それより先に小海から答えが教えられた。
一歩前に出てくるりと振り返った後輩が、少し上目遣いにこちらを見上げる。
その表情は笑っているけれど、瞳の色は真剣だった。
「ねえ、伊織先輩。私先輩のことが好きになっちゃったみたいです」
それは、勘違いする余地もなく、ストレートな好意の告白。
「だから、私と付き合ってくれませんか?」
後輩が俺に好意を向けているのはきっと勘違いだと思っていた。
だから、もし告白されたらなんて考えたこともなかったが、それでもどう答えるかは最初から決まっていた。
気持ちがちゃんと伝わるように、しっかり小海と視線を合わせる。
「悪いな、俺は小海とは付き合えない」
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というわけで後輩ルートです。
次話投稿はだいたい三日後の予定です。
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