03.後輩の手は柔らかい(あと筋肉はない)

「あっ、伊織先輩いました」


「んー?」


休憩室でTwitterでTLに流れてくるガチャの爆死画像(ちなみにほぼ大学の知り合い)を眺めていると、フロアに居るはずの後輩がひょっこりと顔を出す。


「どうした小海」


「伊織先輩今暇ですか?」


「滅茶苦茶忙しいが?」


主に爆死画像にいいねをつける作業が。


「嘘つかないでくださいよー」


「いや、今彼女とLINEするのに忙しいから」


「え?伊織先輩って彼女いたんですか?」


「え?いないが?」


言うと後輩が???って顔をする。


こっちが年上のわりにいつもからかわれる事が多いので、こういう後輩の顔は新鮮だ。


「それでなんの用だ?」


「そうですよ、今は伊織先輩の下らない冗談に付き合ってる場合じゃないんでした」


下らないとは心外な、まあ実際下らないんだけど。


「それで、伊織先輩これ開けられますか?」


と差し出されたのはジャムのビン。


受け取ってみると表面のガラスがうっすら冷えている。


両手で包み込むように支えると、手の表面がじんわりと冷たくなって夏のこの季節には悪くない。


「あっちで誰か開けられなかったのか?」


「はい、全滅ですっ」


なぜか後輩が楽しそうに答えるがセリフとのギャップが酷い。


おそらく誰も開けられないのが一周回って面白くなってるんだろうな。


ちなみにあっちというのは店内で今働いているメンバーのこと。


「これくらい余裕で開けられるだろうに貧弱だな~」


キッチンには男のスタッフも何人も居たのに誰も開けられなかったのか。


まあ忙しくてチャレンジできなかったメンバーもいるかもしれないが。


「いや、ほんとに固いんですって」


「んな大袈裟な、こんなの開けようと思えば一瞬だろ」


「いやいやいや、絶対無理ですよ。私も挑戦しましたけど一ミリも動かなかったですもん」


「じゃあ賭けるか?俺が一発でこれ開けられるか?」


「いいですよ、絶対無理ですから!」


じゃあなんで持ってきたんだよ、とツッコミたくなったがまあ意地になってるだけだろうし気にしない。


そもそも勝ち戦なので、些事に目くじらを立てたりはしないのだ。


「じゃあいくぞ」


「いいですよー」


話は纏まったのでビンを持ち直してから右手で蓋をキツく握る。


「ふんっ!」


きゅっぽん。


気持ち良い音がして、くるりと回った蓋がすっぽりと外れた。


「うそー!」


「まあこれくらい余裕だな」


と若干のドヤ顔。


そしてまた開けられなくならないように注意して軽く蓋を締めてから、後輩にそれを返す。


「ほら、持ってっていいぞ」


「むー、若干納得いきませんけど、ありがとうございました伊織先輩」


ペコリとお辞儀をしてから店内に戻っていく後輩を見送って、ふうっと息を吐く。


若干納得いかないっていうのは鋭かったな。


あれだけ煽っておいてなんだが、今のにはタネがある。


冷蔵庫で冷やされたビンが開かなくなるのは中の空気が冷却されて内側への圧力が強くなるのが原因。


なので開けたければ逆に温めてやればいい。


両手で包み込むように支えたのはなるべく体温を伝える表面積を増やしていたのだ。


つまり後輩を無駄に煽って時間を稼いでいたのも時間調整に必要だったんですね。


まあ向こうで挑戦した何人かもそんなことは知った上で筋力だけで勝負したのかもしれないが、最終的に物言い付けられずに開けられたので少なくとも俺と後輩との賭けでは俺の勝ちだ。


事前に何を賭けるか決めてなかったが、せっかく勝ったんだし有効活用させてもらおう(フラグ)。




そのあと少しして休憩に入ってきた後輩が、スマホを確認してから隣に座る。


「お疲れ」


「ふー、ちょっと疲れました」


それはビン開け騒動ではしゃぎすぎたのか、それとも店の中が混んでて労働に疲れたのか。


見立てでは7:3くらいで前者の要素が上かな。


こういうところは結構高校生な年相応っぽい、なんて思っていると後輩が体を起こしてこちらを向く。


「でも伊織先輩すごいですね、あのビン本当に誰も開けられなかったのに」


「そんなことないだろ」


若干反則気味な手を使ったので気まずい。


だがそれ以上に相手が年下でも女子に褒められると照れくさくなってしまう自分の童貞マインドが憎い。


しょうがないじゃない、童貞なんだから。


だがだがしかし、俺はこんな風に褒められても勘違いはしない、自分が恋愛クソザコなのを自覚した童貞なのだ。


「筋トレとかやってるんですか?」


「まあちょっとだけな」


主にリングフィットとか。


「ちょっとふんっ!ってやってみてください伊織先輩」


「ふんっ!」


言われたとおりに腕をL字に構えて力を入れると、制服のシャツ越しにちょっとだけ力こぶが盛り上がる。


よく見てないとわからないくらい本当にちょっとだけだけど。


「おー、結構凄いですねー」


後輩に力こぶをぺちぺちと触られて力が抜けそうになるのをぐっと堪えた。


「小海は筋トレとかしてないのか?」


「そんなのしてるわけないじゃないですかー、あっでも」


「でも?」


「このあいだ友達のうちでリングフィットはやりましたよっ」


そのセリフについふっと笑ってしまう。


「あー、なんで笑うんですか!」


「わるいわるい、ちょっとおかしくってな」


「もー、失礼ですね」


ご立腹の後輩が俺の力こぶをギュッと握りながら何かを思いついたように言う。


「そうだ伊織先輩、腕相撲しましょう。ぎゃふんと言わせてみせますよ」


「ビン開けでもう勝負はついただろ」


「あれとは別の筋肉を使うから大丈夫ですよ!」


そうかな……。そうかも……。


まあいいか、別に減るもんじゃあるまいし。


「それじゃ小海は両手使っていいぞ」


「流石にそれは私のことナメすぎじゃないですか~?」


「むしろちょうどいいだろ」


男女差の上に年齢差もあるし、正直両手使われても負ける気がしない。


そんな俺の率直な意見に後輩のやる気が刺激される。


「絶対負けませんからね~」


意気込んで腕まくりしている後輩がちょっと可愛らしい。


そんなこと本人に言ったらセクハラで訴えられそうだから黙ってるけど。


机の反対側に回った後輩が若干身を乗り出して腕を差し出すので、俺も応えるように右手をがっちりと握る。


その握った手が柔らかくて小さくて、思わずドキリとしそうになったのは秘密だ。


「スタートはそっちでいいぞ」


合図をする方は自分のタイミングで即力を込められるので、コンマ何秒がそうじゃない方より有利だ。


「それじゃあ、よーい……、スタート!」


(レディー、ゴー!じゃないんだ……。)


なんて内心のツッコミに一瞬気を取られて出遅れたが、ギュッと力を込めるとお互いの腕はほぼ垂直に角度を保ったまま均衡する。


身体を一緒に傾けながら必死に腕を倒そうとしてくる後輩には悪いが、これなら普通に勝てそうだ。


「んん~~~っ」


頑張ってる後輩を見ながら、このまま接戦のフリをして負けてあげる精神を持った方が女子にモテるんじゃなか?と若干思う。


やっぱり時代に求められるのは優しさだろう。


それに後輩の手が予想以上に柔らかくて、本気で握るのも躊躇われるしな。


よし。


と思うのと同時に後輩が一気に力を振り絞って、腕が傾きそうになるので思わず本気を出してしまう。


「あ」


気付いたあとには時すでに遅し、後輩の手の甲がぺたんと机に着いていた。


せっかく優しさアピールしてモテモテになるはずだったのに優秀すぎる自分の条件反射がにくい。


まあわざと負けたくらいでモテたら誰も苦労しないだろうが。


「もー、伊織先輩強すぎますよー」


小海が弱すぎるんだと思う、という感想は胸の奥にしまっておく。


素直は美徳だが、それが誰に対しても受け入れられるとは限らないのだ。


「後輩もこれを機に筋トレでも始めてみたらどうだ?」


「リングフィットとか?」


「リングフィットとか」


「じゃあ先輩Switch買ってください」


「流石にたけーなー」


まあ俺は持ってるけど。


「じゃあSwitchLiteでもいいですよ?」


「リングフィットできねーじゃねーか!?」


思わず突っ込んでしまった。


「もー、冗談ですよー」


「まあやり過ぎて筋肉モリモリになる小海は俺も見たくないしな」


「そんな風にはなりませんよ!」


ということで、オチもついた?タイミングで丁度スマホがピピッと鳴って休憩時間の終わりを告げる。


「じゃあ筋トレ頑張れよ、後輩」


「伊織先輩も、お仕事頑張ってくださいね」


こんな風にいくらからかっても最終的に素直になるのが後輩の良いところだ。




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次回はなんと新キャラ登場です!


あと感想も大歓迎ですので落ちましてまーす。

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