20.元彼女(前)
「よっ」
大学の構内を歩いていると後ろから声。
こういうとき振り返って自分に呼び掛けてるんじゃないと死ぬほど恥ずかしいんだよなー。
よし、気付かなかったことにしよう。
「伊織ー」
名前を呼ばれたけど同名の別人を呼んでるのかもしれない。
かもしれない運転は大事だ。
「無視すんなっ!」
ばちーん。
と、後頭部を張り倒される。
いてえ。
「なんだ、佐藤かよ。てっきり俺のゴーストが囁いてるのかと思ったわ」
「お前の幻聴は俺の声してるのかよ」
「それ嫌だな……」
「俺だって嫌だわ」
どうせならCV.大塚明夫とかにしてほしい。
「それでどうした?」
「レポート出しに行くんだろ?一緒に行こうぜ」
「今日はアルコール漬けになってないだろうな」
佐藤は鞄に入れた酒瓶の蓋が外れてしわしわになったレポートをそのまま提出したという伝説がある。
もちろんその単位は落としたのだが。
「今はジップロックに入れてるから余裕だぜ」
「そもそも酒持ってくるのやめろよ」
「それは無理」
もはや理由すらつけない拒否が潔い。
「失礼しまーす」
開けっぱなしにされている研究室の前で声をかける。
ドアが開けたままにされている場合は大抵中に教授がいるので、声をかければ返事がくる。
「どうぞ」
「レポートを提出に来ました」
レポートの提出の仕方にも様々あるが、この教授の場合は研究室に直接持っていくように指定されている。
しかも回収ボックスに置いておくだけとかじゃなく、直接手渡しなので若干緊張するのだ。
予めバッグから取り出しておいたものを差し出すと、椅子に腰掛けたままの教授がそれを受け取る。
教授にも自分の研究が本業で講義は完全にノルマといった姿勢の人から、生徒にも気安くて人気がある人、自分の研究よりも学生に教える方が好きな人まで様々だが、この教授は中間寄り。
とはいえ失礼なことをしなければ丁寧に対応してくれる人なので教授というジョブの中ではそこまで緊張しない人だ。
「うん、これなら単位は大丈夫そうかな」
「ありがとうございます、よろしくお願いします」
「でも試験もちゃんとね。特に出席が怪しい場合は」
日頃の行いがバレテーラ。
「ちゃんと勉強しておきます」
「うん、それじゃあ次の子どうぞ」
今度は佐藤が教授にレポートを見せるので、失礼しますと声をかけてから外へ出る。
スマホを見ると時刻は夕方四時すぎ。
今日はバイトがないので直帰か、葵がまだ帰ってないなら誘ってゲーセン行くのもありかななんて思案していると後ろから声がかかる。
「待たせたな」
「ううん、今来たところ」
「デートかよ、っていうかお前が女役かよ」
よかった、ちゃんとツッコまれて。
「じゃあ帰るかー」
「それなんだけど、生坂今日暇か?」
「予定はないが、どうした?」
「このあとサークルの飲みがあるんだけど一緒にどうよ」
「どのサークル?」
というのは佐藤が複数のサークルを掛け持ちしていることに由来する質問。
「テニスサークル」
「ってお前が入ってるサークルじゃないんかい」
そもそもあそこってメンバーは女子のみだったような。
「お前、女だったのか……」
「んなわけないだろ」
「いや知ってるけど」
じゃあなんで女子だけのサークルの飲み会にって疑問は残るが。
「だから男手が求められるんだろ」
「肉体労働は勘弁だぞ」
「大丈夫、他にも男は来るから」
「じゃあ俺いらねえじゃん」
「そこはほら、知り合いは多い方がいいだろ」
なんていうと合コンと穴埋め要因兼アシスト役みたいに聞こえるが、佐藤は純粋に酒を飲んで騒ぎたいだけである。
ちなみに飲み会なら男女比1:9でも佐藤が困ってる所なんてみたことはないのだが、まあいいか。
「泊まり?」
「セミナーハウス、泊まりも可」
場所が大学構内の宿泊施設なら途中で抜けて帰っても問題ないってことか。
「じゃあ行くかー」
「そうこなくっちゃ」
なんて気軽に参加したのを後悔するのはもうちょっとだけ先の話。
佐藤と買い出しの荷物持ちに駆り出されたあとセミナーハウスに集合。
集まった人間で軽く紹介を終え、用意した食事を終えて既に全体のアルコールゲージは上昇中。
サークルメンバーの女性陣が20人ちょい、誘われて参加している男どもが10人ちょい。
この内出会い目的の人間が何人いるかは知らないが、少なくとも表面上見たところでナンパもしくは合コン会場になる気配はない。
流石にこれだけ人数がいると全員で円を囲んでいるわけではなく、自然にいくつかのグループに分かれて盛り上がっていた。
あっちはトランプに興じているグループ。
あっちはタブレットで動画を見て盛り上がってるグループ。
あっちは男だけでマージャンしてるグループ。
いや、お前らは何しに来たんだよ。せめて女子を混ぜろ女子を。
あと恋愛話と噂話に盛り上がってるグループ。
大体どこも10人超えないくらいの集団になっているのは人間の習性なんだろうか。(多分関係ないな)
ちなみに田中はトランプのグループだが遊戯よりもアルコールが主眼なのは遠目でもわかる。
俺もさっきまではアルコールを接種しながらトランプしてたのだが、今はちょっと電話する用事があったので抜け出し中。
なんであんなに大富豪ってローカルルール多いんだろうな。
靴を履いて外に出ると、夏の夜風が気持ち良い。
試験期間が終わったらもうすぐ夏季休暇。
7月末から9月末までまるまる二ヶ月のダメ人間養成機関だ。
去年は食料の買い出しを除いてほとんど家から出ずに過ごしたのだが、今年もそうなりそうだ。
いやー、しかし去年は久しぶりに大学行ったら声が出なくなっててビックリしたねマジで。
なんてどうでもいいことを考えながらスマホを弄りコールを数回待って通話が繋がる。
「もしもし葵か?」
「どったん、今飲み会中でしょ?」
「ちょっと録画しといて欲しい番組があるんだけど」
もはや俺の部屋に居る前提だが当然のように否定されないのが笑っちゃうんだよね。
「あー、うん。大丈夫、ちゃんと予約した」
「さんきゅ」
「ところで伊織、今日帰って来るの?」
予定は未定だったので葵には飲み会行ってくるとしか言ってなかった訳だが、もう会費の回収は済ませたので飲み食いに満足したら普通に佐藤にひと声かけて帰れる状態。
「多分朝までには帰るかな。チェーンロック掛けとくなよ」
「わかってるー。伊織も寝てる女の子襲っちゃダメよ」
「しねーよ」
あははと電話の向こうで葵が笑ってるが、飲み会は稀にそういうのが問題になるからシャレになんねーのよな。
「あと彼女出来たらちゃんと教えなさいよー」
「その予定も皆無だから安心しとけ。お前は部屋のアイスひとりで全部食うなよ」
「あっ、忘れてた」
「オイ」
「冗談だって」
「どうだか」
いつのまにか冷凍庫に入っていた箱アイスが無くなっている事態は結構ある。
「じゃーねー」
「んー」
と通話を切ってスマホを下ろすと、後ろから足音が聞こえる。
普通なら不審者か?と警戒するところなのだが、ここは大学構内だし、メンバーの一人が遅れてくると聞いていたので用心もせずに振り返った。
「生坂くん?」
げぇ。
そこで見た顔に思わず狼狽える。
名前は富士見さん(名字だけど)。
もと高校の同級生でクラスメイト。
そして1日だけ恋人だった相手だった。
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次回に続きます。(リアルタイム執筆中)
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