16 闘え!

「巨大生物プロレスをリアル中継ってか。フリートとか国の情報収集力が市民を上回るには、10年はかかるな」


 仮本部の大型パネルにはデスドリアン破壊外来種と、蹴り倒した守護巨人ガーディウスの映像があった。垂れ流しされた動画。サイズ感と撮影角度、移り込んだ手すりなどから、500メートル離れたマンションからの撮影とわかる。


「追い付いたころには20年先いってますって。呑気いってないで、エリカの代わりに隊員を動かしてください」


 バックヤードの長、馬宿 詩斬ばやど しきるが急かす。射妻エリカが急行したおかげで相崎善行が後方待機となった。補佐役あつかいされたチーフは苦笑いで、いつものように髪をかく。


 AIが、国会中継だったパネルをニュースに切り替える。チャンネルは5。東京局の朝の人気バラエティを、地元局の緊急実況に変更したからのようだ。見覚えある男性アナウンサーが、車中で状況説明する。


『ガーディウスが地球の危機を救いにきてくれました! 自衛隊のやらかしを許してくれたのです』


 その自衛隊も出動している。ヘリ到着まであと21分との報告だ。対応が速い。奴らも前回教訓を解析して、迅速に出撃できるよう、最適なシミュレートをだしたのだろう。


 戦況のほうは最適といいがたい。卯川・巨大が、偶然、現場に居合わせたのは僥倖だったがそれだけだ。射妻・者星はさきほど現着してるが、2人が4人でも、武器のしょぼさは覆らない。


 恵桐万丈のピックアップ車は距離は、まだ3キロ離れてる。搭載カーナビのミラーモニターは、到着予測をあと1分と計算してる。相崎は3分かかるとみている。サイレンを点滅させても、混雑する市内を50キロで走り続けられはしない。右左折や交差点にさしかかるたび遅延していく。


 急きょ恵桐の相方として動員された助手は、サイドシートに乗せられた不運を呪っていることだろう。忙殺されてるバックヤードから呼んだ馬宿ばやどもそうだ。実働部隊は、のっけから限界過疎だ。


「ガーディウスか。気まぐれでいい。味方のマネをするなら、乗らせてもらう」


 武器は、昨夜遅くの議会でようやく承認された。決定が遅いが、いまは誉めてやりたい。だがなにごとも前例主義のこの国にしては、前例のない事態に対応できたほうだ。


 深夜、送受信されるたび添付書類が倍増していくメールには、嫌気がさした。5G通信なのに最後のは、34分と28秒もかかった。サーバーがパンク直前。圧縮という概念はないらしい。

 紙にすればA4用紙の段ボールが2箱半です。サブチーフのため息が耳に残る。

 相崎は、いまでも勘ぐってる。データの99%は、目に見えないステルスなジャンクデータで、内容は”えーと”や”如何に思う”や”善処する”に違いないと。

 その甲斐あって、フリートこっちの要求は全て通らせたのだが。


「聞こえるか卯川。恵桐があと2分でつく。お待ちかねの新装備が満載だ。好きなだけ撃ちまくれ。くれぐれも支援に徹して安全にな」


 中継画像の中で、起き上がったデスドリアン破壊外来種がガーディウスに返礼していた。スピーカーから撮影者の驚きとアナウンサーの実況とが届き、スマホから地を揺らす重低音がかぶる。怒号奥から、かすれた返事がした。


『りょうかいしたぜ』


 標準装備の64式7.72ミリ小銃にショットガン。加わったのは、前の戦いで実証されたダネルMGLと、12.5㎜マシンガン。新たにロケット弾も獲得した。


 議会は、中火力の候補に20mm機関砲を候補とあげてきたが、どうせならと70mmロケットポッドを所望。迷ったのは、旋回式3銃身20mm機関砲だ。魅力的だったが搭載が難しいと見送った。

 8割決まったとことで詳しく聞くと、70mmロケットは無照準だった。空で旋回が自由なヘリだなら威力を発揮するが、車に搭載するには運用手段が狭まるだけ。


 照準ができるロケットで、運用しており調達が早いのは2つ。91式携帯地対空誘導弾と01式軽対戦車誘導弾。相崎が後者に決めると、倭沢平蔵は素早く政府を承認させ、本日に間に合わせた。大臣としての初仕事を見事に飾ってくれた。


 ピックアップ車は、対戦車ジープと化した。決定打に欠けるものの、前回とは雲泥の差の戦力アップとなる。勝負にはなるかは相手しだいだが、丘珠を発した兵装が到着するまで時間を稼げれば、運用面では十分だ。実戦はこれから。ガンバレと見守るしかない。


 国どころか世界を滅ぼしかねない異生物の始末だ。本音をいえば丸投げされて困ってる。世界の命運を背負うのに6人は少なすぎた。


「ま。異星怪物討伐隊にも意地はある。少しはみせられるだろう」


 どかりと腕組み。破壊されていく街を舞台とした別次元の闘いを凝視した。






 ヒットアンドウェイ。蹴って殴って、一方的に痛めつけていたガーディウスが、倒された。今回のデスドリアンは、4つの脚と4つの腕がある。尻尾のない爬虫類が立ち上がったらこんな感じになるだろうという形だ。腕は、下の2本が太く短く、上が細くて長い。長い腕にある手の指は不釣り合いに太く、握ると鉄球のようになる。


 どちらも巨大。あくまでも小さき人間の視点。寸胴4本足のデスドリアン破壊外来種にとって、ガーディウスはスリム。手こずりはしても、動きに慣れれば脅威ではない。動きまわる細木だ。


 黒い爬虫類はパンチをかわした。ここから反撃がはじまる。2本の長腕を振りまわし、絶え間なく風を切る。流れるような反動で動きは加速。鉄球つきの2本腕。風音は不快な共鳴音を生んで、あたりの建物のガラスを根こそぎ割った。


 突進したガーディウスが地面すれすれまで身を低くした。怪物の下に潜りこんで足を狙うのだ。唯一そこだけ、ガラ空きだったからだが、右後方を周回してた鉄球が、ガードできない体制を狙い打った。


 直撃した左膝から下がちぎり取られた。ふくらはぎが、しゃれたパン屋を急襲。ガラスの割れた窓とドアをなぎ払った。ガーディウスの動きが止まる。その白い右脚を、爬虫類の太い黒脚が踏みつけた。


 足を引き抜こうともがいたが、2本目の黒脚に腹を踏まれて動けない。

 のしかかる敵の下肢。ガーディウスは、力にかませて叩いて殴った。

 敵の外被が破れて体液が滲む。殴るたび傷が増える。ダメージは蓄積している。

 皮が千切れて青色の肉がえぐれた。だがデスドリアンの脚は、ガーディウス逃がさない。


 7.62㎜弾が傷に命中。射妻エリカが撃ったのだ。デスドリアンは頭部をかしげたのみで、反応が鈍い。蚊にさされた程度にも感じてないようだ。脚が大きくもちあがり、膝から下がない脚を踏みしめた。たまらず、くの字に足を抱えるガーディウス。表情の少ない顔面に苦悶が走った。


 黒い足は同じ部位を。つまりは膝を、なんども、なんども、ぎりり踏みしめた。

 責めれば確実に弱らせることができる弱点。明らかに理解している攻撃だった。





 射妻エリカと卯川玄作は、巻き添えをくわない――と想定した――距離から戦いを見守っていた。弾倉を空にした7.62㎜はデスドリアン破壊外来種に効果がなかった。攻撃から情報収集の観察にシフトしていた。


「な、なーんか一方的にやられてんなぁ」

「”やられてる”なんて。白いメテオクリーチャーが味方のような言い方だわね」


 流れ弾ならぬ致死傷レベルの大きなガレキが、飛び交う。この瞬間にも頭上に落ちるかもしれない。逃げだしたいが、任務がそれをさせない。弾のない武器を握る。無力でも心の支えにはなった。頭を貫かれる恐怖心を、暢気そうな会話でごまかす。互いに平静を装った。


「そうか? 助けにきてくれてるが」

「助けに? 私たちを? 守護巨人ガーディウスなんてあだ名があるからそう思うだけよ。あんなどこから来たかわからない異物の生物に救済の意図なんてないわ」

「そう言われると。だが未確認生物クリプチなんかは懐くっていうぜ。実際、安全だからペットして売られるだろうし……ところで者星はどこだ」


 そういえば、と、射妻エリカは瓦礫となった道と街を目で捜す。いままで隣で撃ちまくっていた者星が見当たらない。


「いなくなったわね。巨大も?」

「あいつは、あっちの物陰」


 道の反対。建物の影。少女にしかみえない仲間が、撃ち尽くした銃をもてあましている。


「いつもの覇気がないわね」

「そうか? 今日も煩かったぜ」


 そこにクラクションが鳴って、ふり返った。音を立てるんじゃねーと、卯川はムカついたが、デカブツ同士の闘いは、空気と地面をうならせて、「静かに」という段階を越えている。生活騒音など、かんたんノイズキャンセルだ。


「ようやっとおでましだな!」

「……」


 3台目のピックアップ車が到着した。射妻と卯川は車に駆け寄り、遅れて巨大もやってくる。


「おまたせですッ!」


 車から降りてきたのは、無口な元巡査部長と元気な女性だ。前者は恵桐万丈、後者はバックヤードからの助っ人で、たしか名前は香暁こうづき沙也加さやか。無造作に荷台に積んたケースを開けると、中から武器を取り出した。


「武器を持ってきました。サブチーフ。卯川さん。巨大ちゃんに……あとひとりは」

「者星は……和尚酔・・・かな」


 卯川は、言葉をにごした。


「へんな言葉。おしょうすい……って。お、おしっこ?」


 きゃあっ、と頬をおさえるてから、キョロキョロと者星を探そうとした。


「探してみつけて、どうする気だよ」

「あ。あっそーゆーつもりは」


 ハッと気づくと真赤になって、座り込んでしまった。

 エリカにみつけられた卯川は、わはははじょーだんと、汗で曇った眼鏡を袖でふいた。


 恵桐万丈が、うんざりといった体でロン毛を振り上げた。


「……ふぅ」


 ふざけたやり取りは、場の怖さを紛らわすためには必要だが、過分は気を緩ませる。恵桐の仕草で、悪ふざけは静まった。

 フリートは適材適所を宗とする。流動的な現場はなおさらだ。おのおの独自の判断で隙間を埋めるよう動くが、人数がまとまった場合の戦術指示は、恵桐万丈が担う。自衛隊のほうが向いていたのではないかという元警官だ。ちなみに相崎善行は独断専行を好んだ。


 場を落ち着かせた恵桐は次に、おもむろに手をふった。


「……左翼にサブチー・者星、右翼は俺と巨大。卯川は車上。サポートに香暁こうづき


 指さし呼称で、誰と誰がどこそこと配置を指示。彼のオリジナルハンドサインは、言葉より10倍も饒舌。


「者星は不明よ」


 トイレにしては時間が長い。別の可能性が全員の脳裏によぎるが、事実確認は、終わってからだ。


「巨大はサブチーと。俺は一人でいい。GOだ」

「了解」

「り、りょうかい」


 4人は素早く指示された配置に駆けだす。左翼にダネル2丁。右翼は4階マンション屋上に12.5㎜。


 香暁こうづきも、あたふた荷台に上がった。


 3号車。このピックアップトラック”トヨタタンドラ”のルーフラックは、特注で後部に延びる支えを溶接した。01式軽対戦車誘導弾筒を仮置きできる。この兵器は、装甲車上などで使われる。最強クラスの個人携行火力兵器だ。


「お、重ッ」


 卯川は、香暁こうづきに手伝ってもらい、17.5キロの装置を担いだ。全長約970㎜・直径約140㎜、重量約11.4キロの誘導弾と併せて、30キロにせまる。通称「軽MAT」。戦場では抱えて運ぶとか。どこが携帯兵器だと、文句のひとつも言いたい重量だ。


「助っ人は運転席な。様子みながら一発づつ撃つから合図したら後退だ。いいか?」

「は? あはい」


 荷台を降りてシートに納まった香暁こうづきに。


「タゲ役だかんな。車だからって安全じゃねーぞ」

「タ……あいつを引きつけるんですね。なめないでください。覚悟はできてます」

「その意気や良し。一発目! おりゃぁぁ」


 トリガーを引く。ロケットが軽いバックブラスを置いて発射。数メートル飛びだしたところでメインロケットモーターに点火、加速。炎の尾を残して、破壊外来種に一直線。


「こんだけ近いと狙いが適当でも外れん。自動追尾いらんかったな」


 胴体ど真ん中に命中爆発。怪物がたまらず悲鳴をあげた。どくどく。肉が大きくえぐれて体液が噴出。青く見えるのは内臓か。己を傷めた憎いヤツを探す怪物は、煙でみつけてないようだ。


 担いだ兵器を荷台におろす。揺れるルーフラックの支えに次弾を置くと、使い捨て発射筒から本体を外して、次弾に装着する。今度は一人で担いで発射。さっきより上めに命中。


 怒る4足4腕の黒怪物が、とうとう卯川を発見。それまで餌食だったガーディウスから降り、ピックアップを踏みつぶしに来る。


「走れ!」

「はいっ」


 マシンガンに持ち替え、撃ちながら後退。

 控える別働隊の射線まで到達……超えたとき。左からダネルが放物線で撃ちだされ、右から12.5㎜機関銃が火を噴いた。


「俺たちの戦いはここからだ!」


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