21 28日目



 数日後。仮本部のコンテナ。持っているのは、キンキンに冷えた地元限定の缶ピール。相崎善行は、これ以上ない笑顔を爆発させていた。


「忙しいなか集まってもらったのはほかでもない。札幌市豊平区のここに軽量隕石ライトテイアが落下してから今日で28日。隕石生物メテオクリーチャー8体はまだしも、巨大異星人ユーテネスが2体、さらには守護巨人ガーディウスが出現という異例づくしな事態がぽんぽん頻発だ。あまりにも予想の枠を越えるものだから、研究者の間では隕石集中地帯テイアゾーンの定義見直しが検討されてるなんて話もでてる」


 16年前、米国フェニックス市にが発生してからこれまで、500を越える隕石集中地帯テイアゾーンが確認されている。落下間隔は、平均で5時間45分。7日から32日かけて。1か所あたりに28~109個落下する。32日を越えた例はない。


「当仮事務所も、33日をもって引き上げる。コンテナを東京まで運ぶにあたって、処分できるものは処分する。せっかくの北海道で観光ひとつできなかったのは名残惜しいが。せめてもの慰安タイムを楽しんでくれ。カンパーイ!」


 緩みきった赤い顔。ぷしゅっとひいたプル。相当量のビールが缶からふきこぼれた。


「ふりまわすな! かかったじゃねーかよ!」


 中に残った半分をあまりをひといきで飲み干す。


「ぷっは~ がははははっ」


 ツマミはムシって口に放り込む。”鮭とば”だ。北海道にきてハマっからは毎日のように食べてる相崎のマイブームだ。卯川が、繰り返し使えるペーパータオルで服にかかったビールをふきとる。


「あと何回乾杯すりゃ気がすむんだ。12回目だぜ」


 机上のPCやらモニターやらの機器は片付けられてる。うたげ開始の時点では、食べきれないほどの中華とフレンチのオードブル、飲みきれないくらいのビール、ワイン、日本酒などがたっぷりあった。会議と称した祝賀会も60分を経過。にわか宴もたけなわである。つまみは、巨大が手配した地元の干物類のみとなった。


「俺の自腹だ、乾杯に制限はない! いろいろあったが、ひとりも欠けずに終わった。こんな目出度いことはない。飲めぇ!歌えぇぇ!! 自腹バンザイーー 者星いねーが、いねぇヤツは知らん」

「遅いけどよ。隕石集中地帯テイアゾーンに出向いてんの分かって始めてるアンタのせいだ。局長たちも道庁だし。待てない子供かっつーの」


 いて然るべき人間が三人も不在。打ち上げの体をなしてないが、相崎は気にしてない。


「すっかり出来上がったチーフの完成だ」

「ねぎらうってんなら、居酒屋でいいから店に連れていけってんだ」


 握りつぶしたアルミ缶を箱に押し込む。次のビールを開けると、またまた乾杯と腕を上に掲げて中身をこぼす。こんどはその腕を、サブチーフへほうへ降ろしていった。


「東京へもどったらいくらでも連れてってやる。そんなわけでサブ。詳細よろしく」


 唐突に指名された射妻エリカが、いきなり? という目でにらみ返す。

 男どもをシカトし、巨大と、東京に戻ったタイミングで隊員となる新人ちゃんと3人で、アツい論議をかわしていたのだ。


「なにが“そんなわけ”よ」

「サブチーサブチー。1番テーブルご指名っスよー」

「テーブル拒否したいけど、仕方ないわね」


 ちなみ論議テーマは”最近の男どもは見る目がない件”。上司の水入りで、楽しい楽しい雑談は終わった。あからさまに不機嫌だ。


「酔ってんなぁサブ」

「誰がよ、ひっく。こんなんで誰が酔うか、眼鏡デブ!」

「眼鏡デブ……オヤジにも言われたことないのに」


 ちゃちゃをいれた卯川も撃沈された。


 ワイングラスをそっと置いて、無駄のない動きでスッと立ち上がる射妻エリカ。CAにも負けないキレイなそろい足で、どこからかファイルを取り出す。女教師のようにページをめくる姿がサマになる。


「……コホン。2つあるコンテナのうちひとつは、移動事務として設計されてるので、基本的な、机、椅子、書棚は固定して運べます。PCや精密機器、用紙などは別移送。後から購入した応接セットは、ニトリの汎用品なので、リサイクル業者に引き取ってもらう手筈となってます。もう一台の武器管理コンテナは、そのままでも移動できます。ただし火器はすべて固定。火薬類はより厳重に取り扱うためと在庫紛失の予防を兼ね、ロックの際は全員がそろって……なんでしょう」

「ほーい委員長」


 赤顔したチーフが、話しの腰を折った。


「なんですか。質問は話が終わってからにしてください」

「用紙は処分するからなー。移送費を増やすわけにいかない。たかが紙ごときに」


 新人ちゃんをのぞいて、さーっと、全員の酔いが覚めた。巨大などは、あっちゃーという顔で帰宅の準備をはじめだす。卯川と恵桐が、敵前逃亡は重罪だといって、左右から腕をとった。


「た・か・が・紙? いま、たかがとおっしゃいましたか。チーフ?」

「言った。あと9箱も残ってる。射妻サブの外だれも使わないムダ資材に割ける予算はない。購入費は高価だったが、2割減でも売れるからよしとしよう」

「むだ資材!? それを売る? 紙の偉大さをおしえてあげなくていけませんね! 人類がいかにして多くの記録を安く残そうと苦心してきたか。その起源は……」


 どん。27歳のクールビューティが机に足をかけた。スカートがめくりあがるが、卯川と恵桐の男たちは、急いで椅子を回転させて背中向けとなる。世の中には、見えてはいけないものがあるのだ。


「サブチーエリカが隕石生物メテオクリーチャー化した」

「チーフもいいかげん、紙代を諦めればいいのに。本部でもやってたよな」


 鼓膜を震わす最低のデシベルで巨大がささやく。


「わざとっすよ。わかっててやってんスから。犬も食わないヤツです」

「……そうなのか。あの二人できてたのか」


 釣られて声を潜めた恵桐万丈と卯川玄作。さらされた新介錯に、新人ちゃんもあっちょんぷりけ。密やかに、巨大が「こんなことが」と続ける。女子会3人よりも数オクターブ低い。


「そこな4人! なんの話をしてるの」

「ひっ」「ほわッ」「……」「ぎゃあ」


 恐ろしいとはこのことである。背後では相崎が、いい気味だとせせら嗤った。


「いい隕石はなぜ落ちてくるって、話あってたんスよ。そうですよね卯川さん恵桐さん」

「そ、そうだぞ。JAXAや研究者ばかりに思考を預けておけんからな。はっはっは」

「それで?」

「ひっ」


 冷徹秘書クールビューティがパンっと、ファイルを机においた。


「それで……それで……え、あ、ガーディウスはどこからくるかって」

「どこから来るの? 茶ロン毛」

「それは、それは自衛隊か人工衛星がみつけると、研究者がテレビで語って」

「話が戻ってきてはいないかしら、眼鏡くん」

「そ、そうかな」


 射妻は、グラスの赤ワインをぐいっと飲みほすと、隅に置かれた用紙の1箱を抱えてどんと、卓上に載せた。段ボールの上蓋をめくると、中から20ページほどの冊子を取り出して配った。宴会は終わった合図だ。


「いい機会だからよく考えてみましょう。私は、軽量隕石ライトテイアは、地上から誘導管理されていると考察しました。根拠に挙げられるのが、8年2か月前の南米ペルーなど8回の落下挙動……」


 宴会は終わったが、かわりに長い一日がはじまる。者星にくっついていけばよかった、と悔やむ巨大だった。


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