23 くりぷち購入
「相変わらず強いねー、うちのメイドちゃんは。ぬるい、けどもったいないから飲む」
正門を後にするワゴン車を眺めながら、常温に冷めたティーカップの午後ティーを飲み干した。
弱いとみて絡んだメイドはことのほか強かった。6人は、封筒も受け取らずに、しっぽを巻いて逃げ去ったのだ。
「この爺が人選した女性ですからな。家事全般、屋敷の警備、偵察、帳簿、巨大グルーブの管理、傘下企業の統括、反目組織の監視。なんでもござれの17歳です」
「万能だよね。そんな子を雇った爺に、どんな仕事がのこってるの?」
「庭いじりですな。追い先短い歳よりのたしなみとして、日々を楽しんでおります」
「
「ほっほっほ。執務室へ参りましょう」
「アンブレラさま、こちらのお部屋へそうぞ。お連れしましたご当主さま」
すまし顔のメイドが扉が開けた。アンブレラの二人をふかふか絨毯の執務室へ招き入れる。上司である執事に目配せで無頼漢撃退の旨を報告すると、「御用の際にはお声がけください」と、おさげをゆらして退出した。
「どうぞおかけください」
でん。
メイドに負けなくくらい中学生な巨大
アンブレラは、ひとりだけ腰をおろし、ひとりは背後に石像のように立った。座った男は、部屋に設えたあらゆるものを値踏み。さりげなさをよそおってるが、歴史的な価値の高い調度品の数々に、驚きを隠せない。
巨大の座る机や椅子にも100年の趣があるが、この部屋に通された客人が、真っ先に目にするのはいつも、部屋そのもの。
「……中と外でここまで違うのですね。あいや、素晴らしいという意味ですが」
屋敷は、北海道庁旧本庁舎と同時期に建造された重厚な石造り建物だ。文化財指定を断ったが、見る者を圧倒する外観だった。巨大はそれに、大幅改築をしでかした。
快適で落ち着いた内装にして、外壁はファンタジーな現代風サイディングで修繕。そう依頼したはずが、どこかで行き違ってしまう。出来上がった屋敷に、巨大でさえしばらくフリーズしたほどだ。
「中南米のマフィアな邸宅なのに変だよね。好きくないから住んでないの」
外観はマフィア邸。中身は明治ゴシック調の博物館。たいていの者は、気持ちが落ち着かなくなる。
「失礼しました。お初にお目にかかります。ネクストビジネスを手がけている”あんぶれら”代表の笹川です。本日はお招きにあずかりまして光栄です。巨大グループ総帥におかれましては……」
「時世の挨拶はいいです。あたしも爺の手際に面食らってるから、おあいこ」
笹川は、小柄しもぶくれのオッサンだった。金を暴力で稼ぐ種類の人間にしかみえない。白スーツに、シャツもネクタイも黒。ネクタイの上に、水玉のネッカチーフだ。なにか主張があるのか。屋敷くらい意味不明だ。
巨大が、横で控える執事をにらむ。
(なんでこういう人を呼んだの)
執事は声を出さず、口の動きだけで答える。
(
清濁を併せ飲むことが組織を束ねる長の器という話ではない。巨大は、目をぐるりと、まわしてみせる。
(2属性がイヤなの。個別ならいいの)
血管を浮かせて執事をにらんだ。反社もいい。センス無しも仕方ない。けどひとりに、2属性なのは許せない。身近な例なら、KATUのオヤジ。あのチンピラ属性の男は、チンピラらしい服を着てるからいいのだ。
ダサ服 〇
アロハシャツ 〇
アジアンファッション ×
(それを、なんでわからないの?)
わかりませぬと、執事は本気で肩をすくめた。
外見だけで評価する巨大ではないが、肌が合わないのはしょうがない。とはいえ、ビジネスはビジネス。息を深く吸って吐いて、気持ちを落ち着かせる。
「ふっふっふ~」
苦手な相手は素早く済ませるに限る。早々に引き取ってもらう。
「いかがしました?」
「なんでもないです。持ってきてるだよね。見せて」
と、自分も、ろーてぷるのあるソファへと、座る。
「もちろん。ところで。カツと月島がお世話になったそうで」
「ぶふぉーッ ごほっ」
予想もしない名前を聞かされた。カラダの熱くなった巨大は、思わず咳きこむ。午後ティーを飲んでいなくて幸いである。
「か、カツ君から聞いたの? そのまえにあの二人とお知り合い?」
「月島とは、長い長い腐れ縁でして、数日とおかずに顔をつきあわせてます」
巨大は、腐れ縁の意味をなんとなく察した。おそらくだが、この男の下っ端として働いているのだ。違うか。いまどき、あんな分かりやすいチンピラはいない。下っ端ですらなく、いいようにこき使われてるのかも。
「先日あいつから、フリートのチビメス。失礼。キュートな女性の話がでましてね。」
「チビメスでらわるかったね。」
「あ、いや。月島のいうことです。
「あれね」
「ご依頼は1個ですが、勝手ながら複数ご用意しました。お手に取ってお選びください」
同行の男が、持ち込んだ二つの大きなジェラルミンバケースのロックを外し、フタを開ける。軟らかい凹み置かれた品は、どれもみたことのない形をしていた。
「大、中、小。三つも! 鼻の利く社員を抱えてるんだね。え、これ、
「
KATUのオヤジギャグの系譜はこいつか。
「社長、それは釈迦に”説法”です」
「ははは。間違えました」
ドスッ
笹川は、部下――というより手下――の横腹に肘鉄を食らわせ、わざとらしく笑った。表情をかえない配下の首筋には一滴、脂汗がながれた。あれは痛い。目の端でとらえる巨大は、
貴重な
「隕石というより昔の筆箱みたいな形。黒いから羊羹みたいだし。あ」
巨大がしげしげとみていると、白い線が数本、朝日で光るクモの糸のようにスッと走って消えた。
「きれい」
「コマンド入力は、線の走る数秒に指で綴るだそうです。商品なので試しませんが」
「買います。爺、サインを」
「そ、即断すぎませんか」
ネッカチーフをいじる笹川が待ったをかけた。声のトーンが上がる。
「
「いいの。ぜんぶ購入するから」
「ぜ、ぜ、全部とおっしゃいました?
グラム100円で並ぶスーパーのお肉。そんなイメージを外に追いやって、改めて目を丸くする巨大。
「そんなに違うものなの、爺」
「数倍から10倍はちがいますな」
ほほうと、巨大が笑みを浮ばべた。
「いいこと聞いた。次は、研究チームに渡さないで転売する」
「高値で買い取ります。現役フリートというプレミア込みで」
「いいねっいいねっ」
新しいビジネスチャンス到来。属性イヤんをすっかり忘れた巨大は、笹川とダンスしそうな勢いで、構想を膨らませていくが。
「ご当主さま? はした金と引き換えに、ご自分の立場を貶めたりなさらぬように」
執事の目が冷たく光る。彼は、かけてもいない
「じ、じょーだんだよ爺。じょーだん」
「はした金……ですか。億の取引がはした金。はは」
両手をわしゃわしゃ交差させてごまかす巨大、はした金と言われてがっくりな笹川。
そのとき、巨大のスマホが震動した。取り出した通話相手の名前をみて、ソファから立つ。
「ちちち、チーフ!」
いきおい、足でテーブルを蹴りとばした。
跳ね上げられたテーブルから、高額商品が浮き上がる。笹川の顔が凍りついた。
巨大が買うといった商談は、まだ口約束の段階。いかにグレイな取引といっても、金額を取り決める書類にサインさせて契約となる。
「億が奥が置くが! やややや、ヤバい!」
慌てふためいた笹川が、夢中で差し出した手が、運よく、
「ふ、ふほぉ――――――ッ」
だだーっと流れた安堵の汗が、笹川の足元の絨毯を湿地帯に変えた。
『自宅パトロールとは優雅だな。巨大』
スピーカーオンになった通話の声が、部屋にとどろく。
「なんでバレたんだろう」
スマホのマイク部分を指先で抑えた巨大が聞いたのは執事だが、スマホが答えた。
『間抜けめ。巨大のタンドラは、位置ナビを搭載した公用車。いつも互いの位置を確認しあってるだろうが』
巨大が乗ってきたのは、トヨタタンドラ。いつものピックアップ車だ。フリートロゴは大きなマグネットシートで隠した、隠ぺい対策は完璧だったのだが。
「ナビシステムは誤算だったあ」
自らの過ちを頭を抱えて、激しくなげく巨大。あきれた執事が肩をすくめる。
「バレて当然でしょうな」
『誰かいるのか? アパートにひとり暮らしと聞いているが』
「え? て、テレビっすよテレビ。帰ります」
巨大はくちびるに指をたてると、肩眉をあげる執事、
巨大はフリートに正確な履歴を提出している。住まいはアパート《ほしふるさと館》。ひとり暮らしだ。公務員も副業はできるが規模に制限があった。許可を得れば可能とあるが、現職公務員を想定した法でしかなく、企業の社長それも大企業の長と知れれば、合格できないかもしれなかった。
そこで、立場をぼかした履歴を用意した。ずっと以前から《ほしふるさと館》で寝起きしてる。グループはすべて、管理会社傘下に置いており、帳簿上の収入は大学初任給より低く設定した。
先日、よりよってマスコミに、フリートの巨大七光がグループの総帥だと、言いふらされてしまった。もう職務に就いてるので、めったなことで免職にはならないだろうけど、清貧を装おう努力は続けたい。ウソはついてないで押し通すのだ。
『者星みつけて合流しろ。捕まえて戻ってこい。打ち上げ再開だ』
「うへー」
『文句でもあるのか?』
「センパイをゲットして帰還。了解したっス」
通話を切ると笹川は、いまだ品を抱いて硬直していた。
「なにしてるの? これもらっていく。いいよね?」
笹川が返事をいうまえに、一番小さなクリプチを配下の手から奪い取る。ぴゅーんと効果音が聞こえそうな勢いで、部屋から姿をくらました。
笹川は、女が出て行った扉を目だけで後追いする。
なんだか知らないうちに、物だけ持っていかれた。目端が利いてチカラもある頼りになるなる配下が、やすやすと取り逃がしたのだ。
「あれはいったいなんだ」
巨大
「ほっほっほ。笹川様。契約書はありますな。良い値でサインしましょう」
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