24-1 家庭環境


 者星ハヤタがいるのは北区周辺。”半ゴ虫”と手足4本づつの爬虫類デスドリアン破壊外来種が暴れ、守護巨人ガーディウス退治した町だ。パトロールの名目で、訪れた。


 対人外生物異物ホスクラド対処班フリートも善戦したが、結果として、町の破壊を広げてしまったのは、怪物に加担したようで後味が悪かった。他国の戦地跡のように、廃墟にならかったことは僥倖だが、者星は、深い責任を感じていた。


 破壊すさまじいかった町は、復興の喧騒に満ちていた。亀裂だらけの斜めに建っている鉄筋ビルが、数棟、ホコリ防止の水をかけられながら、ユンボやブレーカーで解体されていく。一時の落胆を乗り越えた住民の、再出発の強い息吹があった。


「チーフたちは昼から打ち上げしてるけど、僕はそんな気になれない」


 ゆっくりと車を走らせる。フリートの車と気づいた子が、ありがとうと手をふる。がんばれよと者星は手をふりかえしたが、胸がズキリと痛んだ。何にガンバレというんだ。


 商業と住宅が入り混じった町は、無事だった小学校を拠点として、少なくないボランティアが活動していた。汗にまみれ、ガレキを片付けていく彼ら彼女らの献身ぶりに、者星は、元気を分けてもらえた気がした。一緒に汗を流して片づけたい。休日でもあれば参加するのだが、フリートは軽量隕石ライトテイア落下中に休暇はないし、数日後にはここを去る。


 悔やまれることだらけだが。文句を言っても始まらない。


「バックヤードや北大研究チームが拾い集めて、何も残ってないだろうけど」


 ここにきたのは再確認だ。隕石生物メテオクリーチャーの異物があれば、それがわずか細胞の破片であろうと持ち帰りたい。者星はあらゆる軽量隕石ライトテイアを危険と考えている。


 恩恵隕石バフメテオだの未確認生物クリプチだのと、ありがたがってる心理が理解できない。隕石ティアビジネスというが、名前をつければなんでも商売になるというのは浅はかさだ。超のつく高額の流通が世界の常識になってるが、16年たった現在でも、科学解析できない物体なのだ。


 目立つピックアップ車を学校に停める。眼鏡型の拡大鏡をかける。怪しい物体が落ちていないか、前かがみでゆっくり隈なく探していく。カブトムシの甲羅に似た、黒い異物を発見。


「ここにいたか! 探したぞ」


 放射能汚染の心配はないので専用容器ではなく、丈夫な透明袋に入れる。


「ままーあのおじさんへんだよ」

「しっ、目を合わせるんじゃありません」


 変なおじさん扱いにも慣れてしまった。巨大が、イケメン探しに行きたがるのは、たいてい、この仕事の最中だ。


「うむ。きちんと不審者を気にかけるとは、将来有望だ子だな。ん? 怪しいヤツ」


 ボランティアの中に、場違いな男をみつける。いかにもな目つきの悪い男がはいりこんでいる。者星のことではない。


「ガレキを片付けて恩を着せ、金でもせしめるつもりか」


 者星はいぶかったが、それにしては空気が自然で和やかだ。せしめるどころか、文句を言われてる。


「運ぶのはオレがする。かえって邪魔。そこで休んどいて」


 壊れたテーブルの足をもちながら、重い疲れた、と根をあげる男。それを整った顔立ちの男の子が、ぞんざいな言い草だが、休ませようとしていた。

 髪が特徴的な黒っぽいグレイの中学生くらいの子。巨大異星人ユーテネスと戦ったときに、みたのを思い出した。


 日が高い。時間は午後になったばかりだ。


「キミ。近所の子か」


 近くの学校は、市の指定でボランティア拠点に利用されてるが、同じく市のお達しで、授業は再開されていた。中学生がぶらついている時間ではない。


「ああん? フリートがまだうろつきやがってんのか」


 チンピラのほうが、不信感むき出しで答える。

 市民感情が悪いことは承知してる。ネットでも、死傷者がでるのは対処班フリートの下手な攻撃のせいだと騒がれてる。反感に、いちいち激怒していては、職務にならない。見た目が怪しい風体でも一般市民なら、優しく接しなければいけない。


「事後監察みたいなものです。それでその子は」

「じごかんこう? 観光? そんなに軽量隕石ライトテイアで儲けてんなら、少しくれぇ目こぼししろってんだ」


 チンピラの聞き違いを、者星は軽くスルーする。


「聞きたいのはその子のことです。あなたは、この子の父親ですか」

「はぁ? どこをみてそう思ったあ?」

「仲がよさそうだったし年齢も釣り合います。違うんですか」

「俺はこいつのオヤジじゃねぇ」


 そこで子供が無表情に口をひらいた。


「世間もそうみてるんだよオヤジ」


 子供は、痩せた男よりさらにガリガリ。発育旺盛な年齢なのに、満足な食事を与えられてない。他人にうとい者星でもわかった。


「るせぇカツ。俺はてめぇのオヤジじゃねぇ」


 ガラの悪い男に絡まれる公務員。はた目にはそう映るはずだが、大人たちや、ボランティア人たちは、テキパキと動いている。何人か、女性が暖かい目を投げていった。男はこの辺では知られており「オヤジじゃねぇ」は定番のやり取りらしい。


「埒があかないな。学校の時間だろうって、僕は言ってるんだけど」

「学校? ほらオヤジ。みんな学校へ行くんだよ」

「あそこはな、仕事を満足に覚えられねぇ頭が悪いか、イジメたりイジメられたりが好きなヤツがいくとこだ。な?」

「……さぼりかと思っていたんですが。通学させていないんですね」

「フリートにや関係ねぇだろ。いらん事ふきこむな」

「お名前をうかがっても?」

「んなこと聞いてどうすんだ」

「児童相談所に通報します。管轄外ですが見過ごすわけにもいきませんので」

「じじ、児童相談? てめー、人ん家の家庭にクチだすな」


 そのチンピラが殴りかかってきた、者星は実体のない空気のように、ふわりとかわした。目の前にいた相手が突然消えたようになり、男は足をもつらせ、くるんと転んだ。


「っテぇな。どこ行きやがった……そこか! 消えたり出たり、クソお化けの親戚かよ」


 痛めたらしい腕をさすりながら立ちあがり、懲りずに、もう一回、なぐろうと腕を振りかざす。者星が強いとわかり慎重になる。ゴラッ、こいやッ と威嚇しつつ、者星の出方をうかがい、拳をふる。


 隙をつこうとしてようだが無駄である。者星は、柔道と剣道の有段者。逮捕術は講師もしていた。少々、ケンカが強くても敵うものではない。者星は欠伸をかみころした。


「いったいぼくは、素人相手になにをしてるんだろう」

「どこが素人ってんだ。みてやがれ、殺人拳をみまったる」


 そんなことが数分。

 あたりにちらほら野次馬ができはじめころ、さきほどの女性が月島の頭を、塩ビパイプの破片でこつんと叩いた。



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