17 厳しい勝ち



 2丁の冗談のような大型リボルバーから発射された40ミリグレネード弾が12発、12.5㎜機関の絶え間ない連射。手傷を負わせた憎い小人を追いかけると、頭上から降ってきたのは追い打ちだ。肉をえぐられ切る強烈な痛みに、隕石生物メテオクリーチャーは、狂ったような咆哮をあげる。周囲数キロの窓ガラスが震動、その半数が割れ、残る半数もヒビがはいった。


 長腕を怒りにまかせふりまわし、接触した物体は程度の差はあれ、形を失っていった。建物の元部材は大小に破断、すさまじい速さで宙を四散し、それが新たな破壊を産んだ。


 4つの脚は伊達ではない。見目の巨躯から鈍重だと思わされるのは、観察が離れているための錯覚。地上の生物を大きく凌駕する一歩あたりの踏み込み距離は、巨体に比例して長い。重さと機動力でもって、そこらの建物は蹴られ、踏まれ、叩かれ、すりつぶされ、ぶち抜かれ。人の住んでいた痕跡をすりつぶされていく。


「……総員下がれッ」


 屋上の恵桐が、無駄だとわかって怒鳴る。舞い揚がる破片とほこり。目を開けることが秒単位で難しくなっていく。攻撃の音は止んでる。全員が、自分だけで手いっぱいなのはわかる。恐慌に陥ってなければいいが。


 せめて逃げる方向を指示しないと。それができるのは高所にいる自分だけ。スマホを握り、一斉通話。通話どころではない。わかってる。わかってるが、試してみるしかなかった。10回のコール。呼び出しに応じる者はない。


 かぶりをふった恵桐は、ようやく自身の身の振り方に頭を切り替える。激しい震動。このマンション階下が蹴り壊された。デスドリアンの姿はみえないが、屋上の床の一部が抜け落ち……次々に広がっていく。駆け降りようと外階段の手すりをつかむ。金属の接続部が壁から離れた。


「まだだ」


 離れて倒れていく鉄製の外階段を段飛ばしで3階までは降りたが、地上に着く前に横倒しになるだろう。ふと、数メートルの横に、白樺の街路樹がある。飛べば届くかもしれないが。

 10メートルの高所から叩きつけられるか。同じ10メートルなら細枝のしぶとさに賭けるか。天秤にかけて、手すりに足をかけ踏み出した。銃を縦に構え胸と腹の防御。放物線を描いて、思いのほか下のほうへと落ちて焦る。

 ぎりぎり手が、あとわずか、届いた。


 どうにか枝にとりついた。樹木のしなりで肋骨と内臓が、いためつけられたが、鋼鉄の銃が、クッションになり幾分かを和らげた。


「ぐ……なに!」


 居たのだ。デスドリアン破壊外来種はマンションの中にいた。自分がいた足元で暴れまわって。目というものが見当たらない爬虫類の化け物と、恵桐は、目があった。外来種というには環境破壊が急変すぎる生物が動き、骨組みだけをぶざまな残して、マンションが悲鳴をあげて崩れた。




 射妻エリカは、ひっくり帰ったピックアップの影にいた。巨大とともにかろうじて難を逃れて。撃ち尽くしたダネルMGL。予備弾のバッグはどこか。攻め手段がなくなる。視界の最悪な粉塵の街。崩れゆくマンションを、音で感じる。


 怪物の動きに変化があった、そばの何かに気を取られ激しい破壊が一時停まった。粉塵が薄れて、理由がわかった。傍の街路樹。その中段の枝にひっかかってる人間がいる。恵桐万丈だ。


「恵桐くん! 逃げて! 」


 恵桐は、揺れる枝のに身を任せるのみ。逃げようともしない。強く当たった衝撃で体がしびれ動けないのだ。鈍痛がある。骨が折れているかもしれない。

 害獣が恵桐に牙をむいた。


「サラ。アリサ。すまん」


 長い腕はおろし短いほうの腕を伸ばして、人間をつかもうとしてくる。人間は脆弱な生物だ。肉と華奢な内骨格を保護しているのは頼りない薄皮。体液逆上の地球外怪物に、潰さないで握ってくださいなどと、期待するのはバカげてるにもほどがある。万が一、億が一。期待が通じたとしても、ほんの数秒か数十秒か、深淵の訪れが遅くなるだけのこと。

 恵桐は訪れる未来に備えて瞼を閉じた。


「えぎりぃぃぃぃ~~~------ッ?」


 悲痛な叫びで見あげた射妻エリカだったが、次の瞬間、信じられない出来事がおこった。

 怪物と恵桐との間に割って入ったのだ。白い巨人が。膝から先がない片足をひきずった巨人が、黒い怪物につかみかかった。


 体格差というか体型の安定度がちがう相手を押し込もうとは、ボクサーが横綱を相手に4つ相撲を挑むようで、土俵違いの無理筋だ。それでも押し倒そうと片足で踏ん張る雄姿は。まるで人間を。恵桐を救いたいがための無茶な苦闘と射妻の目に映った。


守護巨人ガーディウス……」


 恵桐からガーディウスへ。デスドリアン破壊外来種のヘイトが移った。いったん間合いをとった白い巨人は、殴る・蹴るを再開。それは得意技をもたないアマチュア格闘家のような不器用な闘いだ。足の無いぶんの威力不足がイタイ。4脚側の安定は覆らず、ダメージのひとつも皆無だ。しかし気迫だろうか、4本脚のほうが押し込まれ、崩れたマンションまでじりじり後退していく。


 助けるだけの時間が生まれた。射妻は、急バックで帰ってきたピックアップ車に跳び乗った。そのままエンジンをふかして後進。立木にぶつかって停まった。


「恵桐とべッ」


 卯川がどなると、そろりと降りる恵桐の手が枝を離し、5mあまりを自由落下。卯川・エリカが下敷きのクッションを努めた。肺が押しつぶされ、エリカの息が数舜だけ止る。


「すまない」

「出せ香暁こうづき!」


 ピックアップが発進に揺れるなか、こうずきが誰だったかとエリカは首をかしげたが、運転席の女性が返した「はいッ」で、バックヤードの助っ人女子だと思い返す。肩を貸して恵桐を寝かする卯川玄作。狭い荷台で大人4人は窮屈だが、一人なら横にできる。


「大丈夫かよ恵桐」


 口数の少ないロン毛が、顔いっぱいに心配する眼鏡の卯川にうなづく。決戦兵器の到着を訪ねた。


「……ヘリ到着。何分だ?」

「16分ってとこね」

「……4分か」


 たったの、という言葉を飲み込む。合流して参戦。敵をひきつけて左右から蹂躙。奮闘したつもりになっていた。戦術がハマり傷も負わせた。体感的には数十分。それなり闘ったが、それだけのことだ。むしろ怒りを買いすぎて街の被害を拡大させたともいえる。弾を使い果たした武器は瓦礫の下敷き。やれることもなくなり、ただのギャラリーに成り下がった。


「強いですね」


 瓦礫の散乱する更地と化してしまった街。またしても役に立たなかった。どこかの星から流れてきた黒い害厄は、自分たちフリートの力ではどうすることもできない。

 誰かがもらした息が重い。怪物は強い。


「射妻サブよぉ。白いアレ。やっぱ味方だよな?」

「そうみたい、ね」

「少なくとも」


 あの黒い敵は敵と認めている。俺たちよりもヤバいヤツだと。

 2体の戦いをみつめる、対人外生物異物ホスクラド対処班フリートだった。


「ところでサブ。巨大はどこだ?」

「え、あれ……いっしょに来たはずなのよ」

「あんにゃろ…………生きてるよな」


 今度は視界のなかにいなかった。





 守護巨人ガーディウスは苦戦していた。敵は8メートル級。4手+4足の尻尾なし重厚な外皮爬虫類型。ミドルレンジからのヒットアンドウェイ繰り返すが、前回の戦いで身に着けた必勝パターンが、通用しない。距離をとればしなる腕が鞭のように襲い。近づけば巻き付かれて動きを封じこまれ、短腕がひっかきアンドボディブローで責められる。


 何度目かの巻きつきを辛くもほどいてレンジ外に逃れる。逆ワンサイドな攻防に焦りを覚える。


 小さな傷なら回復するが、瞬時に治るほど都合よい体質ではない。黒敵の傷みがむごいのは、ヤツの体が普通なせいだ。だから一見、押しているようなのだが、底が知れず仕留めることができないない。いつまでも倒せなければ、被害拡大を許してしまう。守護巨人ガーディウスにとってそれは負けにも等しい。シミラーもクールタイム。


 なにか。敵を倒す方法は……。


 退くなんてできない。打たれる覚悟で懐にとびび込もうとしたそのとき、予期せず、熱をもった強烈な強い光が走り抜けた。なにが起こったかわからない。わからないが、敵の長い腕が2本とも、スローモーに落ちた。光が切断したのだ。


 チャンス。


 ガーディウスは腰をかがめて、体に力をこめるようなポーズをとった。光のせいで姿が見えなくなる。光の体積が膨張していく。まとった光がなくなると、そこには敵を見下ろす、巨体になった白いガーディウスがいた。体躯が倍となったヒーローの姿が。


「おいおい……そんなことできんのか」

「……」

 

 あきれる卯川にシンクロしたように、デスドリアンも見上げた。どこか驚いてるこっけいぶりだ。同格だった頭の位置が、成長した頂へそびえる。体格差は大人と幼児だ。


 たじろく4つ足に対し、容赦ない膝蹴りをかますガーディウス。さすがに敵もたまらず、拓けた街に後ろ倒しに転がった。立ち上がるべくもがいて、身を反転。腹側を地面にむけた敵。踏ん張る腕めがけ、すかさずヒジ鉄を見舞った。


 黒い爬虫類は腕立てに失敗、胸を強打し自重で地面にのめりこんだ。


 ここまでくればガーディウスの独壇場。倒れた敵は絶対、立ち上がらせない。敵の胴を横から、蹴る、蹴る。蹴って蹴って。蹴って蹴って。蹴って蹴る。白い体に陽光が反射する。


 とにかく蹴って、立ち上がる隙を与えない。横から蹴りに蹴り続けごろごろ転がしていく。フリートが与えた抉れた傷や、光に斬られた腕の痕にこそ容赦がない。そこを弱点と分かって執拗に狙う。戦意と生命力を奪いつくしていく。


 4本の脚の2本を踏みつぶして脚部を不能にしてからは、攻撃は単純作業になり下がった。落ちたタイヤをどこまで蹴り進めるかを試す子供のように、ぐうぜんみつけた遊びにいそしむ。


「……あいつ、なにやってんだ」

「どこかへ運ぼうとしてるようにみえるんだけど。まさかよね」

「地図だ。確認しろ」

「えーと。ここからだと区役所も警察署も近いですね」

「は? 逮捕でもしろってか」


 西へ西へ、意図をもって運んでいるようにうかがえた。スマホをもつ香暁こうづきが車から降りた。何かに気づいた表情だ。


「あっちは武蔵野女子短……その前には、北大の農地があります」

「北大ぃ? バックヤードが研究所に運ぶ手間を省いてくれるとでも?」

「冗談よね」

「……」


 その冗談が仮に本当とするなら、あれはこの地の事情を知ってることになる。思考がおいつかなくなる事態を香暁こうづきが締めくくった。


「もってこられても困りますよね。研究テーマってものがありますから」

「……そこじゃねーだろ」


 そんな話をしながら、がんがん蹴り行く守護巨人ガーディウスの後に続く。射妻は仮本部で待つ相崎に現状を報告してると、本当に北大の農地についてしまった。デスドリアン破壊外来種は衰弱。立ち上がるどころか腕も動かせない。


 時をおかず、攻撃へりも到着すると、後は任せたというのだろうか。守護巨人ガーディウスはまばゆい光を発して、飛んでいってしまった。


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