24-2 かおりたちの事情
そんなことが数分。手を休めるがてら、数人が野次馬となって成り行きをながめる。すると、さきほどの女性が塩ビパイプを手にしてやってくると、者星が停めるまもなく、月島の頭をコツンと、たたいた。
「な、な、なにしやがる、かおり。フリートに裏金もらいやがったか。よこせ」
はぁーと、かおりと呼ばれた女性は、わざとらしくため息をもらす。
「男は月島正司。その子はカツ。住所は〇〇。児童相談に連絡してやってください」
「てめぇ! カツとられたらどうすんだよ」
「あんたが、学校にいかせればいいだけでしょう。この子、一般常識もしらないのよ」
「ご協力ありがとうございます。あなたはこの子の母親ですか?」
「いちおうね。斉木かおりよ」
者星に、うつむき加減でそう言いってから、斉木かおりは、月島の尻をたたいた。
「あっちを手伝ってよ」
「いてーな。ここで休んでんだ」
埃をたてて地べたに胡坐をかいた月島を、かおりは、追立てなかった。鉄パイプをそこらの集積場に放り投げると、片付けの手を休めて、じっと地面をみつめる。待ってるのだ者星が連絡するのを。
月島の代わりに追い立てられた気持ちになった者星は、スマホで児童相談所を調べて電話をかけた。1コールで先方の受話器があがった。
「ええと。児童相談所ですよね。学校に通ってない子供を保護したんですが」
電話口の女性担当者に、KATUの名前と、一通りの状況を伝える。調べる時間をくださいというので、いったん切って、折り返しの連絡を待つことになった。月島がタバコに火をつけた。
「保護だとよ、人聞き悪ぃ。俺がカツを虐待してたみてーじゃねぇか」
「そんなようなものじゃない。これはいい機会なのよ」
ふてくされる月島。とがめる口調でありながら強張った表情のかおりには、深い後悔がみえた。
「オレ、学校にいけるようになるのか」
対照的に、渦中のKATUは、目を輝かせた。
「たぶん。君がイヤでないなら」
「行きたい! 同じ年の仲間が同じ建物の中で、何かするんだよね」
「勉強ができるよ。普通とは違うかたちになると思うけど」
入学さえしてない少年の、年相応の学年への編入など、おそらくだが認められない。学力不足どころではなく、基礎を学んでない。たとえネットやテレビで学んでいて、一通りのことが熟せたる頭をもってしても、いまどきに集団生活に溶け込むのは難しい。
フリースクールに落ち着くのでないか。者星は詳しくないが、さまざな理由で学校に行けない子供に、勉強をおしえる施設があるという。
「勉強。なんか楽しそう。”我おもゆ、ゆえに人を作らず”だよな」
者星はなんと返していいかわからなくなったが、表情の少ない少年には、彼なりの笑顔が広がってる。
流れで首を突っ込んだことに悔いはない者星だが、家庭の形を変えることには、ためらいもある。かおりの住まいは、そこの、壊れたアパートだという。
継続するはずの日常が跡絶えたのは、広い意味で、
ガンガンガンガン。
ぶるるるろろろろ。
がやがやがや。
待つだけの時間は長い。半壊の家やマンションを壊す音、出てきたガレキを運搬する列を成すダンプカー、声を合わせて、使えなくなった元家財を集積場へ運び出す人たち。喧騒と、彼らの話が、否応なく耳に届く。
「福岡の孫にな、じいちゃんの家、怪獣が壊しンたんだぞっつったら驚いてたわ」
「そんならいいよ。うちとこの娘は笑ってやがったぞ。写真送ったら泣きだしたけど」
ガンガンどんどん、解体が進む鉄筋や木造の住宅、使えなくなった生活道具のアレコレを、ガレキ置き場に集積していく人々。現状のバカバカしさを笑いあう彼らも、ひとりの夜がくれば、日常を消失した現実に胸をつぶされるのかもしれない。
者星は、もっと踏み込むことにした。
「他人の僕が立ち入ることになって申しわけないですが。こうなった以上、相談所に詳しい説明をしないといけないので、聞かせてください。さきほどの話から、月島さんの子ではないんですね。それなら斉木さんの子でしょうか。学校にいかせてないのにどういう事情でしょう」
わざとらしいス質問だ。斉木かおりはKATUの母にしては若すぎる。この女性は、者星と同じくらいの20代半ばにしかみえない。中学生の子供があるなら、若くても30歳くらいでないと吊り合わない。母ではなく姉だろう。
者星は、音声記述機能で記録するため、スマホのメモアプリを起動させた。
「けっ」
「役所に届けなきゃいけないのは知ってたけど。なんとなく行きずらくて。カツは、海で拾った子なの」
「海で、拾った? そんな子を育てていたんですか。警察に通報しなかったんですか」
「好んでサツよぶバカがいるかよ」
者星は驚きを通り越してあきれた。事件性のある一件は警察に通報が常識。好悪のはなしではない。海難事故、殺人未遂、幼児を放置。警部補だった彼の脳内に、複数の可能性が浮かびあがる。
「場所は? 何年まえのことですか」
「私が家出したときだから。えーと13年前かな。うん間違いない」
また新事実が、出てきた。なんなんだ、この家族は。いや家族といっていいのか。
「あなたが家出? 家出少女が拾った幼児の育児? あり得ないにもほどがありますよ」
「私には捜索願いがだされてて、海からすぐ連れ帰されたんだけど」
「家に帰されたと。ならカツ君は親御さんが警察に届けたのでは……ああ。月島さんか」
「おうよ。かおりはSNSで知り合ってよ。21っていうから呼び出したらまだランドセル背負ったガキでな。帰れつっても、家に帰るなら死ぬってぬかしやがる。しゃあねぇから、気分転換に勝浦湾に連れていったら、カツがいたってわけよ。んあでまぁ……んがあ! ごちゃごちゃした話は言いたくねぇ。もういいだろが」
はじめて自慢げに話しだした月島だったが、この男は説明が不得意なのだろう。話しているうちに、自分でイヤになって切り上げてしまった。
だが謎は解けた。者星の瞳は、熱い刑事のものにかわる。
家か学校か。原因はわからないがかおりは家出。SNS知り合ったという月島は、あまり頭がよくなさそうだが、逆に、年齢を飛び越えて話が合うのだろう。行くところがないなら自分のところに来いと、月島は下心見え見えで呼び出したが、来たのはなんと小学生。
さすがに手に余ったのだろうけど、帰れと言っても帰らない。それで勝浦湾に出かけたら、偶然そこにKATUをみつけた。
観光シーズンなら警察も海水浴場を巡回することがある。たやすく想像がつく。幼児と小学生を連れた不審な月島を職質。かおりは警察に保護。月島はKATUを連れてとんずら。
”カツ”という名前も、勝浦からとったのだろう。
引き裂かれるように分かれたが、その後も、お互いの関係は継続。かおりは、月島の部屋によって、子供の面倒をみる。やがて大人になり二人の関係は深まり。現在にいたると。
熱がでそうだ。
「ふむ……なぜ勝浦湾だったんです。海なら小樽でも苫小牧でもよかったのでは?」
「これでも長距離ドライバーだったんだぜ。全国どこでも津々浦々。知らねぇ道はねぇ。子供のっけて走ってるヤツいんだろ? かおり乗っけて走っただけだ」
「長距離? あなたが? 辛抱のない人には勤まらないと過酷な仕事と聞いてますが」
古い映画のせいで荒々しい仕事と思われてるが、そんあことはない。短絡的な性格の持ち主には続かない、単調で根気のいいる仕事だった。
「んだぁ? 俺が辛抱ねぇっていうのか?」
「なにが津々浦々よ。帰りの便でトラック大破させて、あのとき限りでクビになったクセに。修理代と積荷代を返すのにお金を借りて。けっきょく人生を棒にふったんじゃない。この人の目はたしかよ」
「るせー!」
者星はすこし楽しくなってきた。謎解きが楽しい。他の事情が垣間見られるのは新鮮だ。
「刑事ドラマは、いつまでも廃れないんだよな」
「なんだぁ?」
「いえ」
ダメ男だが憎めない月島と、それを放っておけない斉木かおり。二人が面倒をみたKATUは、真っすぐ育ったようにみえる。いびつであるが、良好な親子関係がここにある。者星は、自分の家族と較べる。札幌の土産はなにがいいか調べよう、と心にメモする。
スマホがようやく鳴った。「さきほどの者星です」と出る。担当者はまず、KATUという人間はいないと切り出した。
「月島カツという子供は存在してないと」
そりゃそうだろと者星は心中で合点する。隣りでは、月島はそれがどうしたといい、KATUは「いるけど?」と、よくわかっていない顔。かおりは、ふたたび、うつむいた。閻魔様に地獄往きを告げられたような暗い顔だ。
『はい。市に問い合わせましたが戸籍の確認がとれませんでした。無戸籍の子ということです。面談したく存じますので、月島カツ君を、こちらまで連れてきてはいただけないでしょうか。戸籍がなくでも就学はできますし、生活苦のお子さんには金銭支援も可能です。いずれにしても一度、親御さんか保護者のかたと、一緒においでください』
「わかりました、必ずうかがわせます」
者星は、メモに住所と電話番号を書いたメモを渡す。射妻エリカが喜ぶだろう。押し付けられた紙のメモ帳がはじめて役立った。
「児童相談所の住所です。専門の方が待ってます。今日か明日じゅうに行ってください」
「ありがとう。ありがとうございます。本当は私たちがやらないといけなかったんですが、ずるずる今日まで、きてしまって。これでやっとカツも普通の子の仲間です。本当にありがとうございます」
「僕は電話をかけただけです。あなたたちが相談所に出向いて、話をして、手続きをしなければ、なにも解決しないことは同じです」
大変なのはこれからだ。山ほどの書類と、証明書の取得で、複数の役所を往復。事件性があるなら警察もでてくるかもしれない。
「がんばってください。カツ君のために」
「はい!」
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