27b.後輩と修羅場
「おつかれさまでーす」
言ってシフトをあがる先輩を見て、『あっ』と思う。
呼び止めて話がしたかったけれど、でも考えてみれば何を話せばいいのかわからなかった。
雑談ならできるけど、じゃあ今声をかけてなにを話せばいいのかはわからない。
今日は伊織先輩と話できなかったな……。
バイトを終えて、先にあがった伊織先輩のことを思う。
普段は用がなくても話しかけるのに、今日はむしろ話すことを避けていた。
その原因は当然昨日のこと。
フラれて嫌いになったり、話したくなくなったわけじゃない。
だけど気まずくて、つい言われたことを考えてしまう。
勘違いしてる、よく知らない。
どっちも図星だったかもしれない。
ただ、話していて楽しくて、困っている時に助けてくれたから、それが先輩の全部だと思い込んでいた。
たしかに私は先輩のことをそんなに知らない。
好きになったのは、確かにあのとき。
あれから大して時間は経っていないけど、だけど私の気持ちは本物で、すぐに諦められるようなものでもなかった。
きっと、私から話しかければ、以前のような関係にはすぐに戻れる。
でもそれは、きっと先輩にとって私が意識するほどの相手じゃないからと言われているように思えた。
被害者意識が強すぎるのかもしれないけど、でもこのままなにもせずに諦めたくはない。
伊織先輩から遅れてバイトを上がり、その足は自然と帰り道とは別の方向へ進んでいた。
伊織先輩のマンションの住所は知っている。
急いで追い付くにはシフトの上がり時間に差があったし、そのまま向かって会える保証はないけれど、それでも歩みは止めずに進む。
よく考えてみると、部屋を訪ねても留守の可能性もあった。
だけれど幸いに、伊織先輩のマンションに着くと、丁度見慣れた背中を見つけることができた。
もしかしたら途中でどこかに寄っていたのかもしれない。
そのまま声をかければきっと先輩は振り向いてくれるだろう。
だけれど、少しの躊躇いがそれを邪魔して、結局部屋の前まで隠れてついてきてしまった。
いい加減に声をかけないと。
そう思って階段の角から体を出す。
ガチャリと開いた伊織先輩の部屋のドア、そこから女性の姿が出てくるのが見えてしまった。
「うそつきーっ!」
部屋の中から顔を出した葵を見て、廊下の向こうから叫ぶ声。
聞き覚えのあるその声とともに見えたのは後輩の姿。
えー、めんどくさ。
なんで後輩がこんなところにいるのかという疑問より先にそんな感想が思い浮かぶ。
いやだって、絶対めんどくさいやつじゃんこれ。
なんて俺の思いを他所に後輩はヒートアップ気味だ。
「付き合ってる人いないって言ったじゃないですかー!」
「いや、葵とは別に付き合ってないから」
完全に勘違いされてるが、そもそも俺の葵の相関図には恋愛感情が欠片も無いんでね。
そんな修羅場みたいな雰囲気を出されても困る。
「付き合ってないのにあんな格好で部屋にいるわけないじゃないですか!」
「たしかにー」
たしかに。
完全に部屋着の葵はごみ捨て場までが行動範囲の限界といった格好で完全にくつろぎモードだ。
「って葵は黙ってろ!」
こいつ絶対この状況を楽しんでやがるだろ。
そんな俺の抗議を無視して、部屋から顔を出したままの葵は愉快そうに俺と後輩を見る。
「まあまあ、とりあえず部屋入ったら?」
という提案は葵にしては珍しく、穏当なものだった。
「ほらお茶」
「ありがとうございます」
部屋に入った後輩はさっきより落ち着いていて、冷えた麦茶を素直に受け取る。
「ほらお茶」
「なんだか飲んだら喉が焼けそうなお茶ね」
ちっ、バレたか。
度数約70%のお茶だからな。
もうめんどうだから一発で昏倒させてやろうかと思ったのだが、よく考えたらイッキしても面倒な酔い方するだけな気がしてきた。
まあいいか、葵はこのくらいの酒じゃ死にゃしないし。
ということで俺も座布団に座って一息つく。
向かいには同じように座布団に座った後輩、左手にはソファーに座った葵の配置だ。
なんだか葵が裁判長のようでちょっと気に入らないが、まあ今は我慢しよう。
俺と後輩で向かい合うのが自然な流れだからそこを同じ高さにするならどうやってもこういう配置になるしな。
「そんじゃ紹介しとくとこっちが葵。大学の同級生な」
「よろしくー」
俺の紹介に葵が笑顔を作って手を振る。
そのジェスチャーで友好な態度を示しているようだが正直楽しんでいるようにしか見えない。
「んでこっちが小海。バイト先の後輩」
「どうも」
いつもより硬い後輩の態度は歳上相手だからなのとファーストコンタクトが良くなかったのの合わせ技かな。
「んで俺と葵は別に付き合ってない」
「本当なんですか?」
「本当。少なくとも俺は葵を恋愛対象としてみたことは一度もないしな」
「あたしだってないわよ」
「俺の方がないぞ」
「いや、あたしの方がないわよ」
「俺なんて初めて会った瞬間にこいつはねえなと思ったからな」
「あたしは最初に姿を見る前からないと思ってたからあたしの方が先ね」
無駄な維持の張り合いである。
これだけでも恋人同士じゃないのはわかるだろう。
「ってことだ」
「そうですか。変なこと言ってすいませんでした」
speech判定に成功したのでこれにて一件落着。
「まあ納得したならそれでいいんだが。それで今日は何しに来たんだ?」
というかなんで住所知ってるんだ?
「住所は履歴書見てきました」
個人情報!
まあ今採用されてるアルバイトの履歴書はバイト先の事務所に保管されてるから店長に確認すれば普通に見れるけどさ。
「それで来た理由は……」
「あっ、あたし居ないほうがいい系の話になる?」
後輩の言葉を遮って、事情を知っている葵は空気を読む振りをする。
本当は飽きたから帰ってゲームでもしようと思ったんだろうけどな。
「いえ、そのままで大丈夫です」
大丈夫なのか、と思ったけどまあ二人っきりじゃ気まずいし、それに高校生を連れ込んでるっていうのもあんまりよくない。
別に変なことするつもりはないけど。
「伊織先輩」
「なんだ小海」
改まった後輩は真っ直ぐこちらを見る。
「伊織先輩に勘違いしていると言われたので、」
「うん」
「先輩のこと教えて下さい」
それはあんまりにもストレートで真摯な告白で、普通に告白された昨日よりも怯んでしまった。
おそらくバイト先だけでなく、プライベートでどこかに行ったりしようという提案なわけだが、うーん。
「つまり友達からということ?」
一応の確認。
「はい、そうですね」
「んー」
「いいじゃない、小海ちゃんかわいいし」
「顔は関係ないだろ」
「いや、あるでしょ」
まあ改めて考えれば顔が一番大事まであるが。
「でもなあ」
付き合うのは理論立てて断るだけの根拠と思考があった。
だがその理屈ではお友達からという希望を断る根拠にならない。
ついでに言えば別の理由で断るのは心証が最悪である。
でもなあ。
別に後輩が嫌いな訳じゃない。
というか顔も性格もS+くらいの評価がある。
ただまあ、お互いの生態が恋人同士という関係性になるにはズレがあると感じている訳で。
「煮え切らないわねー」
歯切れが悪いのは単純に乗り気じゃなくて、そもそも無駄になるだろうと俺が思っているからだと見抜かれている。
しかしそれをバラされると若干めんどくさいことになるのは目に見えていた。
なので、この場の主導権は葵が握っている。
「伊織だってそもそも上手くいかないっていうのが勝手な想像でしょ」
「経験に基づいた予想だ」
「童貞がなにか言ってる」
「うっせえ!」
葵には嘘もハッタリも効かねえからめんどくせえな畜生!
「ということで一先ずお互いを知るところから始めてみて、イケそうだったら付き合えばいいんじゃない? それならどっちにもデメリットがないからwin/winでしょ?」
希望を持たせてやっぱり駄目だったらとか、相手に合わせる時間と労力がとか考えることはいくつもあるけど、どれもその提案を否定するほどの説得力はないか。
それにまあ、本当に後輩と恋人同士になれるくらいに気が合えば、もしくはお互いを合わせることができれば、それはそれで大きいメリットではある。
美少女巨乳JKの彼女とか最高じゃんね。
いやもちろん、後輩の性格とかも考慮してるけどさ。
「私は、それでいいですけど、伊織先輩は」
「俺もそれでいいぞ。ただまあ、俺がつまんない人間でもあんまりがっかりするなよ」
「それは見てから考えます」
賢い。
ということで、まずはお友達から?始めていくことになった。
☆おまけ★
「ちょっと気になったんですけど」
「なんだ?」
話が一段落してから、またーり雑談をしていた後輩が収納の方に視線を向ける。
「あれって葵さんの着替えですか?」
「そうね」
答えた葵に後輩がダンッとテーブルを叩く。
「やっぱり付き合ってるんじゃないですか!」
「だから付き合ってねえって!」
「付き合ってない異性の部屋に着替え置いとくわけないじゃないですかー!」
「たしかにー」
たしかに。
「うそつきーっ!」
「いや、誤解だわ!」
ということで、誤解を解くのには少し時間が掛かった。
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ということで次回はお家デートです。
ちなみにえっちなのはまだ無いです。
次話投稿はだいたい三日後の予定です。
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