22 夕暮れの七光
エリア外周の住居の敷地は、あちこちがえぐられてる。
いまもそれは続いてる。物拾いどもは、フリートのいない夜にやってきて、そこらじゅうを漁る。最後のチャンスに目の色かえる。”良いブツ”を換金できれば、一獲千金といかなくても、一年は遊んで暮らせる。
「そいうわけで、怪しいヤツに目をひからせてくるっス! パトロールにかこつけて帰るわけじゃないっすよ、」
巨大は、コンテナを飛び出した。まだ昼である。
「ひとりで逃げんな!」
「巨大ちゃん、ひどい!」
卯川や新人ちゃんらの叫びを無視。ひとりでピックアップ車に飛びのると、エリアの道を真っすぐに通過。自分の家がある西区へと、車を走らせる。
巨大が向った先は、アパート《ほしふるさと館》ではない。者星が以前、”マフィアの住処”と称した、その、塀に囲まれた邸宅のほうだ。
斜面に並んだ住宅区域より数段高地の建造された館は、市街を見下ろす、いや、見守るかのように佇んでいた。門の内にある200坪の庭は、緩やかな斜面を活かしたシンプルな庭園。ちんまい湧水池と水路。背後は森、前面は、花・作物が低木のひいらぎで区切られる。架かる橋の手すりに、ウスバカゲロウが数匹、羽根を休めていた。
到着した巨大は、2階にある共用リビングへと直行。ばたんと両開きの扉を解放するなり、中にいた老齢の男性に叫んだ。
「爺! 良い感じの業者呼んでくれない? 突貫いそぎで」
途中コンビニで買ってきた午後ティのフタを取り、ティーテーブルに置かれたティカップへ中身を注いで飲む。全開の窓からは吹きおろしの風がそよぎ、心地よくレースを揺らした。
「まさに急ですな
「飾り髭が霞むくらい笑うんだったなら、無理して言わないの」
執事兼庭師があごに手をやると、霞んでみえにくかった髭が濃くなった。この男は、人類ではない。長年、母に仕えてきた
「申し訳ございませんお嬢。何年も経ちますのに慣れないものですな」
「時の感覚をもってないんだから、べつにいいよ。それで1時間で呼べる?」
「時に無頓着な私に、刻を限るというのですか」
「すぐ、もどらないけないからね」
「お勤めなどやめて、巨大グループの椅子に落ち着いてほしいですな」
「むりむり、屋敷もあそこも落ち着かない」
「あのフリートに、そうまで執着する価値があるのですかね。爺には分かりかねます」
小言を聞きながして、ルネッサンス調の絵皿に、見たこともないスイーツが、盛ってあるのを発見。巨大はそれを、食べにくそうにとって口に放り込んだ。
「うむぐ。うん。ふぐ、ふおいひいっ」
かりりとした食感。空いた小腹にぴったりなボリュームもいい。
「御口に合いましてなにより。近所の、なんとかいうクレープ店の、そば粉100%のガレットです」
「覚えててよ店の名前くらい」
「歳を取ると、何事もあいまいになるのです。あ、いただいたサンプルですが解析を終えてます。おっしゃる通りでしたな」
「そっか。ちょい嬉しい」
執事が、モニターのついたリモコンを握る。その小さな画面に映るのは、敷地内に設置したカメラ50台からの画像だ。1階廊下Aを映すカメラの画像を、ボタンを押して、1階廊下Bに変える。2階バルコニーA、屋上Cと、映像を次々に変えていく。
「どこを見たいの? 番号を押せば早いのに」
「順にみていけば突きあたります。カメラナンバーを覚えられないもので」
空中ドローンB……正門を映すカメラ……そこでボタンを押す指が止った。
「お客さん? 母さんが亡くなってからはめっきり減ったのに」
「良い感じの業者が着いたようです」
「えええ? なんで? 偶然?」
「こういうこともあろうかと、呼びました」
「あたし、何が欲しいかもいってないよ」
「
「なんで?」
「それができないと、執事は務まりませぬ」
「つまんないやつ」
「年ごろの娘様が、年寄りとはいえ男に身を預けるものではありませぬ」
「ケチ。昔はよく抱っこしてくれたでしょ」
「甘えんぼさんですか」
やってきた車は2台あった。白と黒。
「白いのは、リゾートマフィアみたい」
「いい得て妙ですな。この屋敷もそう呼ばれておりますので親近感がわきます」
豪華な白のセダンは、防弾ガラスを使用してそうなスモーク窓。なるほどリゾートで寛ぐマフィアが乗ってそうだ。執事がリモコンを操作。鋼鉄製の正門がゆっくり開いていく。マフィア車の後ろに、濃厚な黒のワンボックスが続く。別口のようだ。金色の派手な社ロゴがボティにあった。
車は、とりどりの花を植えたロータりーをまわり、屋敷の正面で停車。中から男たちが降りてくる。白いセダンからは2人。黒いワゴンからは6人だ。
「お待ちしておりました。アンブレラさま、ネクストシティさま」
客を出迎えたのは中学生のようなメイドだ。ていねいにさげた頭におさげが揺れ、白いセダンに乗ってきた二人に、笑顔でおもてなし。
「アンブレラのお二方は、屋敷にお入りになっておまちください」
「ありがとう」
二人が、おもむきある苔むした緩やかな階段をあがる。厳めしい扉が開いた。5人組も通されたアンブレラのあとに、続こうとした。
「ネクストシティさまはお引き取りください。これは、ご足労のお詫びでございます」
メイドは、スッとゆく手を塞ぐと、封筒を差し出した。
「はん? なんで?」
ネクストシティ筆頭の額に、青筋が浮かぶ。
「お越しは少数でとお伝えしました。具体的な人数をお伝えしなかったこちらにも落ち度はありますが、体つきの豪華な男性6人というのは、女性と交渉する姿勢として誠意が感じられません。どうかお引き取りを」
「うるせぇ」
はっきりした拒絶。筆頭は怒って封筒を払いのけた。石段にあたって破れた袋から、結構な枚数のお札がこぼれた。
「呼びつけといて帰れっつーのか? あんたじゃ話にならん責任者よべ。巨大ひかりって人を呼べ」
主に会わせろと激高する筆頭に、同乗の5人も加担する。傷物になりてぇか、と口々に、怒鳴り散らした。筆頭の口もとには、イヤらしげな笑みが浮かぶ。
巨大グループを継いだ
「そしていずれ、俺がグループを率いるのだ。ニヒヒ」
目の前の小娘メイドも、ちょいと男らしさをちらつかせれば、委縮する。そうにきまってる。屋敷に入れさえすれば万事、うまくいくのだ。
「お引き取りください」
そんな壮大な未来図が初頭につまづく。メイドは封筒を拾い、破れ目をセロテープで治して、筆頭に差し出した。拒否の姿勢はみじんも崩れない。筆頭は言葉ではなく、チカラによる説得へ切り換えた。6人で囲んでメイドの逃げ道をふさぐと、その清楚な襟首に手をかけた。
「これでも通さない気か?」
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